「――――というわけで狗巻先輩の好きな人を知りたいんですけど、真希先輩心当たりありませんか?」
「私に訊くな」
狗巻先輩の想い人を探し始めてから一週間。そもそも自分で突き止めるとか応援するとかなんとか言ってたのはオマエだろ、と真希先輩が胡乱げな瞳で私を見る。
そろそろ見つかってもいいはずなのに、なかなか探し当てられなくて私もいい加減焦れてきたのだ。
「だってなかなか狗巻先輩がボロ出さないから……もしかして同級生の真希先輩にしかわからない何かが出てきたのではと」
「ふぅん」
「っそもそも! 見つからなさすぎるんですよ!! 誰かに会いに行ってる様子も無いし、特に電話もしてないっぽいし……でも普通に課題手伝ってくれるし」
私が断ってもなんだかんだと勉強の面倒を見てくれて、女の子の好きそうなお土産を見繕ってあげても渡してる様子は無いし、むしろ勉強を教えてもらいにきた私にお茶請けとして出してくれる。あまりに狗巻先輩の恋のお相手の姿が見えなさすぎて、もしかして「狗巻先輩に好きな人がいる」ということが気のせいだったのかもしれないとすら思い始めているのだ。
「恵くんなんて、なんでかわかんないけど狗巻先輩が居ると『俺、用事あるんで』とか言って逃げちゃうし、パンダ先輩は私に狗巻先輩の邪魔させようとしてくるし……このままじゃ『最後の切り札・本人に直接訊く』を使わなきゃいけなくなっちゃうんです……」
「へぇ?」
真希先輩は教室の机に頬杖を付きながら、至極面白そうなものを見るような目をしてニヤリと笑う。
あ。その笑い方、悪い人のやつだ。
「――――やっぱり真希先輩、ご存じなんじゃないですか?」
「いや? つかオマエは誰だと思ってんだよ」
「それが……もう候補が『正気か?』みたいな人しか残ってなくて……」
真希先輩でもなければ野薔薇ちゃんでもない。京都の学生も違うと言うし、新田さんでもない。このあいだ高専に来ていた大学生の窓の女の人かと思ったら、あの人には彼氏が居るらしいし。狗巻先輩の部屋にあった雑誌に写っていた――先輩に物凄い速さで隠されちゃったけど――グラビア写真のナントカっていうアイドルかと思ったらそれも違ったし。
そうなると残っているのは――――
「……五条先生か恵くんかな、って」
「っぶ、は」
絞り出すように私が挙げた最終候補を聞いて、真希先輩はげらげらと笑い始めた。
腹痛ぇ、と言いながら涙を拭う仕草は、まるで映画に出てくるギャングの若頭みたいでとっても様になっていた。
そのカッコいいスナイパーギャングの……じゃなかった、呪術師の真希先輩は「それで」と言って首を傾げる。
「なんでそう思ったんだよ」
「五条先生は……とにかく顔がいいからですかね? まぁ彼女にするには背が高すぎるし、ちゃらんぽらんすぎて狗巻先輩が苦労しそうかなと思いますけど。強くて最強だしお金だけは持ってるし、五条先生の奢りで皆で焼肉行った時は狗巻先輩めちゃくちゃ喜んでいっぱい食べてましたし」
「ツラと財力かよ」
「恵くんの方は一通り家事もできるし、前に作ってくれたお鍋も美味しかったし、気が利くし、勉強もできるし。ちょーっと不愛想ですけど、狗巻先輩の悪ノリを一身に受けてもへこたれない強さというか……恵くんが彼女になったら、狗巻先輩はいくらでも悪戯できるし、恵くんもちゃんとツッコミして回収してくれそうじゃないですか?」
「その場合の“悪戯”は違う意味にしか聞こえねぇんだけど」
「でも困ったことに二人とも男なんですよねぇ……」
もしかして私がそう思ってただけで、五条先生も恵くんも本当は女の子だったりしますか? と真希先輩に訊くと「寝言は寝てから言え」と一刀両断に切り捨てられた。私はいたって本気で推理してるもん。本当だもん。
「真面目に考えてますよ!! もし五条先生が“狗巻悟”になったら特級感が無くなるな〜とか、“狗巻恵”とかアイドル歌手みたいな名前だな〜とか」
「……職場では旧姓使っときゃいいだろ」
「ハッ……盲点……!!」
「まぁ冗談はさておき」
「冗談だったんですか?!」
見え始めた光明のブレーカーが落ちて、私のテンションも一気に落っこちた。
ひ、ひどい。私は真剣に考えてたっていうのに!
「真希先輩の呪具使い! 腕相撲王者!! 先輩には同級生の恋路を応援しようという気持ちは無いんですか!?」
「いや応援はしてるけどな」
「なら良かったです!!」
しゃあない。ここはもう諦めて、正面切って本人に訊こう。
狗巻先輩応援PJ!
〜で、結局誰が好きなんですか?〜
その晩。頻度が高すぎて最早自分の部屋かのように狗巻先輩のお部屋にお邪魔した私は、準備しておいたスマホ片手にタイミングを窺っていた。
真摯に正面から「応援してます」ってアピールするだけなのに、なんだか妙に緊張してしまってさっきから顔が上げられないでいる。今なんの教科を勉強しているかすらわからない。
もちろんノートの文字はひとつも頭の中に入ってこないし、下げた視線の先をただ単に集中するフリで眺めているだけだ。
……なんて言ったらいいんだろう。
その溜め息はズバリ、恋の病ですね!
――――言い方がちょっと古いか。
お悩みごとでしたら神埼探偵事務所にお任せください!
――――これだと対価を要求しそうに聞こえるな。
先輩、好きな人いますか?
――――やっぱり正面から行「ツナ?」
「ぃっぬまき先輩好きな人いますか!」
や、やっちまった。
気付けば考えるよりも先に喋っていた。不用意な私の発言で部屋がシンと静まり返っている。
沈黙が怖くて恐る恐る視線を上げてみると、無言で固まってしまった狗巻先輩が物言いたげな瞳を動かし、チラリとこちらへ視線を寄越す。
先輩の顔半分、鼻から下は部屋着の襟で隠されているけれど、見える範囲の表情が物語っていた。
『なんでわかった』
きっとそう言いたいんだろう。大丈夫です、決して読心術とかそういう類のものではないですよ。ただ単に私の勘がいいだけです。
もう少し頭の中でチャートをまとめてから切り込むつもりだったのに、もう開き直ってこのまま行くしかないだろうな。
諦めの速さと切り替えの早さは私の取り柄だ。うん、そういうことにしよう。
そう自分を奮い立たせ、もう一度、今度はちゃんと狗巻先輩の目を見ながら問いかける。
「好きな人……いますか?」
「…………」
先輩は無言のまま、僅かに顎を引いて頷いた。
……でしょうね。ネタは上がってるんですよ、ほらほら早く吐いてください。
そんな私の思考が読めたのか、すぅっと目を細めた狗巻先輩の眉間にめちゃめちゃシワが寄り始めた。
まぁそうですよね。先輩にとってはきっと人生で何番目かに重要なことであって、用意したお土産も渡せないし、お茶にも誘えないし、たぶん顔を合わせるのも電話するのも恥ずかしくてできなくて、でも好きで。
真剣な恋なんだから、茶化されたくはないですよね。
誤解されたくない。ちゃんと伝えなきゃダメだ。
私は応援するつもりですよ、って。
「あ、あの、誤解しないでくださいね? からかおうとか茶化そうとかそういうわけじゃなくて、真面目に応援しようと思ってるんですよ!」
「……」
「お力になれたらな〜みたいな……いつもお世話になってますし、恩返ししたいなと思ってて……」
「…………」
「ほら私、乙女ゲームもやってますから!」
ぴく、と狗巻先輩の眉が動いた気がして、俄然やる気が出てきた私はふふんと胸を張って言葉を続ける。
「まぁアレは現実とは違って選択肢が出てくるから、一定の法則はありますけど。どのキャラも主人公をときめかせることに関してはプロみたいなものですし?」
「……」
「そういうドキドキ感を先輩の好きな人に与えればイチコロですよ!」
「……?」
で、狗巻先輩に一番近い子を探してきました! と私が差し出して見せたのは自分のスマホ画面。
今日までの間、昔のゲームを引っ張り出しては夜な夜な探していた『狗巻先輩の恋愛成就を手助けする先生』だ。どれもこれも、私好みのクズ色強めなキャラが出ないゲームだったから、思い出も薄くて記憶の倉庫から引っ張り出してくるのに時間がかかってしまったけれど。鑑定士神埼灯里的にはかなり自信のあるラインナップである。
手始めはこの黒髪短髪泣きぼくろボーイかな。猫目ではあるけど優しそうな雰囲気は狗巻先輩にそっくりだし、なにより先輩とは同い年の高校二年生。
公式サイトに載っている人物紹介のスクリーンショットととっておきのスチル画面。個人的にオススメな誘い文句をいくつか見繕って入れたアルバムをスイっとスライドさせて、狗巻先輩に推しポイントを説明していく。
「この子はアキヒトくんっていうんですけど、ちょっとお茶目だけど勉強ができて、女の子を大事にする誠実なタイプの子なんです。図書館イベントで一緒に試験勉強したり、下校するときはこっそり校門で待ち伏せしてて、偶然を装って『一緒に帰ろ?』ってアピールしてくれるんですよ!」
「…………」
「それでもって告白はですね、文化祭の打ち上げ中に手を引いて主人公を連れ出して、恥ずかしそうに顔を赤くしつつ『ごめん。もう気づいてると思うけど、ちゃんと言わせて。……君のことが好きだ』――――で、すべてのアキヒトくんファンを皆殺しにしたんです。罪な男ですよね……」
ハートキャッチアキヒトくん。今の私の声真似は個人的には八十点というところだろうか。
私のスマホ画面に映るアキヒトくんを無言で見つめる狗巻先輩の表情は真剣そのものだし、私の選別眼に狂いはなかったようだ。
食いついてくれてよかったよかった、と別のアルバムを開いてもうひとり。
こっちはもともと二世代前のハードで出た乙女ゲームだけど、あまりにも人気だったから最新機種の携帯ゲーム機に移植されたやつだ。アニメ化するくらいファンが多く、なんてったってキャラデザがイイ。
「あとはあとは、こっちのユウマくんてキャラは成人してるんですけど、なんと殺し屋業を営んでいるのです。しかも義賊! 自らの命を危険に晒して影ながら人を救う、秘密のお仕事……呪術師っぽくないですか? 危ない人に襲われかけた主人公を守って匿ってあげて、主人公が普通の社会生活に戻ってもたまに様子を見に来てくれるという優しさ!」
「…………」
「ユウマくんのイイところはですね、なんてったってギャップですね! 殺し屋なんて血なまぐさい職業なのに、主人公の手を初めて握ったときのあのピュアな顔……! これぞプリンス、初恋キラー! ってレビューでも高評価でしたよ! 乙女ゲームの中でも一二を争う程の好評っぷりで、ファンも多いんです」
「……?」
「狗巻先輩は……どっちかというと王子様系が近いですかね?」
「……………………ツ、ツナマヨ?」
今なんて? 狗巻先輩はそう言って、宇宙人でも見るかのような目つきでこちらを見る。
……わかりますよその気持ち。神埼はそんなことまでできるのか、と。そう言いたいんでしょう。
私も自分のモチベーションの高さにびっくりでしたし、こんなにキャラ探しに熱中したのは生まれて初めてかもしれません。なんならクズキャラ攻略より捗りました。
しかもまともなキャラに恋をしそうになる、なーんて新しい扉を開いてしまいそうにもなりました。まだ踏みとどまれている。大丈夫。狗巻先輩の恋路を応援する間は、新しい推しは作らないって決めたのだ。
「ふふ、甘く見ないでくださいよ、私がどれだけゲーム機触ってると思ってるんですか? 古今東西そこら中の乙女ゲームを買っては攻略し、攻略しては買い、クズ男キャラマイスターの神埼とはこの私の」
「明太子」
そう言って、私の言葉を堰き止めるように左手を挙げた先輩は「それ、何の話してるの」となぜか震えるような声を出す。
「え? いやいや先輩もご存知の通りゲームですよゲーム、女性向け恋愛シミュレーションゲーム。通称乙女ゲームです」
「ゲー……、厶?」
「ですです。それに出てくるキャラで、狗巻先輩に一番近そうな子たちをピックアップしてきたんです!」
「……」
「どれも神埼イチオシのキャラですからね、狗巻先輩の恋愛指南書として絶対に参考になりますよ!」
私がもう一度そう説明すると、先輩はゆっくりと二回瞬きをして、それから頭を抱えてこう呟いた。
嘘だろ、と。
+++++
もう少し続きます
2021.06.15
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