ホグワーツ魔法魔術学校。それは、これから私が行く魔法学校の名前らしい。ある朝届いた、恐ろしく綺麗な筆記体で書かれた封筒に首を傾げていたら、兄がそう教えてくれたのだ。そして同時に、私が魔法使いであり、家族も魔法使いだと明かされ、魔法を学ぶ為にその学校に行かなければならないと聞かされた。

それから一ヶ月程、正直まだ信じられなくて、見知らぬ国の見知らぬ人達が集う駅のホームで兄の後ろにぴったりとくっ付きながら、懐かしそうに真っ赤な汽車を眺める兄の手を握った。

行きたくなんてなかった。そう正直に口に出来たのなら、どれだけ良かったか。
父に行けと言われたから頷いた。頷くしかなかった。ただそれだけの事。

外国にあるのだというその学校の為に死に物狂いで英語を勉強して、それでも時間が足りなくて、日常生活に必要な事くらいは叩き込まれたけれど、発音は悪いし聞き取りや読み取りには時間が掛かってしまうし不安は積もるばかりだ。
学校の教科書すらまともに読めないのに、本当に私やっていけるのかな…。

はあ、と小さく吐き出した溜め息は、騒がしい周りの音に掻き消された。だけど兄には聞こえていたのか、屈んで私が握っている逆の手で頭をぐしゃぐしゃと撫でられた。

「別に行かなくったっていいんだぞ」

父さんは怒るかもしれないけどな。
そう言って目を細めて優しく笑った兄に涙が滲んできて、怒る父の姿を頭に思い浮かべては首を横に振ってそれを堪える。そんな私に兄は眉を下げて、いつも私を泣き止ませる時にするように、額を軽くぶつけて目を合わせた。亡くなった母譲りである兄のアイスブルーの瞳が昔から大好きで、近くで見ると不思議と安心するのだ。

「ホグワーツは良い所だよ。大丈夫」

父も兄も、ホグワーツで魔法を学んだと言っていた。ポケットに入っている父から貰った杖を握りしめてゆっくりと頷けば、兄はもう一度だけ私の頭を撫でてから立ち上がって背中を優しく押してくれた。

「手紙、書くんだよ」
「…うん」

汽車に足を踏み入れて「行ってらっしゃい」と手を振る兄に、「行ってきます」と振り返せば丁度汽車が動き出した。やがてホームも兄の姿も見えなくなって、楽しそうに談笑している人達を横目に、私は荷物を置いたコンパートメイトへと足を進めた。