もうじき姉妹校交流会が始まってしまうというのに、まだ先輩の想い人の見当がついていない。
私が学長に怒ら……指導されて、呪骸倉庫の掃除をしている間に来たという京都の学生にも会えなかったし、組み手で及第点を貰えても、ご褒美として狗巻先輩の想い人が向こうからやってくるわけもない。
もしや京都から来たという女子のどちらかが恋のお相手か、と狗巻先輩にそれとなく――私の基準では神埼史上最高に上手くいった演技だった――訊いてみても一刀両断、「おかか」の一点張りだったのである。
「あちー……」
寮の各部屋には空調機がついているけれど、もちろん廊下にそんなものは設置されていないので暑いものは暑い。
夕食後に早めに入ったお風呂の帰り。ドライヤーの熱さに負けた私は、乙女ゲームで狗巻先輩に似たキャラを探す前にアイスでも食べようかな、とそんな具合で共用部の冷蔵庫の前にやってきたわけなのだった。
「――――あ」
バコ、と開けた冷凍側には『神埼』と書かれたものは何一つなく、つまりこの間お風呂上がりに野薔薇ちゃんと半分こして食べたのが最後の一個だったらしい。
「エーッ……まじかぁ」
しょぼしょぼしながら冷凍庫の扉を閉めると、「いくら?」と不思議そうな声が私の背を叩く。
「あれ? 狗巻先輩どうしたんですか?」
「こんぶ」
振り向いた先の狗巻先輩は、片手にビニール袋を下げていた。どうやらコンビニかどこかに行っていたらしい。
冷蔵庫どうぞ、と場所を開けると、先輩は何故かそこに立ち尽くしたまま私をじっと見ている。
「え、なに、なんですか? なにかついてます?」
「……ツナ」
「わっちょ、タオル、へぶ」
「おかか」
ちゃんと乾かしたつもりだったけど、どうやらTシャツの肩が濡れちゃってたみたいだ。適当に腕にぶら下げていたタオルを取られたかと思いきや、ぐしゃぐしゃと頭を拭かれて「ちゃんと肩に掛けときなよ」と戻される。
その顔がなんとなく赤らんでいて……あ、そうか。夜なのにこんなに寮の中が暑いなら、外ももっと暑いよね。
「は、はい」
「いくら?」
「……私ですか? アイス食べよっかなと思ったら切らしてて……ちょうどショックを受けたとこでした」
「ツナマヨ!」
「え?」
ちょうど良かった、とコンビニ袋を漁る狗巻先輩。白濁したビニール袋から出てきたのは生チョコタルトの袋とティラミスのカップ。
これ美味しいんだよなぁ。生チョコタルトはたまたま真希先輩とコンビニに行った時にオススメを教えてもらって、ついでにご相伴にあずかって、ティラミスの方は野薔薇ちゃんがハマって何度も買っていたし、一昨日私も半分わけてもらったからよく覚えている。
「すじこ」
「いいんですか!? やったー! 狗巻先輩大好き!!」
「しゃ……しゃけ」
なんて良い先輩なんだ……自分用に買ってきたであろうデザートを分けてくれるなんて。
恋の相手が同じ高専生ならハードルは低いのかもしれないけど、こんな感じで好きな子にもプレゼントを渡せればいいのにな。
――――これ、買い過ぎちゃったから一個おすそわけ。
――――いいよいいよお礼なんて。貰ってくれて助かったよ。
――――そう? ……じゃあ、お礼の代わりに今度デートしてくれる?
スマートだ。百点満点花丸大金星。
……いや待てよ。もしかして私で練習してる? 好きな子にプレゼントをスマートに贈る予行演習?
ふむふむなるほど、それなら頂くのもやぶさかでない。
好きな方取っていいよ、と差し出されたそれを前にした私は、ふと脳裏をよぎった考えにピタリと動きを止めた。
「――――ハッ」
「?」
さっき私は何を考えた? 予行演習?
……恋の相手が同じ高専生なら?
いや待て。なぜ私は最初から『相手が真希先輩ではない』と決めつけていた?
それこそが既に勘違いだとしたら?
眼鏡をかけた知的な美人。サラサラの黒髪で、狗巻先輩よりちょっと背が高くて、姉御肌で、呪具の扱いに長けている。
「……?」
「ツナマヨ」
「いや……待ってください……?」
しかし先輩が手に持っているのは、最近野薔薇ちゃんがハマっているコンビニスイーツ。私も野薔薇ちゃんに勧められて食べて、その美味しさに目を輝かせたのが一昨日の話。
小柄でハキハキしていて物怖じしない性格。それでいて友人を大事にする温かさ。狗巻先輩より少し背が低くて、オシャレと流行に明るい女の子。
生チョコタルトか、ティラミスか。
……真希先輩が好きな生チョコタルトか、野薔薇ちゃんが好きなティラミスか。
…………つまり。真希先輩か、野薔薇ちゃんか。
「ある……あるぞ……そうかもしれない」
「すじこ」
「生チョコタルトかティラミスか……つまり! どっちかなわけですね! 狗巻先輩!!」
「しゃ、しゃけ」
「我、会敵セリ。いやぁ〜人助けって本当にいい気持ちですね! 努力した甲斐があった!」
「……すじこ」
「え?」
で、どっち食べる? と両手に持ったコンビニスイーツをそれぞれ掲げて先輩が首を傾げる。
片方は真希先輩が好きなもの。もう片方は野薔薇ちゃんが好きなもの。
「はわ……これは試されているわけですか……?」
「?」
「どっちを残すか、どっちを取るか……狗巻先輩の気持ちになって考えてみろと」
「お……か、しゃけ?」
ここが最後の関門か。なるほど、当ててみろと。そう言いたいわけですね。
どっちだ? 狗巻先輩にはどっちを残せばいい?
ちょっぴりSで友達思いの年下後輩、野薔薇ちゃんか。
クールビューティーで全世界を抱いた女、真希先輩か。
「……」
「……」
「…………」
「…………」
「………………あ゛〜〜〜〜無理です神埼にはまるでわかりませんヒントをください」
「こ、こんぶ。ツナマヨ?」
「ヒッ――――ひとくち食べるゥ!? お試しのつまみ食いだなんて爛れてます!! 誠意を見せてください!!」
「しゃ、しゃけ」
「そんなことあります?? 独り占めにしたいとは思わないんですか??」
「しゃけ。すじこ」
好きだからこそ、分け合って食べたいし。
真顔でそんなことを宣う先輩……なんて恐ろしい男なんだ。信じられない。あまりの衝撃に仰け反ってしまって頭がくらくらする。
「好きだから誰とでも簡単にシェアするとかそんなの誰も喜びませんよ!? 食べられる側の身にもなってください!」
「しゃ、しゃけ。いくら?」
「――――ッハァン!? はんぶんこという概念が存在するんですか!? そんなのもっと悪いですよ?!!」
「おかか……」
わかった、と頷いた先輩は、私の手に二つのスイーツを握らせて「どっちも食べていいよ」と困ったように目元を緩ませる。
「ちょ、っとそんな簡単に諦めないでいただけます!? これは大事な話ですよ!!」
「しゃ、しゃけ」
「結局先輩はどっちがいいんですか! 真希先輩が好きな方と野薔薇ちゃんが好きな方と!!」
「……明太子?」
「しらばっくれたってダメですからね。私にはすべてお見通しで」
「すじこ……おかか、高菜」
「……え?」
二人が好きとかはどうでもいいけど、灯里がこの間食べてたから。
「……た、べ」
「ツナマヨ」
「よっ喜ばっ、よろ……よっ、喜ばされます!!」
私が食べてたの、見てたんだ。憶えててくれてたんだ。
なんだか嬉しくて口元がもにょもにょと動いてしまう。
なんだ、女の子のこと喜ばせるの上手いじゃないですか。
え、何をそんなに躊躇うことがあるんですか?
さらっと話しかけて、美味しいもの分けてあげて、今みたいに笑顔を見せればみんな落ちちゃいますよ。好感度上げイベントも要らないし、なんなら他のキャラを選ぶ選択肢すら消えるくらいには破壊力がある。なにそれ強キャラじゃん。乙女ゲームじゃなくない? 狗巻先輩ゲームだよね? 狗巻先輩が女の子オトすゲームじゃん。
いや元からそういう話でしたすみません。
なんだかめちゃくちゃ照れてしまって、狗巻先輩に心配されるくらい妙に高いテンションでデザートをご馳走になって、私は自分の部屋へ退散した。
狗巻先輩応援PJ!
〜先輩、そろそろ答えを教えてください〜
ガチャリと自室の扉が閉まる音がして、つい私の口から溜息と共に独り言も転がり出る。
「やだもう……狗巻先輩マジで天性のタラシじゃん……」
……もし、先輩が誰かとお付き合いしたら。私に勉強を教えてくれる機会も減っちゃうだろうな。
まぁその時は恵くんに土下座でも何でもして教えてもらおう。
いや、待てよ。狗巻先輩の好きな人もゲーム好きだったら……もしかして一緒に狩りに行ける?
そこまで考えて私は首を横に振った。
そもそもあのゲームは四人プレイだ。今までちょうど四人でやっていたわけだから、そこに狗巻先輩の彼女さんカッコ仮が入ったら五人になる。
つまり、今後みんなで集まってゲームをすると必ず一人あぶれるわけで。
その場合、必然的にソロになるのは――――
「……まぁ私だよね」
私はどんなクエストでも独りで行けちゃうから、一人ぼっちで余っちゃっても問題はない。
なんならオンラインにでも繋いで、適当に見知らぬ人と一回限りのパーティーを組めばいいわけだし。
でもなんだかそれはとてつもなく……寂しい。そう、寂しいだろうな。狗巻先輩と距離があいて、一緒にゲームもしなくなっちゃって、勉強を教えてもらうためにお部屋に行くこともなくなって――――
「……」
――――ウワッなんか情緒がめちゃくちゃになっちゃいそう。
こういう時はとにかく最初に戻ること。サー、イエッサー。
狗巻先輩にはさほど似てなかったけど、似たキャラ探しの旅の中で軍人のコウイチロウ少尉が言ってた。
オーケー、落ち着こう。
よし大丈夫落ち着いた。
これ以上狗巻先輩の良さを目にしてしまうとなんだかマズイことになりそうだと第六感が告げているので、早めに正解を見つけて狗巻先輩の背中を押してあげた方が絶対にいい。
四の五の言ってる暇はない。真正面から先輩に答えを訊いて、相手を明らかにしてしまえば純粋な気持ちで狗巻棘×サムバディのカップリングを推せるというもの。
大丈夫だ、問題ない。一番いい惚気をくれ。そう、それでいい。後輩の私がやるべきことはただひとつなのだ。
+++++
まだまだまだ続きます
2021.06.02
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