*若干のじゅじゅさんぽネタ


野薔薇ちゃんに思いっきり頭をぶっ叩かれた狗巻先輩は床に沈み、その姿勢のままスカートをずるずると脱がされていた。恵くんは少し距離を取ったところから、半眼になってそれを見ている。

「あれ? これ真希さんの……」
「え?」

本当だ。彼女が手に持つ制服の下を見てみるとデザインが異なっている。
野薔薇ちゃんのプリーツスカートとは違う、真希先輩の黒いソレ。
というか狗巻先輩、同級生の女の子のスカート履けちゃうとか腰細すぎませんか……? いや、私は野薔薇ちゃんが脱がした後のモノしか見ていないから、もしかしたら先輩はジッパーもホックも中途半端なところで止めていたのかもしれないけど。

じゃあつまり野薔薇ちゃんの服は誰が――――

「……ハッ――――?」

その瞬間、私の脳内を確かに何かが駆け巡った。
神の如き閃きと言えばいいのか、それとも天啓と言うべきか。

とにかく"素晴らしい思い付き"を失くしてしまわぬうちに、と私は放課後一目散に街へと繰り出した。





フェイクイヌマキ







特徴的な髪色と全く同じものを探すのは、少し手間取った。
写真の顔の部分を必死で隠しながら店員さんに「この人と同じ色のがいいです!!」と詰め寄る私は大変おかしな客だったことだろう。
アイドルオタクか何かと勘違いしてくれていたらそれでいいが……生憎私はコスプレをする趣味は無いから、あの店へは二度と行けなくなってもそれでいい。
でもポイントカードは作ってもらったから、もちろんもう一回行ったって全然良い。

今日の"戦利品たち"を手にしてほくほく顔で寮へ帰ってきた私を見て、共有スペースで男子揃ってトランプに興じていた狗巻先輩が不思議そうに「ツナ?」と首を傾げていたが、時間が惜しい私は立ち止まらずに「狗巻せんぱぁ〜い、しゃけ〜!」と手を振るだけにして早々に自室へと引っ込む。


天井の蛍光灯に煌々と照らされたローテーブルの上。ついでに買ってきたスタンドへそれを引っかけてブロッキングを施し、タブレット端末に写真を大きく映して見比べながらハサミを入れる。

ちょき、しょき、

……もう少し短い方がいいか。

さくさく、しょきっ、

…………だいぶ近づいてきた気がする。

ちょきちょきちょき、しゃくっ

――――――――できた。



私はぐるりとスタンドの周りを動いて"ニセモノ"の完成度にひとり頷く。
これまた一緒に買ってきたヘアピンとネットを使って自分の髪を綺麗に固定すると、上から帽子を被るようにしてソレを装着した。

……ちょっと前髪が長いか?

鏡を見てそう判断した私はもう一度ハサミを手に取り、少しばかり切りそろえていく。

ハサミを置き、もう一度タブレットに映る写真と鏡の中の自分を見比べ、これなら良しと頷き自分へ花丸200点を付けた。


「さてと。明日の授業、は」

机の上に放っておいた時間割を手に取って眺めたけれど、そういえば先輩たちも私と同じ時間割だとは限らないということに遅まきながら気づく。
少し考え、明日になったら先輩の誰かにこの先一週間の授業の予定を訊こう、と決めてゴミを片付け、ネットショッピングで"材料"を即日発送してくれるお店を探した。





そうして迎えた翌々日の放課後。
ゲームでもやらないかと声を掛けてくれた狗巻先輩に「今日はデートに行くのですみません」と嘘八百な返事をし、私はハサミと針を手にして寮を後にする。
……まぁ、デートはデートで違いない。それが二次元の推しでもなければ人間でもない、ということに目を瞑れば、だ。
注文して受け取っておいた大量の"材料"は、高専の建物の誰も立ち入らなさそうな部屋へこっそりぶち込んでおいた。
何度か往復する必要はあるだろうけれど、ペイに対してのバックは相当大きいはず。


――――これで、明日は"楽しいこと"が起きるぞ。


そのワクワクに胸を躍らせ、私は目の前の段ボール箱に手をかけた。








次の日。


一、二年合同の体術授業が終わり、「お腹が痛いから先に戻ってるね」と言っていち早く抜けた私は二年生の教室へこっそり忍び込んで、手早く"準備"を済ませる。
……とは言っても、用意したウィッグを被って、カラコンを装着して、"拝借した"制服を着るだけだけど。

持って来た鏡の中に映る自分をチェックしながら、油性ペンで唇の横に線を引っ張って丸を描いて、中にもう一つ丸。
左右対称になるように左側にも同じものを描き込む。
最初はアイラインペンシルでやろうかと思っていたけれど、当日の朝になってそもそもソレ用の化粧品を買い忘れたと気づき、仕方ないので自室から大きくて黒いマジックペンを持って来たのだ。

流石に舌の上はマジックでも色が上手くつけられないので諦める。
……まぁ、そもそも制服を着れば口元は隠れるしこれでいいでしょ。ちょっと滲んでるけど、遠目ならわかんないわかんない。

私のものではない制服のジッパーを上げる前に、ふと思いついて自分のスマートフォンでインカメラを起動する。

「……しゃ〜け〜!」

先輩の真似をしてそう言いながら白丸のアイコンを押すと、カシャ、と音がして、カメラロールに保存された。
その写真を見返した私は、完成度にひとりほくそ笑む。


呪印を口元に描き髪型も完璧に再現して制服を着て、どこからどう見ても――――完璧な"女版"狗巻先輩だろう。



……あの日。真希先輩のスカートを履いて野薔薇ちゃんの鉄槌に撃沈させられた狗巻先輩を見た私はこう思ったのだ。

――――あれ、これいけるんじゃね?

と。


私は女性の平均身長よりちょっぴり大きくて、野薔薇ちゃんより少し背が高いし、つまり狗巻先輩と比べるとちょっとだけ私の方が小さいかな、といった程度の差。
しかも先輩は制服で顔の半分を隠しているから、上半分さえ似せてしまえばあとはやり過ごせるだろう。

そういう目算の元、立てられた企画。


名付けて、『高専二年・狗巻棘。ヤ、ヤダ、どうしよう!? ある日突然女の子になっちゃいました――――』である。


悲しいことに私の胸は真希先輩や野薔薇ちゃんに比べるとそこそこに薄いので、"狗巻先輩が急に女の子になった"としても違和感のない体型を維持できていると思う。
……もちろん先輩が女の子になった姿は見たことも無いし、女の子になった先輩は貧乳なんじゃないかなというのも私の勝手な想像だ。
まぁでも、狗巻先輩は悪ノリで女装をしたらきっとぽよんぽよんの偽物のおっぱいを付けて「いくら〜!」とか言ってそうだし、胸は貧相な方がむしろリアルっぽいでしょ。

にしても先輩の服、やっぱりちょっとだけ大きいな。萌え袖になりそうという程ではないけれど、ズボンはウェストでベルトをしっかり締めないとストンと落っこちてしまう。
私が使ったベルト穴は、たぶん先輩がいつも通していてヨレているところよりもだいぶ位置がズレているし…………というか、男子って腰骨のとことかでベルトしてるんだよね? 普通落っこちそうだけど大丈夫なの?
ちなみに先輩は運動するときも制服の時も同じ靴を履いている人だから、靴屋さんをはしごしてできるだけ似ているやつを用意した。サイズももちろん、ほんのちょっぴり大きめにしてある。
「狗巻先輩の靴って何センチなんですか?」なんて聞いたら疑われて計画が破綻しそうだから、男性用の靴屋に行って「彼氏がぁ〜私と殆ど身長一緒なんですけどぉ〜靴のサイズ教えてくれなくってぇ〜……もしサイズ間違ってたらぁ、今度はデートがてら違う靴買いに来ますぅ」なんて八百を並べ立てて"プレゼント"用に包装してもらったものを買ってきた。
いや……昔ゲームで攻略したことがある歴史上の偉人は実際に私とほぼ同じ身長だったから、実際は嘘二百くらいかな?

……全然関係ないけどこの制服、なんだかとってもいい匂いがする。

これで、歩き方と表情と喋り方に気を付ければ大丈夫。
ジッパーを上げて殆ど鼻先までを"狗巻先輩の制服"の襟で覆い、私は二年生の教室を後にした。



先輩っぽく、を意識してできるだけ男らしく足を広げて、まっすぐの線で歩かないように気をつけて廊下を駆けた私は、一年生の教室の扉をスパァンと勢いよく開ける。
大きな音にびっくりしたのか、制服のボタンを留めている途中だった恵くんが目を丸くしてこちらを振り向いた。

「お、おかか!!」
「は? いぬま……え、狗巻先輩ですか?」

その反応も想定内。だって狗巻先輩の声は少し高いとは言っても普通に男性の声だし、対する私は特殊な声帯訓練を受けているわけでもない。

――――ここからは、気合とパッションとテクニックで乗り切るのだ。

「しゃけしゃけ、いくら!」
「……?」

恵くんは訝しげな表情をしながら自分の制服のボタンを留め終わると、私を――――"狗巻先輩の姿をした私"を見ている。

「声、変ですよ? 風邪でも引いたんですか? というかそれ……」

そう言った恵くんがスイっと視線を下げた。ちょうどその先には"狗巻先輩の姿をした私"の胸がある。
眉をしかめた恵くんは心底どうでも良さそうな顔で溜息を吐いた。

「またそんなことしてると神埼と釘崎にいじられますよ。そもそも学長の用事は済んだんですか?」
「おかか! 高菜!」
「……?」
「明太子……っ」

できるだけ真似を……狗巻先輩の真似を……いつも勉強会で聞いてるだろ神埼灯里。恵くんへ渾身の演技力を見せつけてやれ……!

"先に教室戻って着替えたら"、"制服着た瞬間急に身体が熱くなって"、"それで"、

「……こんぶ」
「…………え、ちょっと待ってくださいまさか」
「なにやってんの二人とも」

ゲッ、野薔薇ちゃんだ。流石に親友ともなれば私の声くらいは気づかれてしまいそうだが、私には秘策がある。

"しまった"、"見られたくなかったのに"、"なんでここに"。

そんな感情を込めてサッと野薔薇ちゃんから距離を取り、パッと顔の前で手を交差させた。

「おっ……おか、か」
「狗巻せんぱ……なんですかその胸、もっと大きいのにすればいいんじゃないですか?」
「おかか!!」

よしよし引っかかったぞ……

「あん? 棘こんなとこに……オマエらなにやってんだ」
「なんだ、面白そうな話か?」
「ツナ……」
「いや、なんか、急に女になったって……」
「ハァー?」

私たちがわぁわぁ言い合っているのに気付いたのか、後ろから登場した真希先輩は胡散臭そうな顔で、パンダ先輩はちょっと興味深そうな顔でこちらを見つめている。
恵くんは素直なのかそれとも根っこのところはバカだったのか、一応信じてくれたみたいだけど……狗巻先輩め。いつも悪ノリばっかりしてるから、同級生である先輩たちにはなかなか信じてもらえないじゃないか。
狼少年・狗巻棘……いつか絵本にして後世に語り継いでやろう。

「ふぅん、まぁとりあえず写真撮っとこうかしら。灯里に見せたらきっと喜ぶわ」
「お、おかかー!」
「棘って女になると本当にそんな感じになるのか?」
「すじこ……?」
「普通は性別変わることなんて無いですし、まず論点が違うと思いますけど。先に原因とかそっちの方を……」

よしよし。
不思議そうな顔をしているパンダ先輩を騙すため、狗巻先輩がしそうなことを考え……"狗巻先輩の姿をした私"は胸をふにっと持ち上げて、ぽよぽよさせて"女の体を楽しむ"フリをする。
流石にノーブラは抵抗があったから、ワイヤレスブラを着込んでいる。まぁワイヤーがない分、見かけ上は違和感も少ないだろう。

「……いくら、ツナ〜
「狗巻先輩ちょっとそれは、自分の体だとしても倫理的にちょっと」
「おかか?」
「触りたくはないです」
「そんな状態になっても……ッハァー、男ってなんでこんなにバカなの?」
「こんぶ」
「君の名は?」
「ツナ」
「まぁそりゃ狗巻先輩ですから。にしても神埼戻ってこねぇな……アイツなら面白がって走ってきそうなのに」
「写真どころか動画まで撮るわよきっと」
「だろうな」

よしよし、なんとか信じさせ……


「まぁそっちのが灯里も喜ぶんじゃないか?」

ニヤニヤと口元を歪めたパンダ先輩が発した私の名前に疑問を持った私は、首を傾げながらパンダ先輩に「どうして?」と聞こえるように返事をする。

「ツナマヨ?」
「アイツがこの間熱上げてた男、女装趣味で露出狂だったらしいぞ」
「――――――――!?」

なぜパンダ先輩が知ってる!? 真希さんと野薔薇ちゃんにしか言ってないはずだが!?
驚きに固まった私は、引き攣りそうな喉を必死で動かして狗巻先輩の真似をする。

「お……か、か」
「早く落とせよ」

何を? どれを? 私を乙女ゲームの更なる沼に突き落とすの?

「ひく、ら」
「灯里の男遊びやめさせたいんだろ?」

狗巻先輩が落とすの? 私の男遊びやめさせるって何? つまり恋愛対象が女性のゲーム……ギャルゲーの沼に私の人生の終着駅を変更するってこと?

「……、パ」
「おらおら早く自分のものに――――」

何、もしかして狗巻先輩が"自分のもの"を貸してくれるの? それは流石に難易度が高い。というかギャルゲーってどれもこれもR18のイメージしかないんですけど、狗巻先輩ってどんなギャルゲー選ぶんですか?

混乱した私が耐えきれずにパンダ先輩の名前を呼びかけたところで、教室の扉がバタンと開いた。

「しゃ……け」
「…………ツナ」
「は? 狗巻先輩が二人……」

やっっっべぇぇぇ――――――予定より早くエンカウントしちゃった。
先輩が戻ってくる前に着替えて素知らぬ顔を決め込むつもりだったのに…………どうしよ。

そこに立っているのは、運動着を着た狗巻先輩だった。もちろん私が制服を"拝借した"から着替えることができなかったんだろうけど。
狗巻先輩は何とも言えなさそうな表情を浮かべ、"狗巻先輩の姿をした私"の顔をじーっと見つめている。

「いぬっ……いく、いくら、おかかおかか」
「ツナマヨ」
「おかかこんぶおくら」
「……いくら」

慌てて言い間違えつつおにぎりの具を紡ぐ私に対して、狗巻先輩は冷静に「何やってるんだ」というようなことを呟いている。
私の隣に立っていた恵くんは、困惑した様子で先輩と私を交互に見、口を開く。

「……急に女の身体になったって、」
「しゃけ!!」
「おかか」

冷めた目で頭頂部を摩った先輩は、恵くんの言葉に首を振っている。
教室に居る五人の視線を一身に受けた私は慌てて弁解しようと思って口を開いたけれど、もうこれ以上は誤魔化しようもなかった。

「めんた……ッ違うもん違うもん!!」
「あ、喋った」
「狗巻先輩帰ってくるの早すぎです!! なんのために学長に嘘っぱち教えて呼び出してもらったと思ってるんですか!!」
「……ツナ」
「おまえそんなこと……道理で棘にしては喋ってる内容が薄っぺらいと思ったんだよな」

やっぱり催眠術でも使って狗巻先輩になりきらないと、発言ワードをおにぎりの具にする程度では先輩たちの耳は誤魔化し切れなかったらしい。
狗巻先輩を責める私の言葉は、"拝借した"先輩の制服の襟に遮られて若干不明瞭だ。

体術中に学長が「狗巻、ちょっと来い」なんて言って先輩を呼びつけて校舎の方に歩いてったはずですよね? 先輩は心底不思議そうな顔をして後ろをついていったけれど、仕掛け人の私は笑いを堪えるのに必死だったんですよ? 学長の説教をぽかんとした顔で聞いてる狗巻先輩がめちゃめちゃ怒られてるシーン、録画してくれたらお金出してでも見たいです。

「ちなみになんて言ったんだ」
「……学長の倉庫の呪骸、綿全部抜いて中身をティッシュに詰め替えたのは狗巻先輩です、って」
「用意周到すぎだろ」
「しゃけ……」

私が胸を張って答えると、狗巻先輩は疲れた様子で溜め息を吐き頭頂部を摩った。
あれ、もしかして鉄拳制裁で拳骨くらった感じですか? それはどうもすみません……

「……明太子」
「一晩中かかりました」

体術の次の授業の半分くらいまでは狗巻先輩は学長に拘束されてる想定だったのに、学長のお叱りはほんの十数分で終わるようなものだったワケか。
即日発送で山ほどボックスティッシュを注文して、こっそり校舎の部屋――――しかも学長の呪骸倉庫の近くの部屋に運び入れて、ほぼ徹夜で呪骸の縫い目をハサミで切っては綿を抜いてティッシュを丸めて詰めて針と糸で閉じて、切っては抜いて詰めて閉じて、切っては抜いて詰めて閉じ……をひたすら頑張ったのに。

次はもう少し、学長が長いお説教をしたくて堪らなくなるようなことを考えなければいけないだろうか。

私が次の計画を考え始めたところで、恵くんが心底呆れたような顔で私を見下ろして私の頭を掴もうとする。

「悪ふざけひとつに……ヅラまで買って、」
「やー! 剥がさないでよ恵くんのばかえっちへんたい!! 自作のイヌマキウィッグが!!」
「っあーーーー……棘、すまん」
「こんぶ?」

パンダ先輩を見上げる狗巻先輩は、謝罪の意味が理解できないのか「何のこと?」という顔をして、眠そうな双眸をパンダ先輩の可愛らしい真っ黒な目に向けている。

……そう、そうだよ。私のこの格好を見たパンダ先輩が言ったんじゃん。

この間までの灯里の推しは女装癖で露出狂だったから、押せば"ギャルゲー大好き狗巻棘"と同じ沼に落とせるぞ、って。

「そうですよ!! なんでこの間までの私の"カレシ"のこと知ってるんですか!! 野薔薇ちゃんと真希先輩の裏切り者!!!」
「…………」
「あー、ワリ、言っちまった」
「言っちまった、じゃないです!! ユウトくんの女装趣味のことは男子にはナイショだったのに!!!」

乙女ゲームをやっていることは、もう男性陣は全員知っているから仕方が無い。きっとビジュアルの傾向も知られている。
でも私の趣味は、性癖は、ストライクゾーンは。女子だけの秘密だったはずでは? そういう約束だった気がするんですが。
何を考えて私の前の推しの話を暴露したのかはわからないが、これは損害賠償を請求しなければならないだろう。ダッツか、ゴディバか、有名スイーツ専門店のメニュー全制覇か。

裏切者の女子二人を睨みつけている私の傍にサッと音も無く近づいてきた狗巻先輩は、私の肩に手を置いて、制服の口元のジッパーにもう片方の手を掛けてくる。
チチチ、と音を立てながら狗巻先輩の手によって引き下ろされていくソレと、「いいから早く脱ぎなさい」と目を眇めて私の肩を掴んでいる正面の"ギャルゲー大好き狗巻先輩"。

「おかか、明太子」
「さささささ触らないでください! おと、落とし……ッ私のこと落とすんですか!?」
「…………………………」

私の言葉にぴたりと動きを止めた狗巻先輩がバッと振り返り、物凄い目力でパンダ先輩を睨みつけている。

その姿を見た私は確信した。

やっぱり私をギャルゲーの沼に落とすつもりなんだ。しかも確実に布教するために自分のオススメを添えて、後ろから思い切り背中を押すつもりなんだ。

――――ほら見て灯里、これが"狗巻最推し"の女の子だよ? 可愛いでしょ? 見かけとは裏腹にすっごくえっちな子なんだよねぇ。全部スチル埋めたら他のも貸してあげるからね。あ、ドラマCDもあるよ? フィギュアも見たい? 今度は"推しの子"の声やってる声優さんの握手会も一緒に行こうね。

――――いやぁ、同士ができて嬉しいな。ツナマヨ。


絶対、そんなことを言うに決まってる。

「おかか、」
「け…………………けだもの!!!」

私は狗巻先輩の手を振り払って廊下へ飛び出し、どこへともなく駆けだした。
逃げる先なんて無いけれど、とにかく三十六計逃げるに如かず。
校舎内の空き部屋に隠してあった私の制服はとりあえず回収して、行き場に困った私は学長の呪骸倉庫に逃げ込んだ。
運悪くというか当たり前というか、そこには学長が居て。
狗巻先輩の制服を着たままの私を見た学長は「神埼、お前の仕業か」と私の頭の上に拳骨を振り下ろし、私が詰め替えた呪骸の中身を全て綿に戻す作業を命じられた。

深夜になってやっと"罪"を償い終えた私は解放され、ぐったりしながら部屋へ戻って"ギャルゲー大好き狗巻先輩"の制服を脱いで部屋着に着替える。

みんな寝静まっているのか、ランドリールームで私は独りぽつんと座って、狗巻先輩の制服を洗って乾燥機もかけて。先輩のお眼鏡に適いそうな美少女キャラの紙袋なんてもちろん持っていなかったから、この間五条先生に貰った地方名産のお土産の紙袋に先輩の制服を丁寧に畳んで入れた。

少し考えて、流石に制服だけじゃ悪いか、と思い直してメッセージカードを書いて同封する。

紙袋の口を可愛らしいマスキングテープで留めてから、私はこっそり男子寮に忍び込んで、"ギャルゲー大好き狗巻先輩"の部屋のドアノブにそれを引っかけて退散した。




――――狗巻先輩へ。制服勝手に借りてごめんなさい。でも私にはまだギャルゲーはハードルが高いので、狗巻コレクションのプレゼンは遠い未来でお願いしたいです。 神埼灯里より。



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2021.02.21


  

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