丸二日も勉強をサボったつけは当たり前のように回ってくるもので、私は午前中が終わった時点で既にもう疲れ果てていた。
それというのも、魔法史で教科書が52ページも進んでいたり、薬草学では昨日先生が説明していたキノコの名称を書く小テストが行われたり、テストは勿論、真っ白のまま先生に返すしかなかったのだけれど、もう終始頭の中が真っ白だった。自業自得だ。わかってはいる。

大広間の長テーブル、空いたスペースに教科書と辞書を広げて、教科書に黙々と書き込みながら行儀が悪いが昼食のポテトフライを口に運ぶ。

「もしかしてそれ全部訳してるの?」
「んぐっ!?」

私の手元を覗き込むようにして突然視界に現れた鳶色に、ポテトをそのまま飲み込んでしまって思い切り噎せる。慌てたように背中を擦られて、手近にあった飲み物を手渡してくれるのはルーピンくんだ。ルーピンくんはいつの間にか隣に座っていたみたいで、目を白黒させる私に苦笑している。

「なんか僕、ミョウジの事驚かせてばかりだなぁ」

確かに、私はルーピンくんが話し掛けてくれる度にいつも驚いている。でもそれは決してルーピンくんが悪いという訳ではなくて、私が一人でいる時間が多すぎて、誰かに声を掛けられるという事があまりないからで…あれ、なんか自分で言ってて悲しくなってきた。

「体調はどう?」
「だ、大丈夫だよ…ええと、元気っ、です」
「そっか。倒れた時は凄く驚いたよ。昨日までは顔色も悪かったし、話し掛けても返事がなかったから心配してたんだ」

そういえば、ルーピンくんはあの日の朝、私の顔色が良くないって教えてくれたんだっけ。あの時は本当に何処も悪くなかったのだけれど、あの後すぐに倒れたんだよね。正直自分でも驚いた。
…って、あれ…?

「話し掛けても、返事が、なかったって…?」
「昨日の午後最後の授業、薬草学かな、授業が終わってもミョウジが動こうとしなかったから声を掛けたんだ。でも、その様子じゃあやっぱり気付いてなかったみたいだね」

昨日の、薬草学。
昨日は、全部の授業を、ほとんど何も聞いてなくて、ノートも取ってなくて、ぼんやり、してて。…もしかして、私、ルーピンくんが声を掛けてくれたのに、気付かなかった…?というか、無視、した…?
途端に、サーッと一気に血の気が引いていくのを感じた。

「ご…!ごめんなさいっ!あ、ええと、せ、切腹します!」
「セップク?」

私は、なんて事を…!
精一杯頭を下げて、咄嗟に出た言葉は、よく見ていたテレビで何かを失敗した人に、偉い人が言っていたもの。兄曰く、昔の不始末をした時の責任の取り方…?だったかな。よくわからないけれど。

「気にしないで。…ミョウジ、自分では気付いてないみたいだけど、昨日まで本当に体調が悪そうだったんだよ。でも今は嘘みたいに良くなってて安心した」

そうなのかな。今朝、自分の顔を鏡で見た時は特に今までと変わりはなかったけれど。でも、もし、そうなのだとしたら、ハグリッドに励ましてもらったから、かな。あと、校長先生にも。
教員席に目を向けてみたが、そこに校長先生の姿は無かった。居たとしても、こんな人が多い大広間の真ん前で話し掛ける度胸なんてないのだけれど。

「何か困った事があったら言ってね。僕に出来ることなら、力になれるかもしれないし」
「う、うん。ありがとう」

ルーピンくんは優しい。こんな私に声を掛けてくれて、こんな風にも言ってくれる。それだけで、もう十分な程に。これ以上、迷惑をかけるべきではないだろう。
このパイが美味しいのだとお皿に取ってくれるルーピンくんを見て、そう思った。

今日は午後の授業が無い日だ。昨日の今日だが、これからハグリッドの小屋に行こうと考えていた。
ルーピンくんと少し言葉を交わしながら昼食を食べ終えて、鞄の中に広げていた教科書などを入れていると、ドタバタと誰かが駆けてくる音が聞こえて私とルーピンくんの向かい側に座った。

「あのフェルチとかいう奴と猫、邪魔ばっかりしてきやがる」
「フェルチと猫だけなら撒けたさ!あそこでマクゴナガルに会わなきゃね」

ルーピンくんのお友達だ。眼鏡の男の子と、黒い髪の男の子、それから少し遅れて息を切らした小さな男の子がやって来て、近くにもう席が空いていなくておろおろとしている。慌てて席を譲ろうと立ち上がってルーピンくんに挨拶しようとしたが、お友達に話し掛けられていて、邪魔しては悪いとそのままテーブルを離れる。

大広間を出たところで、ふと、もう一度振り返ってみた。四人で楽しそうに話して笑う姿を少しだけ眺めてから、玄関ホールへと足を進めた。