英語の勉強と授業の勉強、そして魔法の勉強。授業が終わってからもやる事は沢山ある。
朝起きて授業に行って、勉強して部屋に戻ってきて勉強して寝る。そしてまたその繰り返し。
机に向かいながら読めない英語の羅列を見ていてもやる気は起きず、溜め息を溢す。
授業には、もうついていけてない。
入学してまだ間もないというのに、本当に駄目だ。

ベットの上に置いてある鞄を手に取ってあまり自ら触れようと思わない杖を握る。
杖を使う授業は苦手だ。先生や周りを真似して振ってみても私は何も起きないのだ。
――魔法が、使えないのだ。
ついこの間まで魔法という存在を知らなかった私には使えなくて当然なのかもしれない。というより、私はまだ魔法という存在をいまいち信じきれていないのだ。

初めて魔法というものを見たのは、兄に学校の物を揃えなきゃならないと言われ、魔法とやらでその学校の物が揃えられるというダイアゴン横丁という場所に連れていかれた時だ。兄に手を繋がれ何の前触れもなく視界が歪み、次の瞬間には見知らぬ場所に立っていた時には兄に震えた声で状況を求めたのは記憶に新しい。「姿現しっていうんだぞー」と顔色を悪くする私をゲラゲラと笑いながら呑気に言う兄に少し怒りを覚えたものの、目眩や吐き気に襲われそれどころではなかった。あの時は魔法というものに恐怖を抱きそうになったものだ。

授業で先生が魔法の手本を見せるとき、私は信じられない光景に目を疑うだけだし、自分がやっても全くもって何も起こらないし、全て夢なのではなんて思ってしまう。
…こんな私を、父が見たらなんて言うだろうか。情けない、と呆れるのだろうか。それとも怒鳴るのだろうか。連絡は、とれていない。兄には手紙を出すように言われたが、手紙をどこに出せばいいのかわからないのだ。ポストだなんてあるはずもないし、先生に渡すのかなんて思ったけど誰も渡している所を見たことがない。そうしているうちに、結局手紙は出せないままでいる。話したい事や聞きたい事は沢山あるのに。

「あ…もう寝なきゃ」

時計を見て杖を鞄に戻そうとして一度手を止める。視界に入った机の隅に置かれたマッチに向けて杖を軽く振る。

「無理に、決まってるよね」

やっぱり何の変化もないそれに眉を寄せて杖を投げ込むようにして鞄に入れた。

翌朝、大広間の長テーブルの出入り口に近い一番端。そこが私がいつも食事をしている席だ。別に決まっている訳ではないのだが、私がただなんとなくそこで食事しているだけで、それにその席はいつも私が食事をするときには誰も座っていないから。だからそこが私の定位置のようなものになっていて、そんな事を考えながらいつも通りその席に座った。

「いただきます」

近くにあったスープを皿に取り、スープを啜る。

「………」

がやがやと騒がしい周りに、何時もは気にならないというのになんだか居心地が悪くて、五月蝿いなとさえ思ってしまう。

スープはもう一口食べただけで、手が進まなかった。
…ここ最近食欲がない。お腹は空いてるはずなのに、どうも食べる気力が湧かないのだ。仕方ない。勿体ないけれど、もう授業に向かってしまおう。
小さく「ごちそうさまでした」と呟いてから席を立ち、談笑しながら入ってくる人達を横目に大広間を後にする。

「帰りたい…」

そう呟いた声は周りの声に掻き消され、溜め息を吐けばそんな自分を嘲笑うかの様に頭がツキリと痛んだ。