喰われたのはどっちだ
△ ▽ △




■とりあえず全体的に下品。
■高専時代





「名前?これはどういうこと?」
「どうって何が」
「いやそんな心底不思議そうな顔されても」
「は?」


五条悟は降参するかのように両手を顔の高さにあげたまま、目を瞬かせた。寮の談話室に置かれた年季の入ったソファーの上、背もたれに体重を預けて腰掛けた五条の上に乗っかっているのは名前だ。両膝をソファーの上に乗せて五条の上に乗り、両手は背もたれの上にある。はたから見れば小柄な女が長身の男をソファーに押し倒しているような状況で、そして正しくその通りである。
膝立ちしているせいで五条より少し高いところにある名前の目が、己の腕の中にいる整った小さな顔を見下ろしていた。


「だからさ、何?今どういう状況?」
「抱かせてよ、悟」
「うん?」
「うん?」


六眼と無下限呪術を生まれ持つ稀代の天才術師が、すこし困ったように眉を下げる。対する名前も同じように少し困ったような顔をする。しかしこちらは彼女の言葉の意味を測りかねる五条と違い、悟って日本語通じなかったっけ?の顔だ。


「抱かせて、ってそれは、」
「エッチしよ、って意味」
「うん、うん?」
「なに」
「な、んで?」
「なんでって、そういう気分だから?」


ひくりと喉を鳴らす五条に対し、年頃の女子が絶対口にしなそうな事をさらりと言ってのける名前を、そろりとサングラス越しの碧眼が見上げる。

名前は五条のひとつ上の学年で、そこそこ有能な呪術師だ。但し五条の担任曰く、「呪術師はある程度イカれていないと務まらないが、名前はだいぶイカれてる」らしい。それは彼女が呪霊を自分に憑かせて使役するという術式の所為もあるだろうが、やはり生来の気質に起因するところも大きい。頭は悪くない。むしろよく回る。やたらお喋りではないけれど、誰に対しても分け隔てなく接するから周りからは割と慕われている。暇だから政教分離のメリットとデメリットについてディベートしない?とか言い出す事もあるけれど、概ねいい奴だ、と五条は思っていた。変わった奴ではあるけれど、少なくとも尻軽ではない。なかったはずだ。


「また変な呪霊憑かせたの?」
「その眼で見てみたら?」


実は以前も、何やら変な事を言い出したと思ったら強烈な呪霊を従えていたことがあった。名前の術式の完成度は未だ発展途上で、呪力や相性によっては憑かせた呪霊に多少影響を受けることがままあった。だから五条は、今の名前にものすごい色欲魔な呪霊がくっ付いている可能性を考えたのだ。しかし名前は口端で薄く笑って見せる。まだ顔の横に上げたままの手を動かして、五条はそろりとサングラスを外す。


「……なんも憑いてない」
「最近なかなか良いのが居なくてね」


裸眼で視る前から分かってはいたのだが、やはり今の名前には何も憑いていなかった。
ということはつまり。


「え、単純に俺とヤりたいってこと…?」
「そうだよ」


黒曜石のような瞳がきょとんと五条を見る。さしもの五条もこんなお誘いの受け方は初めてらしい。


「いや、でもさあ、ここ寮だぜ?」
「今日は他に誰もいないよ」
「そうなの?」
「うん」


名前の片手が不意に五条の髪に触れる。自由に跳ねる毛先から想像するよりずっと柔らかい白銀を指で梳き、くしゃ、と乱して男にしては小さな頭を撫でて行く。よく知る相手の見たことのないうっとりしたような眼差しに、しかし五条は視線を逸らせない。


「悟の髪、きれいだね」
「…別に」
「眼も好きだけど、髪も好きだよ」
「何言ってんの、ほんと…」


エッチしようとか、好きとか。そんなこと彼女に言われたことは一度だって無かったし、そんなことを匂わせたことだって無かった。
五条は2年、名前は今3年だ。だから知り合って2年目な訳だが、一度もそんな色っぽい雰囲気にはったことはなかった。彼女は優秀だが術式の癖が強い。だから使いこなすのは大変で、努力していることは知っている。五条は既に誰よりも強かったけれど、一応それなりに名前のことを認めている。黙っていれば可愛らしいのに、いつも飄々として何を考えているのか分からない女。しかし正直なところ、姿形は五条の好みのタイプだった。

だから誘い方はあれだが、悪い気はしない。



「…体目当てかよ」
「あは、そのせりふ男女逆じゃない?」
「名前が押し倒してんだろ」
「乗っかってるだけだよ」


艶然と笑う名前の指が、五条の頭から耳へ滑る。柔くマッサージするような手つきでくすぐられれば、ぞくりと背筋を期待が駆ける。

見た目だけなら百点満点なのだ。色素の薄い肌も、真っ黒い瞳も、小さい口と柔らかそうな唇も、部屋着で薄着だった時に分かってしまった身体のラインも。
だから性への関心も欲も旺盛な年頃の五条が、名前をオカズにしたことが無いわけじゃない。ここの所想像の中で抱いていたのが彼女ばかりだったことも、抗いようのない事実だ。でも、だけどだ。


「……なんか、性欲発散のためって感じ」
「んー…悟とシたかったんだけど」
「じゃあ俺がダメって言ったら」
「…どうしようかな。一人でしようかな」
「っ、」


いくら呪術師として強くたって、中身はたかだか17歳の健全な青少年だ。五条はひくりと喉を鳴らす。別に、名前が一人でする所を一瞬でも想像したとか、そういうわけじゃない。……ことにしておく。


「ああでもじゃあ、傑にお願いしようかな」
「は、何それ?誰でもいいんじゃん」
「違うよ。悟が嫌だって言うなら、誰か他の人しかないじゃん?だったら一番悟に近い身体の人かなって」
「…やっぱり俺の身体がいいんじゃん」
「でも傑も今日は何時に帰ってくるか分かんないんだよね」
「チンコ貸してもらえるなら結局誰でもいいんじゃん」

下品だなあ、悟。

名前が眉を下げて笑う。
はしたないことを言って、行動しているのはそっちのくせに。五条は少し苛つく。こんな形じゃなければ、五条だって彼女からの誘いは吝かではないのだ。じゃあどんな形なら良かったのか。それは勿論、告白して、恋人同士になって、そして。


「誰でも、じゃなくて悟がいいからこうして誘ってるのに」
「…そ」

膝立ちだった名前が、ふう、と息を吐いて五条の上にぺたりと腰を下ろす。随分際どい体勢だ。喉を鳴らしたのは五条の方だった。


「……悟、勃ってる?」
「……勃ってない」

今度は視線は同じ高さになった。ちょうど五条の股間の上にいる名前が少し目を瞠るから、五条は気まずそうに目を逸らす。


「だってなんか、硬いよ」
「…知らねぇ」
「ふーん?」
「あ、お前、」

すり、と名前がわずかに腰を揺らす。刺激にしては緩やかなその動きに反して、五条は慌てたように彼女の肩を掴む。


「悟だってシたいんじゃん」
「…生理的反応だろ」
「そんな嫌?私とするの」
「嫌っつーか…」

本当に本気で嫌だったら、乗らせもしないしとっとと退かしてるし、勿論勃ちもしない。人知れずずっと良いな、と思っていた女にあからさまに誘われて平常心を保てるほど枯れてないし大人じゃない。


「ねえ、抱かせてよ」
「……なんで名前が抱く側?」

そういえば最初からこの女は抱かせてくれと言っていた。生憎五条はされるがままを喜ぶタイプではないのだが、そう見えるのだろうか。


「何にもしなくていいからさ。私が全部してあげるから」
「……」
「ああ、私が嫌なら、そうだな…目隠しでもしとく?一番好みの女の子想像して、置き換えたらいいんじゃん?」
「お前自分が何言ってるか分かってんの…」

だからそうじゃない。一番好みの女の子、なんて、そいつは今五条の上に跨って甘い誘惑を囁いている。
はああ、と五条が深い息を吐いた。


「俺は抱かれる側は嫌」
「あ、そう?じゃあ、」

抱いてくれる?

淡く色づいた唇が、緩やかに微笑む。どくんと下腹部に重い熱を感じて、五条はすぐそこにある名前の黒曜石のような目を睨み付ける。かたや名前はその熱情を孕んだ美しい碧眼を見て、満足そうに五条の頬に手を添える。


「名前お前さ、」
「ん」

頬を撫でていた小さな手を捕まえた五条の手のひらは、大きくて熱かった。


「俺のことどう思ってんの」
「え?すきだよ?」
「そ、れは…どういう、好き?」
「ライクかラブかってこと?」

五条が捕まえた名前の手が動いて、指と指が絡み合う。熱を孕ませてなお逡巡しながら不安げな目を向ける大男が、可愛らしくて仕方ない。


「ラブだよ。悟のこと好きだもん」
「…っ、そうかよ」
「だから悟がいいの」
「……」
「キスは?していい?」

うっとりした表情で、名前が絡めた指に力を込める。近づいて来るとろんとした彼女の顔を見て、五条は言った。


「じゃあ俺と付き合うんだな?」
「悟がいいなら」
「…分かった」
「ねえ、キスは?」
「……っ、」

繋いでいない方の五条の手が、名前の後頭部を捕まえる。ほんの少し引けば、唇は簡単に触れるだろう。
良いなと思っていた女が自分を欲し、好きだと言う。付き合うんだったら、抱いたっていいだろう。五条の思考はとっくに熱に冒されている。痛いくらい張り詰めた欲望の塊も、好き勝手煽られ熱せられた感情も、我慢してやる理由が無いのなら。


「後悔すんなよ」
「しないよ。悟こそ」
「言ってろ」
「ここでする?」
「……俺の部屋」
「じゃあ、連れてって」


我慢できないとでも言うように、名前の腰がまたそろりと動く。さっきからずっと色香にあてられ続けた女があざとく甘えた声を出すから、五条はいよいよ沸騰する。ベッドに押し倒して、ぐちゃぐちゃになるまで溶かして、何度でも一つになってーーー


「っあーもう、お前本当変な奴、」
「うん、嫌い?」
「もう黙れよ」

溢れる劣情を滲ませた碧眼が余裕無さそうに近付いて唇を食らわれるのを、名前はうっとりと幸せそうに受け入れた。














「で?」
「…何だよ。誘って来たのはそっちだから謝んねぇよ」
「うん、まさかこんな何回もするとは思わなかったしもう足腰立ちそうにないけど、そこはまあ誘ったのは私だからいいとして、」
「……」
「で、悟は私のこと好きなの?」
「は?お前付き合うって言ったじゃん」
「私は好きだよって言ったけど、悟は言ってないじゃん。やだ、もしかして身体目当て?」
「お前…どの口が言うんだ…」
「ふふ、嘘だよ。私悟の彼女になるんだよね?」
「やっぱりナシってのはナシだからな」
「言わないよそんなこと。好きだもん」
「…っ、」
「エッチしたら、もっと好きになったし」
「そうかよ…」
「………ん?悟?」
「なに」
「流石にもう今日はしないよ?」
「うん」
「え、いや待ってって、」
「いいだろ。好きな女相手になら幾らでも出来る気がすんだよ」
「っちょっと、や、」
「名前、」
「こら、ねえ待って悟、」
「好きだよ。一番好き」
「っ!」
「ほら、脚開けよ」




喰われたのは
どっちだ

ま、どっちでもいいけど。










back
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -