パチパチと音を鳴らして薪が燃え上がる暖炉の前で、大きなタオルに包まってじっとしながら、窓の外で動く人影をこっそりと見た。丁度此方を向き、目が合いそうになって慌ててタオルに顔を埋めれば、足音が小屋の扉の方へと移動して行くのが聞こえる。扉の開閉する音と、此方に近付いてくる靴音に少しだけ顔を上げてみると、隣で大きな男の人が私のローブとセーターを暖炉の近くに干していた。

「寒くないか」
「…はい」

あれから、転んで全身びしょ濡れと泥だらけにしてしまった私を、この人はひょいと脇に抱えて森の側にあった小屋まで連れて来た。そして、一番酷く汚れたローブとセーターを引っ剥がされて、わざわざ洗ってくれてタオルまで貸してくれた。最初は少し怖かったけれど、優しい人なのかもしれない。暖炉の中に置いてあった湯気が立った鍋の中身を、底の深いお皿によそるのを眺めてそう思った。食べるか聞かれて反射的に頷いてしまったけれど、お腹はすいていない。

「おまえさん、新入生だろう。何でまた禁じられた森になんか入ったんだ。それもあんなに森の奥、もし俺が見つけなきゃどうなってたか」

あの森が入っちゃいけないだなんて知らなかった。危ない場所、なのかな。そうは見えなかったけれど。

「ごめんなさい…私、知らなくて。本当にごめんなさい、先生」

そう言うと、バスケットからパンを取り出していた男の人の手が止まって「違う」と首を振られる。

「俺は先生じゃない。ホグワーツの森番だ。ルビウス・ハグリット、ハグリットって呼んどくれ」

森番…?よくわからないが、どうやら先生ではないらしい。
ハグリット、と心の中で復唱して頷けば、スプーンを渡されて椅子を勧められた。向かい側にハグリットが座るのを見て、私もタオルを椅子の背にかけてから座った。

「とにかく、もう入っちゃならん。それも一人でなんか、絶対にならん…ところでおまえさん、名は何つったか?」
「ナマエです、ナマエ・ミョウジ」
「そうか、ナマエか。…まて、ミョウジだと?今、ミョウジって言ったか?」

スープを口に運ぼうとして、ハグリットが驚いたような反応をするので手を止める。私の名前が、どうかしたのだろうか。首を傾げていれば、ハグリットは一人ブツブツと呟いて私の顔をまじまじと見つめた。

「そうか、おまえさん、ミョウジの子か。もう一人いたとは知らんかったな…親父と兄貴は元気か?」

父と兄を知っている…?あ、でもそうか。父も兄も昔ホグワーツに通っていたって言っていたし、知ってても、おかしくはないのか。

「俺はミョウジと…お前の親父さんと、母親の後輩だった。特に母親の方は同じグリフィンドールで、優秀で知らん奴はいないくらい人気者で、こんな俺にも良くしてくれた。俺が三年の時も…いや、これはいい。親父さんとは繋がりがあった訳じゃなんが、遠い東洋の魔法学校からの留学生っちゅうて噂になっちょったしな」

ハグリットの時々おかしな発音の英語で語られた情報は、全く知らなくて、初めて聞く事ばかりで、いまいちついてはいけないけれど、父と兄の口から全く聞かない母の話は新鮮だ。

「私、お母さんは小さい頃に、病気で死んだって聞きました」
「ああ、ああ、そうだとも。俺もそう聞いて、最後に一目でも会いたかったもんだ…」

遮るようにグスッと鼻を啜る音が聞こえてハグリットを見ると、指で目頭を押さえていた。私が見ているのに気付くと、一言「すまん」と言い服の襟を引っ張って顔を拭い、それ程までに、ハグリットは母の事を想ってくれていたとわかる。
私は母の事を、まだ小さかったからかよく覚えていないが、ハグリットのような優しい人に好かれる母は、ハグリットの言うとおり、凄い人だったのだろう。そう言うとハグリットは「その凄い人の子のおまえさんも、立派な魔法使いになれる」とマグカップに水を注いだ。

「…魔法使いの子は、魔法使い、なんですよね」
「ああ、だが魔法使いじゃない奴からも、魔法使いの子が生まれる時もある」
「じゃ、じゃあ、親が凄い魔法使いでも、魔法が使えない子が生まれるんです、か」

スプーンでスープの具を突きながら問うてみる。声が震えた事は、バレていないだろうか。

「そりゃあ、スクイブの事だな」
「すくいぶ」

それが、魔法使いから生まれても、魔法を使えない子の事を表す言葉、なのか。ということは、その言葉が存在するなら、やっぱり、私は――…。

「私、多分、立派な魔法使いになれません。スクイブ、です」

目だけをハグリットに向けながら、下唇を噛んだ。ハグリットが好く母の子供である私が、魔法を使えないだなんて、きっとがっかりさせてしまっただろう。それでも、言わなきゃと思ったから。
ハグリットは、一度目を丸くしてから、顔をしかめて、ずい、とテーブルに身を乗り出した。その表情は、なんだか怒っているようだ。

「誰かにそう言われたのか?おまえさんがスクイブだって、そう言われたのか?え?」

棘のある声、怒っているようじゃなくて、怒っているのだ。慌てて首を左右に振りながら「違う」と言う。ハグリットは、眉間に皺を寄せたまま、少し首を傾げた。

「私、魔法、使えない、です。頭も、良くない。だから」

単語を並べながら、視界がぼやけて、鼻がツンとした。瞬きをしたら今にも涙が零れてしまいそうだったから、一生懸命堪えた。ハグリットの表情はよく見えないが、もう怒ってはいないようだ。でも、眉が下がっていた。

「ナマエ、そんな事、言っちゃいかん。おまえさんはスクイブじゃない。此処にいるのが何よりの証拠だ。スクイブだったら、ホグワーツから手紙は来んからな」
「そうなの…?」

ハグリットは頷く。確かに、私は父からホグワーツの手紙を受け取った。それが本当なら、私は魔法が使えるということになる。でも、変身術でマッチを針に変えられなかったし、飛行訓練では箒が上がらなかった。そうぼそぼそとごちるように言う私に、ハグリットは再度私の名前呼んで、大きな身体を前のめりにして目線を合わせてくれる。

「まだ魔法を学んで少ししか経っとらんだろ。誰だって最初は上手くいかん。俺だってガキの頃は失敗ばっかしとったさ。何より、おまえさんの両親は素晴らしい魔法使いだ。だからその子供であるナマエも、素晴らしい魔法使いになるに決まっちょる。もっと胸を張れい」

ほろりと、堪えていた涙が何滴か頬を伝って零れていったが、ハグリットは気をきかせて「スープが冷めちまったな」と温め直そうと席を立った。そんなハグリットに、首を振りながらシャツの袖で頬を拭って、すっかりぬるくなったスープをそのまま口に運んだ。学校の大広間に並ぶ食事達よりは正直美味しくなかったけれど、不思議と手は進む。酸っぱい木の実が入った焦げたパンにもそのままかぶりついて、デザートも食べるか聞かれて、今度はしっかりと頷いた。

ハグリットが出してくれた食事を全て平らげると、外はもうすっかり暗くなっていて、雨も上がっていた。まだ少し湿っているローブを羽織って、セーターは畳んで腕にしっかりと持つ。城までの道のりは暗いから足元に気をつけるように言われて、頷いて今日の礼をする。

「また、来てもいい…?」

去り際にそう聞くと、ハグリットは「勿論だとも」と笑って頷いてくれた。釣られて緩んだ頬を隠すように、手を大きく振った。