ルーピンくんの顔色が良くない事に気が付いたのは、九月ももう残り数日となった朝の事だった。いつもより少し遅れて向かった大広間の席で、いつもの席に座り、少し離れた席に一際賑やかな生徒達の中にルーピンくんを見つける。賑やかなのは彼の友人であるが、いつもその中で微笑んでいるルーピンくんになんだか違和感を感じて少しだけ凝視してしまった。初めはその違和感がわからずにいたのだけれど、次の日、また次の日と、大広間や教室で見かける彼の姿を見て、漸く違和感の正体を理解する事が出来た。

「具合、悪いのかな…」

ぽつりと口から零れた言葉にハグリットが泥だらけの顔で振り向いてぎょっとする。声に出てしまっていた。
誤魔化すように手近に干してあったタオルを差し出せば、礼と共に受け取ってくれた。大きな、こちらも泥だらけな手がタオルを掴み、顔をゴシゴシと拭っているが既にタオルは手の泥が付いていて意味が無くなってしまっている。一度顔を洗った方がいいかもしれない。そう伝えると「もうちょいかかる」と再び背を向けてスコップを握った。その足元には一面のかぼちゃ畑が広がっている。

「大きいかぼちゃだね。ハグリットが食べるの?」
「俺も食べるが、来月のハロウィンで使うのがほとんどだな」
「ハロウィン…」

久しぶりに耳にした単語を思わず復唱する。年間のイベント事はそれなりに兄に教えてもらったけれど、私は未だにこのハロウィンというものがいまいちよくわからない。元々あまり日本ではメジャーなイベントではないらしく、何かとイベント事が好きな兄も、ハロウィンだけは特に何かしようとはしなかった。あっ、でも夕飯に必ずかぼちゃ料理が出ていたような…。ハロウィン=かぼちゃなのだろうか。

「ハロウィンの夜はご馳走だぞ。楽しみにしちょれ」

「うん」と大きく頷いて、腰掛けている階段に教科書を広げる。最近はもっぱらこうしてハグリットの所で勉強する事が増えた。一人きりの部屋でやるよりも、此処でやった方が何倍も捗るのだ。もう寮の自分の部屋にいるよりも、ハグリットの小屋にいる時間の方が長いのではないだろうか。なんて一人考えて苦笑する。

…でもそうか。ホグワーツに来てから、もう一ヶ月になるんだ。なんだか長いようで、あっという間な一ヶ月だった気がする。

「また勉強か?お前さんちいと真面目すぎるんじゃないか?」

辺りが茜色に染まった頃、仕事を終えたハグリットが私の手元を覗き込んだ。

「そ、そんな事ないよ。私、まだ英語下手だから…授業にも全然ついていけてないし…」

だから人一倍頑張らなきゃ駄目なのだと笑えば、ハグリットは不思議そうに眉を上げる。少し間が空き「前から思っとったが…」と言いながら、私の隣に腰を下ろすハグリットを目で追う。

「何も一人で頑張る必要はないんじゃないか?」
「…え?」
「わからねえ事があるなら先生に聞けばいい。それか、友達だっているだろう」
「友、達」

真っ先に頭の中にルーピンくんの顔が浮かんだ。というか、ルーピンくんしか友達がいないのだけれど。

「でも、迷惑じゃ…」

無意識的に俯きながら、言葉が淀む。ごにょごにょとした発音で聞き取れなかったのか、首を傾げるハグリットに笑って誤魔化し、手早く荷物を片付ける。
もう夕食の時間だ。そろそろ大広間へ向かわなければ、食いっぱぐれてしまう。
ハグリットに別れを告げて、城へと続く道を一人歩く。

先日、確かにルーピンくんは力になると言ってくれた。だから、頼めば力になってくれると思う。でもそれはルーピンくんが優しいからで、迷惑に違いない筈だ。
…それに。私はここ最近のルーピンくんの事を思い浮かべた。青白い顔色で無理をするように笑うルーピンくんを。心配、だなぁ。どこか悪いのかな…それとも、何かあったのかな。

「何か私に出来る事、ないかな」

…なんて。一体私なんかが何を出来るというのだろう。だけど、それでも、ルーピンくんは、こんな私に、声を掛けてくれた。とても優しくて、友達が沢山いて、でも、私だって、彼の友達の一人である筈なのだ。
思えば、いつも彼に声を掛けてもらってばかりではないだろうか。初めて会った時も、朝の挨拶も、この間のも全部、全部。

そう物思いに耽りのんびりと歩いていたからか、ふと見上げた空はもう薄暗くなっていた。流れる雲の隙間から満月が顔を覗かせている。

その日、夕食の席に、ルーピンくんの姿はなかった。