「あー疲れたぁ。狗巻先輩たちタフすぎじゃん?」
「わかるわぁ……なーんか毎日ぐったりって感じよね」

授業で行われている手合わせの合間の休憩時間。
恵くん達がおそらく明日の任務のための事前説明か何かで五条先生に呼び出されて、グラウンドには絶賛手合わせ中なパンダ先輩と狗巻先輩、そしてヘロヘロになって休憩している野薔薇ちゃんと私の四人だけ。午前は古文の小テストがあったし、もう脳みそも身体も疲労困憊だ。
小柄な狗巻先輩がパンダ先輩の懐に飛び込んで蹴りを放っているのを横目で見つつ、暑くなってきた陽射しから逃げるようにして私たち二人は束の間の安息に浸っていた。

と、新しいジャージのポケットからリップクリームを取り出した野薔薇ちゃんが言う。

「男はもういいの?」
「あー……」

最近、めっきりそういう欲求が少なくなったんだよなぁ。
"そういう"って、まぁ――――つまり乙女ゲームのことなんだけど。

ここ一週間はスタート画面すら拝んでないし、新作のチェックすらしていない。
なんでかって……勉強したりゲームで素材集めしたり、そっち方面で忙しいからだ。

「うん。最近は恵くんとか先輩たちとゲームするの楽しいし、狗巻先輩もよくゲーセンとか連れてってくれて楽しいんだよ」
「……へぇー。何やんの? UFOキャッチャーとか?」
「それもやる…………まぁ私の方が落とすの上手いんだけどね。ほら、乙女ゲーって案外グッズ展開少ないじゃん? 偶々出会って『運命』感じちゃった時に獲っとかないとさ、気付いたらすぐ無くなっちゃうわけさ」
「いやいや。そこは狗巻先輩に花持たせてあげたら? オタクグッズばっか獲っててもつまんないでしょ」
「ンン……狗巻先輩が居る時は……あんまりそういうの獲ってないんだよねぇ……」
「はぁ? なんでよ」

なんでって、それは私も知りたい。狗巻先輩も含めて男子は全員私の趣味を知ってるワケだけど、特に狗巻先輩の前でそういうプライズを獲るのはとっても抵抗がある。
なんというか、居心地が悪いというか、もっと知的な後輩を演出したいというか。

「総括すると…………恥ずかしい、から?」
「……あっそ。」
「オイ野薔薇氏!! 話振ったんだったら! せめて! 興味持つ姿勢だけでも!! 保とう!!」
「うっさいわねぇ。こちとらアンタの恥の話聞きたいワケじゃないのよ。……で? UFOキャッチャーじゃないやつなら何やってんの?」

私の親友のくせにホント失礼だな。まぁそういうとこも野薔薇ちゃんの魅力的なとこなんだけど。
木漏れ日の中、すこし眩しそうに目を細めている気まぐれな親友に促されるまま、この間先輩とゲーセンに行った時のことを思い起こす。

「んー……お菓子獲ったりー、太鼓の達人とかー、マリカーとか――――あ! あれもやった、ゾンビ撃つやつ」
「アンタそういうの苦手なんじゃないの?」
「いやゾンビは平気。だって現実世界に存在しないってわかってるし」

飛竜種もゾンビも、三次元には存在するわけがない。だからこそこっちに向かってこられても怖くもないし、"ゲーム"として楽しんで倒せるだけだ。
でもオバケは別物。「呪霊祓っておいて何言ってんだバカ」って恵くんには言われたけど、幽霊は存在するもん。
絶対。たぶん。間違いない。

「狗巻先輩と二人プレイしてるとさ、戦場で背中を預け合う『戦友』って感じがしてすっごい楽しい」
「へぇー」

ちなみに戦友と書いて心の友と読む。……まぁ、実際のところは狗巻先輩の背後をとるどころか背後を取られっぱなしで、あっという間に寝技に持ち込まれてギブアップするのがいつもの流れだった。ちなみに、体力づくりの鬼ごっこでも頻繁にフェイントに引っかかっては悔しい思いをしている。

「真希先輩は動体視力高すぎて、むしろ守られてる姫気分を味わえるんだけどさ……狗巻先輩はなんか……"友"よ! みたいな」
「はぁ」
「せめて表面上だけでも取り繕ってくんない?」

失礼な親友に冷たい視線を投げると、野薔薇ちゃんは「で、話戻すけど、」と言って何故か急にニンマリと笑う。

「なんで"ゲーム"しないわけ? 男なんて星の数でしょ」
「いやぁーなんかねぇ、『あーっこの人落としたい!』みたいな欲求が最近薄くて……これがあれかな、『俺、今彼女とか考えらんねぇんだ、ごめんな。男友達と遊んでる方が断然楽しくてさ……』みたいな?」
「ごめんな、じゃないわよ。それ誰に対する謝罪なわけ?」
「えー……全国の神埼灯里の女、に対して……かな?」
「男では?」
「オマエらいつまで喋ってんだ」
「あ」

流石に休憩に時間を割き過ぎたみたいだ。
呆れたような声に顔を上げてみると、ニヤニヤと笑うパンダ先輩が私たちを見下ろしていた。

「オマエらのこと、"殺されないように"鍛えてやんなきゃいけないんだからな? 俺たち二人して組手してたって意味ないだろ……そろそろやるぞー」
「え、えへ……すみません先輩方」
「……」

パンダ先輩の隣に立っている狗巻先輩は、無言のまま渋い顔をしてなんとも言えないようなオーラを放っている。
たぶんパンダ先輩と同じように呆れているか、怒っているか……かな?
どうやら受け身百本よりも関節技フルセットの可能性が高そうだ。
ここは心を鬼にして、"ズッ友"の野薔薇ちゃんを先輩たち二人への生贄に差し出して――――

「わ、私ぃー、ちょっと走っ」
「おかか」

お前はこっちだ、というような声で私の退路を塞いだ先輩は、怒るというよりもなぜか少しだけ機嫌が良さそうに見えた。










乙女ゲーをするのはマンネリだと言ったな?

あれは嘘だ。



その翌日。綺麗に前言を撤回した私はまた新たな推し候補を発見していた。

駅のホームに大きく貼られていたポスター。キャッチフレーズに惹かれた私は、何の気なしにスマホで検索して公式サイトからキャラクター紹介のページを流し見しようとして――――結果、ガン見している。
いや、"運命"って怖いね。全っ然目が滑らなくてむしろ釘付けだった。

「ア野薔薇ちゃんこれ〜〜この人ヤバい今年最高にカッコいい〜」
「へぇー? どんなクズ?」

共有スペースのテレビで適当にバラエティ番組をザッピングしている野薔薇ちゃんが言う。
最早カッコイイと私が言うキャラ"イコール"クズだと頭っから決めつけられているけれど、そんなこと気にもならない。
色素の薄い髪と少し眠たげな瞳、私とほぼ同じ身長で、極めつけはイタズラ好きなやんちゃボーイときた。なんとなく見覚えのあるルックスのクズを好きになった理由はただ一つ。

「設定だけで私にデバフ掛けてくるんだわ……神埼灯里の伝説ベストテンに入るくらいカッコいいクズ」
「格好いいクズってパワーワードすぎんでしょ」

だって、私――――つまり主人公への呼び方が『おいブス』で、恋人同士になると『俺の財布』呼ばわりなのだ。女子高生の主人公から見ると一学年上の先輩で、勉強はできるのに課題提出も読書感想文もめんどくさくて後輩の主人公に丸投げ。確かギャラリーには「おいブス。デートしてほしけりゃ靴舐めろ」というクズの中のクズなスチルが公開されていた。

更に更に、前々から好きだった絵師さんがイラストを担当していて、しかもこの乙女ゲーを手掛けているのは毎回質の高い乙女ゲーを制作しているゲーム会社なのだ。
クズキャラはなかなか好かれにくいジャンルなだけに、レビューで高評価を叩き出すのは容易ではない。
つまり、クズ男キャラにハズレの無いことで定評のある制作会社の、新作だった。

「アンタ昨日までゲーセンがどうのって、」
「いやそれどころじゃないんですよこれは一大事なんです。ヤバすぎなんですよ野薔薇氏……流石にちょっと気合い入れるわ。美容院行って整え……て……?」

発売日まであと少ししかない。身綺麗にして未来の推し候補をお迎えせねばなりませんな。いやマジで。

そんな気持ちで美容院の予約を取るべく別タブを開いた私の上に、一人分の影が落ちた。つまんねぇバラエティよりニュース番組見たいから退けよ、なんて見下すような冷たい双眸をしている恵くんだろうか。
そんなことを思いながら、スマホの液晶画面に固定していた視線を上へ上げると、そこに居たのは――――

「……」
「狗巻先輩……?」

――――硬い表情を浮かべ、液晶テレビをバックにして仁王立ちをかましている狗巻先輩だった。
先輩は何も言わず、片手に持った一枚の紙を私の前に突き出してくる。

「どうしたんで――――」
「……ツナ」

地を這うような声。何かヤバいことでもしでかしてしまっただろうか、と不安になった私が視線を先輩の指先に移した瞬間、即座にソレの正体を理解した。
ぺらりとした一枚の紙。一番上に『氏名』と印刷された隣には、私の字で『神埼灯里』と書かれている。
そして、その下には赤いペンで書かれた数字とコメントが一行。


『氏名 神埼灯里
『点数 8点』
『もう少し頑張りましょうね。』


――――昨日やって今日返却された、古文の小テストだった。


「ウワァーーーッ!? それ私のですよねなんで先輩が持ってるんですか!? 私ちゃんとゴミ箱に捨てましたよね!?」
「おかか、高菜」
「床かぁ〜なるほど納得ゥ! ……ん? いやいやいや。床に落としたら流石に私でも気づきますよぉ」
「…………」
「……え? マジのですか? マジの拾い物ですか?」
「……しゃけ、ツナマヨ」
「いやいやいやいやいや大丈夫です、今回はヤマ張ってたまたま外れちゃっただけなのでその点数ですけど次こそはたぶんきっと絶対に大丈夫です」
「お、か、か」
「いやぁーっ勉強会やだー! 先輩の鬼! 古龍三乙男! 足早呪言師!!」
「しゃーけしゃけしゃけ明太子」

終わるまで男と遊べると思うなよ、と宣言した狗巻先輩の言った通り、私は先輩監視の元でみっちりと古文の単語を覚えるハメになった。
狗巻変格活用? いや違うか。

サ行とかカ行だとか、マジいとをかし。





四十六番の歌




「すじこ」
「ひゃ、百人一首まで憶える必要あります!?」
「しゃけ」
「む、無理です無理、一生かかっても無理」
「……おかか。明太子」
「イヤァーッ非人道的すぎます! 一生ゲーム無しはもっと無理です!!」
「お、か、か」
「うぅ……鬼め……次は装備全部剥いで丸裸にして二つ名クエに放り込んでやる……まずは青電からだな……」
「……ツナ?」
「はひぇっなんでもないです、喜んで憶えさせていただきます!」



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2021.04.25


  

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