「……真希先輩。お話があります」
「なんだ急にかしこまって」
「驚かないで聞いてください。私、気付いちゃったんです」
「はぁ」


「――――狗巻先輩には好きな人がいます」


私がそう告げた時の真希先輩は、晴天の霹靂を辞書で引いたら先輩と瓜二つの写真やイラストが載っていてもおかしくはない表情をしていた。
……要は、『マジで言ってんのか?』と顔にしっかり書いてあったのだ。

「相手は誰だかわかってないんですけど……たまに心ここに在らずみたいな溜息吐いてたりとか、勉強教えてくれてる時もぼんやりしてたり、私の爪見て『ネイルとかあんまりしないんだね』とか、遠方任務の日に『どんなお土産もらったら嬉しい?』ってメッセージ来てたりとか、この間勉強見てもらってた時なんて『カフェ行くならウサギか爬虫類どっち触りたい?』って……これってつまりそういうことじゃないですか?」
「……どういうことだよ」
「女子に対するリサーチですよリサーチ!」

それ以外にありますか? いや無い。十割十分十厘、これは間違いなく狗巻先輩が特定の女の子を意識して私で調べごとをしているのだ。
それでもって、女子力が低い私を選んで聴き取りをしているのは……ただ単に私が一番身近な女子というだけだろう。いや別に真希先輩が女子じゃないって言ってるわけじゃなくて、真希先輩ほどカッコいい女子は存在しないから参考にならないって意味で。
真希先輩は日本各地に現地妻が居るわけだし、彼女の人格や美貌は性別や種族を超越していて、むしろそう、概念のような――――

いかん。話が逸れた。

「とにかく、狗巻先輩は恋をしてるんです!」

私が今回の件を打ち明ける相手として、他人の恋路のことを茶化したり面白がったりする人ランキングで最下位タイの恵くんではなく、最下位から二番目である真希先輩を選んだのには理由がある。
恵くんは狗巻先輩と同じ男子だけど案外ポンコツなので、パンダ先輩や野薔薇ちゃんや五条先生にカマをかけられたらうっかりペラってしまいそうだからだ。しかも、頭は良いくせに諦めが早いから「バレちまったんだからもういいだろ。俺たちにできることはやり尽くした」とかなんとか言って野薔薇ちゃんに丸投げしちゃうに決まってる。
対して真希先輩はもちろん口が堅いし、多少面白がりそうではあるけれど相談事にはきちんと乗ってくれる。要するに頼りになる先輩なのだ。

だって、今もこうやって私の突拍子もない話を聞いてくれてるんだもん。
ちなみに最下位のもうひとりは乙骨先輩だった。なお神埼調べである。

「真希先輩、きっと突然のことで驚いているかと思います」
「いや私は別に」
「呪術師とはいえ、狗巻先輩も思春期の男子なんです。どうか揶揄わないであげてくださいね」
「だから私は」
「で、気付いてしまったからにはお手伝いをしなければならないと思った次第です」
「はぁ?」
「どうやらこのことに気付いてるのは私と、あと今お伝えしたので真希先輩だけだと思います。周りに怪しまれないように手を回して、恋のキューピッドをするのは今しかないんです!」

つまり私は使命感に燃えていた。いつもお世話になっている狗巻先輩に、少しでも恩返しがしたいのだ。


「狗巻先輩の恋路を応援したいんです!!」





狗巻先輩応援PJ!

  〜先輩、私ついに気付いちゃいました〜




さて。恩返しをするためにも、まずは相手を知らなければなるまい。
狗巻先輩が好きな相手は誰なのか、そしてその人は何が好きなのか。食べ物、趣味、本、映画、ファッション、その他諸々。
直接その人に訊けばいいものを、わざわざ女子力の低い私を狙って尋ねているところを見るに……割と狗巻先輩は方向性を間違っているらしい。それとも恋に奥手なのだろうか。
準一級呪術師なのに臆病になるところもあるんだな、と思うとなんだか先輩が可愛く思えてくる。

というか、同級生の真希先輩ですら気付いていなかっただなんて……狗巻先輩は案外隠し事が上手いらしい。
でもまだまだ詰めが甘いな。
だって私に気付かれてるくらいだもん。

――――いや、これはむしろ私が鋭すぎるという証左だろうか?

「さっすが神埼……これが"デキる女"ってことか……ふふ」

ならば後輩の務めとして、ちゃんと応援してあげなければ。

そんなことを考えながら先輩を探して校内を三千里しているわけなんだけど……なぜだろう、目的もなくぶらついてる時はよく先輩に遭遇するのに今日はなかなか見つからないな。
探そうとすると見つからない、腰を下ろすとばったりと出くわす。まるで運命みたいだな、なーんて……本当に探しものをしているみたい。

「……お?」

と、廊下を曲がりかけたところで先輩の特徴的な髪色を発見した。そのまま二歩戻って身を隠し、遠目から観察する。
……どうやら狗巻先輩は新田さんと何事か話をしているようだった。任務のことだろうか?

「……ッスね」
「しゃけ」
「じゃ……、喫茶…………か?」
「すじこ」
「えー……それって、……の場所の……」
「明太子」
「あっはは! いいっすね!」

耳を澄ませてみたけれど「なるほど……」全然わからん。
それもそうだ。そもそも新田さんの声は遠くて聞こえづらいし、狗巻先輩の単語は短くて聞き慣れてるから耳に入ってくるものの……先輩の言葉だけじゃ会話内容を推測するのは絶望的だった。
かろうじて、会話の雰囲気から新田さんとは険悪なムードではないということだけが理解できたので、本来の目的の三割は達成できたというところだろうか。
新田さんは京都校に私と同い年の弟さんが居るそうだし、案外狗巻先輩とも気が合うのかもしれないな。
少し年上だけど、明るくてサバサバしてて、弟さんがいるからしっかり者のお姉さんポジション……なるほど。新田さんの可能性も全然あるな?

「……じゃ、お疲れ様っす!」
「しゃけ」

アッまずい。
どうやら、私が考え事に集中している間に二人の会話は終わってしまったらしい。
ゆったりとした足取りでこちらへ歩いてくる狗巻先輩と目が合って、退散し遅れた私は下手くそな愛想笑いを披露する羽目になった。

「ど、どうも狗巻先輩……ご機嫌麗しゅう」
「……こんぶ」
「あーっと……えと、」
「?」
「にっ――――新田さんと仲良いんですね!」

なんの会話だ。嫉妬するヤンデレ彼氏か私は。
自分の失言に内心頭を抱えつつ、妙に居心地の悪い空気が満ちていくのを感じて冷や汗が止まらない。
そういやこの間やった乙女ゲームにそんなキャラ居たわ。確かヤンデレ年下キツネ顔後輩くんという設定だった気がする。
そんなことが頭を過ぎって現実から逃避しかけている中、私の発言を受けて表情を一気に怪訝そうなものへ変えた狗巻先輩は、その眼差しと同じ感情を乗せた声で「しゃけ」とだけ言って、私の顔をまじまじと眺めている。

「あは、いやそういうことじゃなくて、えーっと……に、新田さんって…………っ素敵な女性ですよね! わ、わかるな
「……すじこ」

呆れたような顔で溜息を吐いた先輩は、どうやら私がご機嫌を取ろうとしているように見えたらしい。
今度は何忘れたの、と腕組みをして目を細めている。

「ちがっ、違いますよ! ただの感想的なアレです!」
「……?」
「そそそそれじゃ私そろそろ行きますね! 失礼します!」

私はそのまま先輩を置いて脱兎の如く逃げ出した。
危ない危ない。狗巻先輩はカンがいいから危うくボロが出てバレちゃうところだった。
恩返しはしたいけど恩を売りたいわけではないので、私がしていることを先輩に勘づかれるわけにはいけないのだ。








その夜。共同スペースで野薔薇ちゃんとダベりながらテレビを見ていると、ぺたぺたと近づいてくるスリッパの音が聞こえた。
……狗巻先輩だ。

「あ、狗巻先輩。お疲れさまでーす」
「お疲れさまです!」
「しゃけ」

どうやら先輩もテレビを見に来たらしい。でも先輩は、私達が占領している三人がけソファの空いたところへくっついて座るようなことはせず、斜め隣に配置されている方へ腰を下ろしている。

ふふん、なるほどなるほど。

「いくら?」
「なんかトーク番組? みたいなやつらしいですよ。でも流してるだけなんで、狗巻先輩好きなのに変えていただいて大丈夫です」
「ツナマヨ」

私が差し出したリモコンを断りながら「別になんでもいい」と言う狗巻先輩は――――やっぱりそうだ。
自分の確信が裏付けされていくことに快感を覚える。
好きな子がいるからこそ、私たち女子の隣には座ろうとしないんだろう。なるほどなるほど先輩は一途な人なのだ。

そんなことを考えて先輩の方を眺めていたら、どうやら私はニヤついていたらしい。奇妙なモノを見るような顔つきの狗巻先輩が発した「……こんぶ」の言葉でやっと正気に戻った私は、そこで漸く自分の口角の位置が上がりすぎているのだと理解した。

――――いかんいかん。こんなことをしてる場合じゃなかった。
狗巻先輩を見て満足することが目的じゃなくて、ちゃんと先輩を観察することが重要なのだ。

観察、観察……そうだ。

「あ、狗巻先輩、テレビ見てくださいテレビ」
「?」
「グラドル大集合ですって」
「みんなスタイルいいわね。キャラ付け大変そう」
「そんなこと言っちゃダメだよ野薔薇ちゃん」
「結果残さないといけないから必死ね」
「明太子」

私が指差した先。雛壇に何人も座っているグラドル達が業界の裏話を喋ったり格付けをしてみたり、もちろんどの人も美人だから華やかな絵面が続いている。

「……」

肘置きに頬杖をついた狗巻先輩は、じーっと画面を見つめて何か物思いに耽っているように見える。

――――そうだ。

「ホントにどの子も可愛いですよね。先輩って、この中ならどんな子がタイプなんですか?」
「は?」
「ツ……ナ」

まさに凝視、という単語が似合う四つの目が私に向いた。
狗巻先輩は信じられないものを見るような目付きをしているし、野薔薇ちゃんに至っては、「コイツ空腹に耐えかねてついに虫まで食ったのか」とでも言わんばかりの顔をしている。
……それは親友に対して流石に失礼すぎると思うんですが?

「この長身美脚年上お姉さんみたいな人はどうですか? めっちゃ美人ですし」
「……こんぶ」
「えー……じゃあこのきゅるんてしたふわふわアイドルみたいな……猫被ってそうな子とかはど」
「すじこ」

興味ない、なんてバッサリ切り捨てられてしまっては追求も何もあったものではない。
もう少し情報が欲しいんだけどな。

「せめて年上年下くらい……あ。もしかして熟女」
「おかか」
「ふはっ」

隣で野薔薇ちゃんが思い切り吹き出した。
まぁそうだよね。私も流石に狗巻先輩が熟女好きだとは思ってないし、イメージすらも湧いてこない。

「そんな顔しなくても……言ってみただけですよぉ……」
「……」
「ン゛んっ……で、アンタなんで急にそんなこと気にし始めたわけ?」

悪い顔で笑う野薔薇ちゃんがチラチラと狗巻先輩の顔を見ながらそう言った。
やべ。野薔薇ちゃんに私の思惑がバレたらしっかり全力で揶揄われそうだ……もちろん狗巻先輩が。

誤魔化せ……誤魔化すんだ神埼灯里……

「あー……なんとなく的な? 気になっ……た、から?」
「へぇ?」
「……」
「せ、先輩と、もっと……えーっと……お近づきに、なりたいというかぁ
「…………」

四つの瞳からの圧に耐えかねて「私のことはいいじゃないですか、とにかく先輩のタイプの人教えて下さいよ!」となんとか誤魔化しながらテレビを指差すと、渋々といった様子で狗巻先輩が視線をそちらに向けた。
テレビに映る美女、美女、美女……そもそも先輩が好きな人は呪術師なんだろうか。それとも窓の人? もしくは任務先でたまたま出会った一般人?
結局狗巻先輩はどうでも良さそうな顔をしてテレビ画面を眺め続け、最終的にハァと溜息を吐いた。

「こんぶ……」
「えー……あ、もしかして『自分が好きになった人がタイプ』的なやつですか?」
「!?」

私がそう発言すると、狗巻先輩はギョッとした顔つきでこちらを振り向いた。
何が言いたいのかまるでわからない、といった目をしている。

……ははぁ。これはまさか、自覚がないタイプか?

「んふ……んふふ、っふふ」
「……」
「アンタその笑い方マジで気持ち悪いわよ」
「んーん、なんでもない……んふ」
「…………高菜」

まずは狗巻先輩自身が恋心に気付かなければいけないわけだ。
これは骨が折れそうだぞ、と天使の羽を背負って弓矢を持った私が脳内で言う。

しかしながら私は乙女ゲームスペシャリスト。必ずや先輩のお役に立てるはず。
私が攻略したのはクズ男ばかりだけど、どのゲームにも存在している王道のキャラも一応摘み食いする程度にはやっているのだ。まぁ主にスチルを埋めるためだけど。

つまり、どんな行動を取れば相手の女の子を惚れさせて落とせるか……くらいはなんとなくわかる。

平安時代に始まり、三国志、魔法学校、戦国、オフィスラブから異世界トリップまで、古今東西幅広いジャンルに手を出した私に死角はないのだ。

「いくら?」
「……え? いえいえいえ大丈夫です大丈夫、狗巻先輩はご心配不要ですからね!」
「こんぶ……」

大丈夫ですよ狗巻先輩。乙女ゲームスペシャリストの私がついてますから、大船に乗った気持ちで安心しててくださいね。

決意を新たにした私は、ひとまず今まで持っていた乙女ゲームを今回の教科書にすべく、脳内で「狗巻先輩に一番似ていて"クズ男ではない"キャラ」のリストアップを始めたのだった。


+++++
つづきます

2021.05.18

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