一夜明け、翌朝。
先輩に似ているキャラの選定にはまだまだ時間がかかりそうだけど……悲しいかな、時は平等だ。
狗巻先輩応援PJ!
〜先輩、お買い物に行きましょう〜
「狗巻先輩、おはようございます!」
「こんぶ」
今日も無事に朝を迎えて制服に着替え、食堂で先輩に挨拶をする。
このあたりはいつも同じルーティン。
たまに狗巻先輩が寝坊してバタバタしていたり、私が朝起きれなくてぐったりしてたりだとか、先輩の寝癖がそのままになってるくらいのちょっとした違いはある。
でも、今日からはそこに「狗巻先輩を観察する」という項目が追加されるのだ。
「……あれ?」
今日は寝坊したのかな? 狗巻先輩の髪の毛がぴよぴよと跳ねているけど、鏡に映らない位置だからか気付いていないみたいだ。
挨拶ついでに先輩に近寄って、私の目線よりもほんのちょっぴり上にあるそれに手を伸ばす。
「先輩、寝癖ついてますよ」
「すっすじこ」
バッと後頭部を押さえた先輩がこちらを振り向いて一歩後退った。
……しまった。狗巻先輩は一途な人なんだった。私が触ったら嫌がるって想像つくはずなのに、距離が近すぎて困惑させちゃったみたい。
「あ……すみません、つい」
「明太子」
「寝坊したんですか?」
「……しゃけ」
私の質問を受けて、髪をくいっと引っ張って寝癖を直そうとしていた狗巻先輩は恥ずかしそうに頷く。
うーん。つまり、先輩のことを朝起こしてあげられる人が理想の相手なのかもしれない。あとはそうだな……寝癖をドライヤーで整えてくれる人?
「……」
「いくら?」
「あ、いえ、何でもないです」
モーニングコールは携帯で事足りるけれど、寝癖直しは……一緒に生活しないと厳しいだろうな。つまり、狗巻先輩はその人と二人暮らしをするのが一番だということか。
なるほどなるほど。基本的に高専の学生は寮に住むけれど、強制なわけではない。だから片想い相手と結ばれれば、狗巻先輩が寮を出てその人と同棲する可能性も十分にあるわけだ。
「……」
「いくら?」
「……先輩。高専から離れたところに住むなら、朝早く起きなきゃだめですよ?」
「た、たかな?」
「まぁ私も朝弱いのでアドバイスできることは何もないんですけど……できるだけ夜更ししないで、目覚まし時計はメインとサブで二つ用意して……」
「しゃけ」
「あとはそうですねぇ、単車の免許なら年齢的に取れると思うので、お家から高専までは原付バイクがいいんじゃないでしょうか!」
「……おかか」
「え?」
別に外に住むつもりは無いけど、と言わんばかりに眉を顰めた渋い顔で否定されてしまって、いろいろ想定していたのになんだか拍子抜けの気分だった。
……なるほど。同棲はしない、と。
「じゃあ寝癖は直せるようにならなきゃですね! ドライヤーと、あとくるくるするブラシでこうやってブローして整えるんです」
「しゃ、しゃけ」
「あれ? もしかして持ってないですか? じゃあ先輩さえ良ければですけど、授業終わった後で買いに行きましょうよ」
「……しゃけ」
女の子を意識させる上で身だしなみは重要なポイントだ。
ついでにいいプランも思いついたことだし、女の子へのプレゼントも選びに行こう。
と、そんな具合で、授業終わりの私達は高専の最寄りから一番近くて栄えている駅へとやってきたわけだ。
先輩の後ろ髪はまだちょっと跳ねているけれど、まぁ人目を引くほどではない。むしろチャームポイントになり得るだろう。
……ん? チャームポイント? わざとダメなところをチラ見せして、相手の気を惹くやり方か。
なるほど、その線も“アリ”だな。
思いついた戦法は頭の隅っこにメモしておいて、ひとまず整髪料のコーナーへと足を向ける。
「こんぶ」
「ブラシはこれでいいですけど、寝癖直しウォーターも欲しいですね……先輩は好きな匂いとかありますか?」
「……」
困った様子で私を見つめ返す狗巻先輩。こういうのはあんまり使ったことがないんだろう。
特にこだわりが無いのなら、ひとまずは先輩が使っているシャンプーと競合しない香りのものがいいだろうな。
「ちょっと失礼しますね」
「おっ…………おかか」
くんくんと髪の匂いをかいで、柑橘系のふんわりとした甘さと爽やかさを把握した私はさっそくテスターの蓋を開け、香りのマリアージュを確認していく。
「んー、こっちは違うか」
「……」
「私、あんまり男性モノは詳しくないんですよねぇ……まぁそもそも美容関係はサッパリなんですけど」
「すじこ?」
「え? いや普通に女性モノしか使わないですし、匂い嗅ぐ機会もないですし……あー、恵くんのならあるかな?」
先輩はまた奇妙なものを見るような目付きをしている。
もう、失礼しちゃうなぁ。いくら私が色んなクズ男を攻略して、デート気分を味わうために下見と称して狗巻先輩を付き合わせているからって、流石にメンズの寝癖直し用品までは買ったりしていないのに。
「やだなぁ先輩ったら、たかがゲームにそこまでお金つぎ込みませんよぉ」
「…………」
まぁ課金はほぼしてないから嘘はついてない。嘘ではないけれど、でもゲームソフトを買うお金はつぎ込んでいるわけだし、これはというグッズは買っているし…………つまり、
「初期投資だけです!」
「おかか……」
そんなところで狗巻先輩用の寝癖直し用品をブラシとスプレーのセットで購入してもらって、次に向かったのは私がたまに行く紅茶のお店。
店頭にはティーバッグの箱や紅茶の缶がずらりと並べられていて、パッケージを見ているだけでも楽しい。もちろん手に取って香りを確認したりもできる。
――――私のプランはこうだ。
狗巻先輩が「美味しい紅茶があるんだけど、一緒にどうかな?」と女の子を誘う。
場所は別に寮のパントリーでもどこでもいいけど、とにかく紅茶を淹れてあげて、それを飲んだ女の子は感動する。
美味しい紅茶をご馳走になって、彼女は必然的にメロメロになってしまうわけだ――――例えば「こんなに美味しい紅茶を淹れられる男の人ってステキ! あれ? なんだかドキドキしちゃう……もしかしてこれが『恋』……?」とか。
そこまでくれば話は簡単、一回意識させてしまえばほぼ勝ち確と言っても過言ではない。
更に追撃として「気に入ってくれて良かった。それなら今度は一緒に選びに来てほしいな、すじこ」とかなんとか言っておけば、狗巻先輩の人柄の良さならすぐに落とせるだろう。
問題は先輩が女の子を上手く誘えるかというところだけど……
「……うん! 狗巻先輩なら大丈夫ですよ! 勇気を出してドーンといっちゃってください!」
「こ、こんぶ?」
何の話? と先輩に尋ねられて、私は胸を張って紅茶のボックスを指差した。
「ここの紅茶はラベルに説明書きがあるので、それを基準にしつつフィーリングで選ぶのもいいと思います! あ、夜に飲むならノンカフェインのがいいですよ」
「ツナマヨ」
「むむ……マンダリンの香りでリラックス、ペパーミントでリフレッシュ。……お? こっちはチョコレートの香りがするみたいですね」
横から私の手元を眺めていた狗巻先輩は、ややあってから「明太子」と呟いた。
私の好きな香り、か――――なるほど。
相手の子の好みもよくわからないから私を参考にしよう、と。そういうことか。
もー、紅茶の好みも訊けないだなんて、狗巻先輩ったら奥手なんだから……そうなるとますます気になっちゃうなぁ、先輩の片想い相手。
どんな人なんだろう? 早く会ってみたいな。
「参考になるかはわかんないですけど、私は王道のアールグレイとか好きですよ?」
「しゃけ」
「んー……あとは、お菓子と一緒に楽しむなら、あんまり甘い香りの紅茶じゃないほうが嬉しいかもしれません。寝る前はカモミールティーとかも良いと思いますし!」
「しゃけしゃけ」
狗巻先輩は「そこまで聞ければ充分」といった顔つきで頷いたかと思うと、私が手に持って説明していた紅茶の缶たちをするりと奪ってレジへと歩いていく。
「あれっ!? そんなに簡単に決めちゃっていいんですか?」
「しゃけ、ツナマヨ」
「え?」
色々選んでくれたお礼に。
…………いやいやいや、狗巻先輩の好きな人に渡すプレゼントないし一緒に楽しむものを探しに来てるのに、私の分を選ばれても意味がない。
「ちょーーーっと待ってくださいそれはえっとほら神埼が買いますから!」
「?」
「わたっ私も欲しいので私の分は私が買います! だから先輩も先輩の分を買ってください!」
「高菜……?」
「狗巻先輩はホラ、一緒に飲みたい人と飲むのがいいと思いますよ! えーっと、そ、そうだ、これとか女の子にはオススメです! みんな大好きストロベリー!!」
「しゃ、しゃけ」
なんとかギリギリ誤魔化しきった私が店員さんへ「こっちのはプレゼント用でお願いします!」と先輩の分のラッピングの依頼をし、綺麗に包装されたカモミールティーとデカフェアールグレイとワイルドストロベリーの紅茶は先輩の手に、私は自分用にタルトシトロンを買ってお店から退散した。
「いくらすじこ」
「え? あぁ、“私のは”ラッピングしなくていいんです!」
「……こ……んぶ?」
「自宅用ですから!」
「??」
狗巻先輩ったら、すぐにそうやってお礼とかしてくれるんだもん。そういう律儀なところが先輩のいいところなんだけど、発揮するところがなんかちょっとズレてるんだよなぁ。
そういうのは私じゃなくて、好きな子にしてあげなきゃ。
「狗巻先輩、頑張ってくださいね!」
「こんぶ……」
困惑したような表情を浮かべた狗巻先輩は、何の話かまるでわからないと呟きながら、紅茶のお店のショッパーをぷらつかせてみせた。
+++++
まだつづきます
2021.05.21
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