ギグルス親子の話に散々付き合わされた翌日、私は公園の茂みにて息を潜めて姿を隠していた。公園には私の名前を呼びながらあちこち探し回っているカドルスくんが居る。

「なまえー!どこにいるのー?ねえかくれんぼー?」

何故こんな状況になっているのか。
買い溜めていた食材が底をついてしまい、買い物に行こうとしたところまでは良かった。無事買い物を済ませてスーパーを出て、何事も無く帰路に着き、数分。後ろから私を呼び止めた声に振り向くと、カドルスくんが可愛らしい笑みを浮かべて手を振っていた。

「あーなまえだー!」
「げ」

反射的に走り出して近くにあった公園の茂みに駆け込んで冒頭へと戻る。
別に逃げる必要なんてなかったのではないかとも思うが、またこの間のように手を握りつぶされたりしたら、今は一人だし、痛いのは…嫌だよね。
まあそんな感じで、先日この街に住む以上カドルスくんとも仲良くしたい、だなんて思ったけれども、ギグルスちゃんからよくわからないカドルスくんの愛されたがりという説明を受けたけれども、まだ私にはカドルスくんと一対一で顔を合わせる事は無理らしい。…いや、普通に考えて、大した事はないとはいえ、怪我をさせられた相手に何事も無かったかのように笑顔を向けられるかといわれたら、誰もが首を横に振るだろう。
だけど、仲良くしたいと思った事は本当だ。それに、あの時のカドルスくんの目も何か引っ掛かるし…。

呑気に空を仰ぎながらそんな事を考えていると、足音が近くなっている事に気が付いた。
やばい、見つかる――…。

「あっ!トゥーシー遅い!僕を待たせるなんてありえない!」
「時間ぴったりだろ」

足音が遠ざかった。一先ず助かった事に安堵して、茂みから少しだけ顔を出して様子を伺う。公園の入り口にカドルスくんの背中を見つけて、その向こう側にトゥーシーくんの藤色の頭が見えた。

「ギグルスは?」
「途中でランピーが運転するトラックに轢かれた」

え、ランピーさん何やってんの…?ギグルスちゃんは大丈夫なのか…?いや、此処に居ないという事は大丈夫じゃないよな…。

「トゥーシー、なまえ見なかった?さっきまで居たんだけど、いなくなっちゃって」
「いや、見てな…」

目が、合った。
慌てて顔を引っ込めるも、トゥーシーくんとバッチリ目が合ってしまった。やばい、やばいやばいやばい。逃げるにも向こうは二人だ。それに荷物を持っている私の方が確実に不利だろう。完全に、詰みである。

「見た。向こうで」

ゲームオーバーだ…。フッと一人笑いながら覚悟を決めようと近付いて来る足音に頬を吊り上げた。頬がひくひくと引きつるのを感じながらガサッという音と共に覗き込んできた顔に視線を向ける。

「え」
「変な顔」

失礼な奴だな。っていや、そうじゃなくて…。

「か、カドルスくんは…」
「ん」

トューシーくんが指をさした方へと視線を動かせば、そこには誰も居ない公園の入り口があるだけだ。…もしかして、カドルスくんに教えていた私の居場所は公園の外?てことは、助けてくれた…のか?
もう一度トゥーシーくんの方を見れば、そばかすのある頬を指で掻いて目を泳がせていた。

「あ、ありがとう」
「か、勘違いすんなよ!別にお前の為とかじゃねえからな!たまたまお前に話したい事があったから丁度いいと思っただけだ!」

ツンデレ属性、だと…!?プイッと顔を背けられてしまったが、唯一見える耳が少し赤くなっている。可愛いなぁと自然に頬が緩んでしまい、気付いたトゥーシーくんに「笑うなっ!」と怒られてしまった。

「えーと、それで、話したい事って?」
「………」

そう聞けば、トゥーシーくんは突然真剣な顔になって黙り込んだ。何時カドルスくんが戻ってくるかもわからないからと、トゥーシーくんも茂みの中に加わり、まるで小さな子供が作戦会議をしているかのようだ。

ガサガサと手探りで買い物袋を漁って、家で飲もうと買っておいた炭酸飲料を二本取り出して一本をトゥーシーくんに渡す。ちなみにお金はハンディーさんの仕事を手伝った時に貰ったものである。そろそろ本気バイト探そう。軽くなった財布にそう誓った。

なかなか開かないリングプルに力を入れて指で引っ張る。

「……カドルスのことなんだ」

プシュッ、と炭酸の弾ける音がやけに響いたような気がした。
…まあ、そうだよねぇ。
心の中でそう呟いて、意味もなく缶を見つめる。

「ギグルスから聞いた。カドルスの事、聞いたんだろ?」
「…まあ、なんとなく?」
「カドルスがああなったのには、ちょっと訳があるんだ。」

ああなった、それはつまり、ギグルスちゃんが言ったいた“愛されたがり”というやつだろう。
「聞きたいか?」そう続けたトゥーシーくんに、私は少し悩んだ末小さく頷く。

「俺とカドルスは幼馴染みでさ、カドルスは…まあ、あの容姿だし、なんというか愛されて育ったんだ。明るくて誰にでも気軽に接する。そんなカドルスは誰からも愛されていた」

過去形、なんだな。

「でもある日、事件が起こったんだ」
「事件?」

ただ事ではなさそうな単語に思わず聞き返すと、トゥーシーくんは静かに頷いた。ごくりと唾を飲み込んで、缶を握る力を少し強める。

「カドルスの両親がいなくなった」

目を見開いてトゥーシーくんを見る。トゥーシーくんは缶を傾けて、飲み干したのかそのまま離れた所にあるゴミ箱に投げ入れた。

「この街のことは知ってるんだろう?どんな場所で死んでも、必ず次の日には自分のベッドの上にいるんだ。なのに」
「カドルスくんの両親は見つからない…?」

トゥーシーくんは頷く。

「街の外に出たのか、街の外で死んだのか…まあ、いきなり現れるのもいなくなるのもこの街ではよくあることみたいだし、だからどうって訳ではないんだけどな」
「え?いなくなることもあるの?」

初めて聞く事に思わず聞き返せば、トゥーシーくんはきょとんと目を見開いた。何か変な事聞いたか…?

「聞いてない、のか?」
「何を?」
「…いや、話に戻るか」

いや待てよ。何だってんだ。そこまで言われたら逆に気になるじゃないか。なんて内心文句を垂れながら眉を寄せるがトゥーシーくんは話を続ける。

「最初に言った事覚えてるか?」
「え?あ、カドルスくんが愛されて育ったってやつ?」
「そうだ、カドルスは愛されて育った。両親からは特にな。そんな両親いきなりがいなくなって、それからなんだよ。カドルスがああなったのは」

両親がいなくなってああなった。それは、愛情を注いでくれる人がいなくなったから、異常に愛情を求めてしまう、という事なのだろうか。いや、でも、それは些か――…いや、こんな事を言える程、私はカドルスくんの事を知っている訳じゃない。それに、だ。

「トゥーシーくんは、カドルスくんの事、好き?」
「?…そりゃあ、友達、だし」

不思議そうに答えるトゥーシーくんに、考えるのを辞めにして缶に口を付ける。

「その大好きな友達の事、何も知らないで嫌ったりなんかしないから、安心して」

トゥーシーくんは、「は」と間抜けに口を大きく開いて、次の瞬間頬を赤く染めて立ち上がった。

「お、俺は、別に…!」
「あれ?違った?てっきり私はそういう事なのだとばかり」

「よっこいしょ」と私も立ち上がって軽く伸びをする。口をパクパクとまるで金魚のようにしているトゥーシーくんの頭に葉っぱが付いているのに気付いて手を伸ばす。

「トゥーシーくんは優しいね」

そのまま「えらい、えらい」なんて私より少し下にある頭を撫でてみる。また顔を真っ赤にして怒られるかと思い、トゥーシーくんの顔をにやりと意地悪く覗き込んでやれば、そこには目を大きく見開いて固まっている表情かおがあり、首を傾げた。

「トゥーシーくん?」

名前を呼べば、ハッとしたように私を見上げて、次第に顔が赤く染まっていった。

「か、帰る!」

トゥーシーくんはそれだけ言うと、ダッ、と物凄いスピードで駆けて行ってしまった。

「お、おう」

一人残された公園で遅れて返事をするも、もうトゥーシーくんの背中は見えなくなっていた。