「では、二人一組でペアになりなさい」

ペア…?
その単語に私は教科書を読むために辞書を見ていた顔を上げた。

魔法薬学の授業でおできを治す薬の作り方を説明されていた。先生の説明をあまり聞き取る事が出来なかった私は、教科書を必死に訳していた最中だったのだが、まさか、実験でもするのだろうか。

状況がいまいち理解出来ずその場に座ったままでいると、いつの間にか周りはもうペアを組み準備に取り掛かっていた。どうしよう、と周りを見回していると、先生と目が合い、先生は一人でいる私を見ると眉を寄せる。

「どうしたのかね、ペアを組みなさい」

大方サボろうとしているとでも思ったのだろうか。少し棘のある声にびくりと肩が震えた。

「あ、の、ペアが…いなくて」

そう言ってなんだか恥ずかしくなって俯けば、先生は教室内を見回すと誰かの名前を呼んだ。私はまだ顔を上げる事が出来なくて、先生に肩を叩かれやっと少し顔を上げる事が出来た。

「彼と組みなさい。いいかね、スネイプ」
「はい」
「は、い」

目の前に居たのは緑色のネクタイをした黒い髪の男の子だった。先生が呼んだのは彼だろう。先生は私と彼の返事を聞いて頷くと「早く作業に取り掛かりなさい」とだけ言って行ってしまった。スネイプくんは先生が去ったのを確認して私を見ると、眉間に皺を寄せて無言のまま近くの机にどこからか持ってきた材料を置いた。私も途中まで訳した教科書とその材料を見比べるも、肝心な行程のところはまだ訳しきれていなくて、大鍋を火にかけているスネイプくんを見る。

「あ、あの」
「…なんだ」

良かった、返事してくれた。そう少し安心して、気を抜いてしまったのかもしれない。

「何をするんですか…?」

次に草のようなものを計って、牙のようなものを手際よく砕いていくスネイプくんにそう問い掛けると彼は勢いよく振り向いた。その顔には何を言っているんだコイツはと書いてある気がした。

「あっご、ごめんなさい、えっと、私英語がまだよくわからなくて、先生の説明も聞き取れなくて…」
「………」
「おできを治す薬?を作るということは、わかるんですけど、何をすればいいのか…その、あああごめんなさい!」

必死に説明するも、どんどん濃くなっていく眉間の皺に耐え切れず頭を下げて謝れば、頭上から溜め息が聞こえた。その溜め息に肩が震えてしまい、そんな私に彼は囁くように言う。

「…次は角ナメクジを茹でる」
「あ、は、はい…!わかりま「だが、お前はやらなくていい」

顔を上げると、彼はもう此方に背を向けて大鍋に材料を入れていた。
やらなくていいって…どういう…?困惑している私をよそに彼はテキパキと作業をこなしていく。

「あの、なんで、私も…」
「いい。その様子じゃ教科書もろくに読めていないのだろう。僕一人でやる」

ぎくりと再度肩が震える。その通り、だった。視線を彷徨わせて「でも、」と声が震えないように手に持ったままの教科書を握り締める。

「わからないのか」
「え…?」

何故だか急に周りから音が消えたような気がした。私の鼓動がやけに五月蝿くて、此方を見ないまま続ける彼の言葉が怖くて堪らなかった。

「足手まといだ」

その言葉は、今まで私が気付かないフリをしてきた現実を突きつけるのには充分すぎる言葉だった。
…馬鹿だなあ。私。魔法なんて使えるはずないのに。私なんてここに来るべきじゃなかったんだ。きっと、何かの間違いだったんだ。なんでだろう。なんで私、ここにいるのだろう。私は一体何処に向かっているのだろう。この道は、一体どこに続くんだろう。私は、どうすればいいんだろう。

それからの事は、あまり覚えていない。気が付いたら部屋のベッドに寝転がって、ぼんやり天井を眺めていた。窓の外はもう暗く、時計に目をやると夕食の時間が終わっていた。お腹すいてないし、別にいいけど。

起き上がって机に教科書と辞書を広げる。勉強しなきゃ。そう言い聞かせて握った鉛筆を教科書に押し付けるとぼきっと芯が折れた。