今日も今日とて、後輩のゲーム好きは留まるところを知らない。余所見と覗き見は事故の元
休日、『一狩り行こうぜ』とグループチャットへメッセージを投げると、一番早くに返信を寄越したのが後輩の灯里だった。
「お邪魔しまーす!」
「ツナマヨ」
「あれ? 私が一番返信早かったのに、パンダ先輩も恵くんももう来てたんですか?」
「返信するより来る方が早いだろ」
「……俺はちゃんと返信しましたよ。神埼の準備が遅いだけだろ」
「せっかくお土産あるのになぁ。意地悪言う恵くんにはあげないぞ」
ぷん、とワザとらしく頬を膨らませてみせるところは本当に――――可愛い。
ダメだ、気取られる前に表情筋を殺そう。と『今までで一番面倒くさかった五条悟のウザ絡みランキング』を心の中で作り上げていると、灯里が「じゃーん!」なんて自分の声で効果音をつけながらビニール袋を掲げてみせる。
「こんぶ?」
「この間、五条先生と北海道日帰り弾丸呪霊ツアーかましてきたんです。帰る頃には軒並みお店が閉まってたんで、売店で買えたのがこれくらいしかなかったんですが……」
「ツナマ…………」
お気遣いなく、と返事をしようとしたのだが、ローテーブルの上にコトンと置かれた三つのソレに圧されて声が詰まった。
代わりに恵が言葉を引き継いでくれる。
「――――ジンギスカンキャラメル」
「五条先生が美味しいよって言うからさぁ、先輩たちと恵くんの分ね」
しかも、一人一箱。こんなものは話のタネとして一箱あれば十分で、なんならその十八粒すら消費しきれないものだというのに。
「……オマエ、自分で食ったか?」
「売店にね、三箱しか残ってなかったんだぁ……だから、残念だけど私の分は無し」
至極残念そうに肩を落としてみせるが、おそらく本当に残念だと思っているのだろう。
ひと口食べて、それでも尚残念と言えるのか。選別眼の無い後輩を巻き添えにしてやるべく、自分用にいただいた箱を仕方なく開けて一粒灯里へと差し出した。
「え!? いやいや自分のお土産なんで、皆さんで楽しんでください」
「すじこ」
「一箱丸々って何の罰ゲームだよ」
「いや私からの愛情こもったお土産だからね? 喜んで味わってほしいんですけどー。恵くんってホント失礼〜」
「……」
流石にそう言われるとひとつも食べずに置いておくのも悪いような気がして、三人揃って一粒ずつ口へと放り込んだ。
「…………」
「…………」
「…………」
「どうです?」
「……自分で食ってみろ」
「そう? じゃあ狗巻先輩の、一個貰いますね」
そう言った灯里がぱくりとひとつ口に含み、もぐもぐと咀嚼し飲み込んだ瞬間に「うへぇ」と顔を顰めた。
「これは……やばい」
「だろ。んなもん三箱も買ってくる奴があるか」
「だって、『大人気! お土産ランキング三位!』って書いてあったんだもん」
「おかか……」
「どう考えてもネタ枠として選択する意味での"三位"だろうなぁ」
口元を隠している自分にはより一層つらく感じて、仕方なく洗面所で口を濯ぐために立ち上がった。
自室へ帰ってくると、何事も無かったかのようにクッションの上に座っている灯里がこちらへと手を振る。
「先輩お帰りなさい〜」
「……ツナ」
「神埼の隣、空いてますよ!」
空いてますよ、じゃない。白黒畜生とそれに脅された恵がわざと"空けている"だけだ。
それでも無言のエールは有難く受け取って、灯里の隣に腰を下ろした。口直しに、とパンダがチョコレートの大袋を開けている。
「もしかして恵くんランク上がっちゃった?」
「……まぁ。先輩たちに手伝ってもらった」
「えー残念……私が"ゲーム"してる間に三人で仲良くしてたんだ……」
「…………」
男遊びを堂々と"ゲーム"と口にする後輩は、いっそ清々しく見える。
ニヤついているパンダを灯里越しに睨みつけ、机の上に放り出しておいた携帯ゲーム機を手に取った。
「で、灯里はどこまで進んだんだ? 男遊びにかまけて全然進んでないとか言わないだろうな?」
「もーパンダ先輩っ! 私の神聖な趣味を男遊びとか言わないでください!」
――――普通、"男を落として楽しむ恋愛ゲーム"は"神聖な趣味"とは言わない。
そうツッコミたい気持ちを抑えつけ、灯里の画面を覗き込む。
「一応独りで頑張ったんですから。Gまで来ましたよ!」
「ツナマヨ」
「コイツほんとにやり込んでんな……ソロでそこまで行ったのか」
「頑張れば案外できますよ?」
このゲーム、下級から始まり中級、上級と難易度が上がっていくが、その上のG級が最も難しい。
どれだけ装備が揃っていても、ぼんやりしているとあっという間にモンスター"に"狩られてしまうから、基本的にパーティプレイをする者の方が多い。
独りでやろうとするならそれなりのプレイヤースキルも必要だし、どちらかというと仲間で一緒に敵を倒す方が圧倒的に楽しいからだ。
自分だって、この難易度で自分一人の力で倒せる相手はそう多くはない。
それを男遊びの片手間でやってのける灯里は、やはりゲームが好きなのだろう。
……だからと言って、恋愛をゲームみたいに捉えて良いという理由にはならないが。
「どこ行きます? 私、ひとまず防具作りたいです」
「あー、じゃあこの間俺たち三人で行って全滅したところなんてどうだ?」
パンダがそう言って指し示すゲーム内のクエストを見て、灯里はふんふんと頷いてにっこりと笑い、親指を立ててみせる。
「任せてください!」
――――何故、男の部屋に来るのに露出の多い短パンを履いてくる必要があるのか。
何度目かにそう思った直後には、画面内の自分のキャラクターが敵の攻撃に倒れ、体力が無くなってベースキャンプへと送られていた。
「……あ、狗巻先輩乙でーす」
「……」
ちなみに、二度目である。一回のクエスト内では全プレイヤー合計で二度のダウンまでが許されているが、三度目のダウンは即・クエスト失敗でゲームオーバーの扱いになる。
「これで二乙ですけど……どうします? 厳しければこのまま捕獲しちゃいます?」
……ちなみに、一度目も二度目も自分のキャラクターがダウンしていた。あともう一回誰かが倒れてしまえばゲームオーバーになってしまう。
「ちょっと厳しそうだな。よろしく頼む」
「はーい、ちょっとお待ちを」
全然集中できない。それもこれも、自分のすぐ隣で白い足を惜しげもなく露出して座っている後輩の存在が気になるからで。いかに理性に言い聞かせようと、本能と煩悩に支配された眼球は正直に灯里の脚をちらちらと眺めていた。
余所見は事故の元である。それは現実世界でもゲーム内でも同じことで、つまり一度完全に自分の欲望を破壊しつくさないと、次のゲームには臨めそうになかった。
この状態のまま次のクエストを始めてしまえば、また今回同様灯里の脚に頻に気を取られた結果、もう二、三度は仲間の足を引っ張りそうだ。
「明太子」
「ん。俺も棘に同感、ちょっと休憩しようぜ」
「はぁい」
「お疲れ様です……やっぱ難易度高い分、緊張しますね」
恵の言葉に「確かに。それに人が多い分、ちょっと暑いしね」と頷く灯里は、暑いのか服の胸元を掴んでパタパタと風を送り込んでいる。
できるだけそちらを見ないように、今度こそ理性で煩悩を殴り倒しながら机の上のチョコレートに手を伸ばした。齧るとザクザク音がするのが灯里のお気に入りらしく、つまりそれを知っている自分は彼女のために、このチョコレート菓子を部屋に常備している。
「……暑いならなんでわざわざ男子寮来るんだよ。ネットワーク繋げてオンラインでやれば、別に自分の部屋居たっていいだろ」
「えー恵くん冷たぁ……狗巻先輩の部屋は居心地が良いというか、パーティプレイは全員の顔見ながらの方がやりやすいというか」
「こんぶ?」
それは素直に嬉しい。まぁ彼女に部屋へ来てほしいからこそ、居心地良く居られるようにクッションを用意してみたりだとか、彼女の好きな銘柄のお菓子を買って置いているわけだが。
「……本音は?」
こちらの事情を知っているパンダがニヤニヤと笑みを浮かべ、灯里へ問いかける。
「本音は……先輩たちが持ち寄ったお菓子食べたいからです!」
「神埼オマエ……もっとマシな土産選べるようになってから出直してこい」
「へぇ〜? 棘、大成功だな」
「え? なんでですか?」
「実は毎回、灯里が好きなモン買うようにしてんだよ」
「お、か、か!」
「え!? そ、そうなんですか? すみませんそんな気を遣っていただいてるのにジンギスカンキャラメルとか買ってきて……」
確かに、机の上に放置されたキャラメルは、いくら好きな子からのお土産だとしても少し厳しかった。仕方が無いので時間をかけて消化していこうと思う。
それでも嬉しそうにはにかんだ灯里が少し頬を染め、「先輩、お気遣いありがとうございます」と可愛らしく言うものだから、つい「他にも好きなモノあったら用意しておく」なんて答えてしまう。
……なぜ、こんなにも自分は単純なのか。恋は人を盲目にさせるというけれど、たぶん自分の場合は思考回路も盲目になりかけている。
「あーあ……ここに悠仁くんが居てくれたらなぁ」
ふと、手元のゲーム機を見下ろした灯里が、ぽつりと呟いた。
心の底からの、残念そうな響きだった。
自分は顔を合わせたことは無いが、ほんのひと時でも共に過ごした仲間を喪う辛さは、経験した本人にしかわからないだろう。しかも同級生で、灯里自身も虎杖悠仁とは趣味が合って仲が良かったというから、その悲しみの深さは想像もできない。
「……そう、だな」
「……」
「……」
何も言えなくなって男三人して黙り込んだ直後、灯里の手元からカンカンと金属を叩くような小気味好い効果音が響く。
何事かと思ってそちらを見ると、ハァと溜息を吐いた灯里が画面を見ながら口を開いた。
「ダブルガンランスでかっこよく追いかけっこできたのに」
「同情した俺が馬鹿だった」
どうやら先ほどのクエストで得た素材で、武器を作っていたらしい。
画面内を見てみると、大きな砲撃槍を持った灯里のキャラクターが楽しそうにジャンプしている。
がっくりと項垂れた恵に同情しつつ、空気が読めないのか、もしくは敢えて空気を読まないのか。自然と周囲を明るくする力を発揮できる、灯里のそんなところも……やはり自分は好きだと思う。
「恵くんもガンランスにしよ? 男のロマンだよ? ポン、ギュッ、シュポッ、だよ?」
「それどの部分のモノマネなんだよ……全然わかんねぇ」
「しゃけ」
モノマネの精度は置いておいて。
と、灯里の武器庫を覗き見たパンダが感心したように声を上げる。
「にしても、よくこんだけ作ったなぁ……どの種類の武器も一通り揃えてるみたいだし、灯里は『これ苦手』とかないのか?」
「いや……特にないですよ? どれも満遍なくできた方がパーティプレイだと支援も前衛も張れますし……弓でも、片手剣でも、なんでも。」
「はぁーこりゃモテるわけだ。」
同感である。勉強の方面ではダメだとしても、物覚えも良くて器用。しかもプレイヤー比率で男性の方が多いゲームでここまでオールラウンダーで、かつ天真爛漫なこの性格なら、ちょっとくらい趣味に難があっても灯里に惹かれる男は多いだろう。
……かくいう自分も、その一人なわけだが。
「モテ……いや、まあ引っ張りだこになりがちではありますけど……モテるかって言われるとそんなわけでは……今作はオンライン野良もしてないですし」
「ツナマヨ」
「えー? 都合が良い時に呼び出されるくらいですよ? 別にみんな"私"とゲームしたいわけじゃないと思いますし」
「おかか、こんぶ。明太子」
少なくとも、自分たちは"灯里と"ゲームがしたくて声を掛けている。
そう心の底から思っていることを素直に伝えると、瞠目した灯里が頬を赤らめ、恥ずかしそうに微笑む。
「……えへ。そう言ってもらえると嬉しいです。私も、狗巻先輩とこうやって遊ぶの、好き。」
「……ツ、ナ」
――――好き。
正面から好意を放り込まれて、思わず心臓がどきりと跳ねた。
馬鹿な煩悩が「好き」だけを都合良く切り取って、彼女の声をリフレインしている。
好き。好き。狗巻先輩、好き。
遊ぶだけじゃなくて。勉強会でも、ゲーセンでも、なんでも――――灯里と一緒なら、
一瞬そう言いそうになって、慌てて口を閉じた。
ついうっかり口を滑らせて、同級生と後輩が見ている中で公開処刑なんて目も当てられない。
次に灯里が笑顔で放った言葉を聞いて、「あぁ本当に言わなくてよかった」と内心胸を撫で下ろす。
「パンダ先輩とー、恵くんと遊ぶのも。大好き。……まぁ恵くんは後衛張るの下手っぴだけどね!」
「一言余計だっつの」
「今度特訓してあげよっか? 手取り足取り教えてあげるよ」
「いや……オマエが望むレベルは高すぎる気がする」
手取り足取り、に一瞬不埒な妄想が脳内を過ぎって、全力で煩悩を殴りつけるイメージをする。
もう頼むからどこか遠くで眠っていてくれ。せめて彼女が傍にいる間は、そっとしておいてくれないか。
「いやいやいや。流石にフレーム単位で避けろとか殴れとか要求するつもりないし。ソロしたいなら別だけど……パーティプレイできるレベルなら簡単簡単!」
「……じゃあ、少しだけ」
「おっけー! じゃあとりあえず神埼のオススメライトボウガンセット作ろっか! 素材足りてる?」
ちょっと横失礼しますね、なんて言って灯里が恵との間に割り込んでくる。仕方なく横にずれてやると、パンダのニヤニヤ顔が更に近づいた。
うるさい見るな。パンダは檻の中に入っていれば見世物かもしれないが、少なくとも狗巻棘は見世物ではない。
「お、まえ……っちょっと近すぎんだろ離れろ!」
「なに? 照れてんの? ヤダー、恵くんの男子高校生」
「おかか」
「いやまあ男子高校生ってのは間違っちゃいないが。でももっと他の言葉があったんじゃないか? なんかこう……思春期とか、」
「明太子」
「それだ」
恵の手から携帯ゲーム機を受け取った灯里を見て、パンダが呆れたように声を上げた。この後輩は、ワードチョイスが絶望的に悪い。品が無いとか頭が悪いというわけではなく、ただ単純に単語選びが下手なのだ。
「コイツの語彙力本当に鍛えたほうがいい気がします」
「えー……ひどいなぁ。これから恵くんのライトボウガン処女奪っちゃう人に対してその態度はダメだぞ」
「もっと他に言い方を考えろ」
「……ライトボウガン童貞?」
「最低だな」
「すじこ」
流石に見ていられなくて、横から恵のゲーム機を攫った。びっくりした顔でこちらを見る灯里の胸元を見てしまわないように、彼女の瞳に視線を固定して首を振る。
「おかか」
「え、狗巻先輩ちょっと横から盗らないでくださ……」
「いくら」
「あ……それならいいですけど……狗巻先輩ガンナーできるんですか?」
「しゃけ」
「え! 先輩の遠距離射撃見たいです!」
恵くんじゃあね〜と手を振りながら元の場所へ戻ってきた灯里がパンダと自分の間にクッションを抱いて収まったところで、恵に画面を見せながら解説を始めることにした。
よし、これで恵との品の無い会話から引き離したぞ。
――――と思いきや、灯里が妙に近い距離で横から画面を覗き込んできて、ドキドキが止まらない。
「め、明太子」
「え、だって先輩が恵くんに見せてるから画面遠くて……私だって見たいです」
「おかか」
「オマエはパンダ先輩とどっか行ってろよ」
「あー! ほらすーぐ除け者にするんだもんなー! 恵くん狗巻先輩のこと独り占めしてずるい!」
「おかかこんぶ、ツナ、マ……ッヨ、」
画面が見づらいから、と灯里が一層距離を詰め、恵と自分の間にあるゲーム画面を見つめてくる。
いい匂いのする髪、すらっと伸びた白い足、時折手でぱたぱたと扇ぐ胸元、楽しそうな笑い声。至近距離で彼女の色々な色々を見せつけられては、ひとたまりもなかった。
たとえ理性が散弾銃を持って来たって、余所見をしようぜと誘惑するこの欲望と煩悩には敵わなかっただろう。
結局手元が狂いまくって、スリーダウンをかました恵のキャラクターががっくりと膝をつき、灯里に情けない姿を見せたところで今日はお開きとなった。
「いくら……」
「いや、気にしないでください。今度教えてもらえれば大丈夫ですから」
「狗巻先輩三乙〜! もー、余所見ばっかりしてるからですよ?」
まさか気付いていたのか。ギョッとして灯里の方を見るが、「これですよね?」と彼女が指差すのは机の上のキャラメルの箱。
「ひとりノルマ一箱ですからね! パンダ先輩も恵くんも、狗巻先輩の部屋に置いて行かないように!」
「このまま知らんぷりして置いて行こうと思ってたんだけどな」
「……もう、部屋のゴミ箱に食わせりゃいいんじゃないですか?」
「ちょっと! 愛情たっぷりのお土産なんですけどー! えーん狗巻先輩、恵くんが酷いこと言う〜」
「お、おかか、すじこ」
結局パンダと恵のキャラメルの箱を押し付けられて、処分に悩む羽目になった。
捨てるわけにもいかないし、かといって一日一粒食べても一ヶ月半は優にかかるだろう。
残酷な北海道土産の処遇について頭を悩ませながら誰も居なくなった室内で呻いていると、先ほど出ていったばかりの灯里から着信が来ていることに気付く。
「……ツナマヨ」
『先輩ほんとうにすみません〜! 明日提出のプリント、ついでに恵くんに訊こうと思って持ってってたんですけど……忘れて帰ってきちゃいました……』
「……」
見回してみると、確かに一枚ぺらりと紙が落ちている。
「しゃけ」
『よかったー! あ……先輩、えっと、その……お願いが……ありまして……』
「……」
何を言うか想像はついていたので、プリントの穴埋めできていない空欄の箇所を先に数える。
いち、に、さん……
『わかんないところが……いっぱいあって……』
「しゃけしゃけ」
『え!? わーい狗巻先輩様優しいありがとうございます大好き! 今行きます!』
ぴ、と通話を終了して、灯里が来るまでの間にキャラメルの箱から合計八つの粒を取り出した。
当分の間、教える対価としてこのキャラメルを消費してもらおう。
ひとまず今日の相場は一問一粒と決め、可愛い後輩の到着を待つ。
「――――先輩すみません! ありがとうございます!」
「しゃけ、明太子」
「え? ……え゛」
引き攣った笑顔を浮かべる後輩を手招きし、ローテーブルの端側に座らせて目の前にプリントとキャラメルを置いてやる。
「いやいやいやいやそんなそんな、お土産ですから」
「すじこ」
「あの、お腹いっぱいなんで」
「おかか」
「わーっせめてヒントください! それで答えわかったら食べなくていいですよね!?」
「……しゃけ」
もちろんいいよ。わかればね。
結局灯里は六粒口に放り込んで、涙目になりながら「おやすみなさい」と言って自室へと引き上げていった。
……少し、やりすぎただろうか。
反省した自分が灯里の"愛情"を消費すべく、キャラメルの包みを開いたところで携帯電話が振動し、メッセージが飛んできたことを告げる。
――――キャラメルがんばって食べるので、また聞きに行っていいですか?
つい笑みがこぼれてしまって、「もちろん」と返信してから一粒口へ放り込んだ。
……やっぱり不味い。
でもさっきよりはどことなく美味しく感じられて、現金なもんだなと自嘲した。
目隠ししても余所見をしても、灯里のことばかりを見てしまうのに。
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2021.03.01
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