にこにこ。にこにこ。
にこにこ。にこにこ。
僕の周りにはいつだってたくさんの人が居た。
笑顔を浮かべていればいつだって人が寄ってきた。
嫌な事があっても笑顔を浮かべ続けた。
皆に好かれるこの笑顔を浮かべ続けた。
そうすれば、皆に好かれるって、愛されるって信じてたから。

今度こそ、今度こそ、“捨てられないように”って。







「アンタ、気味悪いのよ」


いつだか“誰か”が言った。
その“誰か”はもう昔の事だからか思い出せないけど、確かにそう言った。
僕はただ、笑顔を浮かべる事しか出来なかった。
僕はただ、遠ざかっていく背中を見ている事しか出来なかった。
その背中は振り向く事もなく消えてしまい、僕は一人取り残された。
あれは、“誰”だったんだろう。
これは多分、昔の記憶。
僕が、この街に来る前の記憶。
笑って、痛くて、辛くて、悲しくて、愛されていたはずの僕の記憶。
思い出したくて、思い出したくない、僕の記憶。
確かに僕は、あの日、あの時、あの“誰か”を愛していた。
あの時、僕はあの背中に向かって何かを言った。
何を、言ったんだっけ。
ああ、わからない。思い出せない。
ただ、その“誰か”は僕を愛していなかったんだ。
僕は愛していたのに。
どうして、僕は愛されないんだ。どうして僕を愛してくれないの。
愛って、なんだっけ。
それが僕が愛されていたはずで、愛していた記憶。

まるでぽっかりと心に穴が空いたみたいだった。
僕は、ただ愛されたかった。
あの“誰か”に愛されたかったんだ。
したくない笑みを浮かべて必死にあの“誰か”に愛されたかったんだ。
空いた穴は、どうやって埋めればいいんだろう。
暗闇の中で踞る僕は、どうしたらいいんだろう。


「俺トゥーシーっていうんだ。よろしくな!」


空いた穴が塞がっていくのを感じた。
差し出された手、眩しい笑顔。
彼は、トゥーシーはあっという間に僕を暗闇から連れ出してくれた。
此処に来てから僕は所謂人気者になっていたんだと思う。
色んな人に話しかけて笑顔を浮かべてたくさんの人が僕の周りに居た。
居たはずだった。


「なんか気味悪いよね」
「いい子ちゃんぶってるみたいな」

こそこそ。くすくす。
涙なんて出なかった。
そいつらは結局いなくなってしまったし、僕にはトゥーシーが居たから。
トゥーシーだけは違った。ちゃんと僕を見てくれた。僕を親友だと言ってくれた。そして何より、愛してくれたから。
勿論ギグルスの事だって嫌いじゃない。
僕の事を好きだと言ってくれたから。
でもトゥーシーさえ居ればいいと思った。
トゥーシーさえ居れば。
僕には、トゥーシーしか居なかった。
依存、依存依存依存依存依存依存依存依存依存。

他の人にトゥーシーが好かれる度にトゥーシーが離れて行ってしまう様な感じがした。
あの“誰か”みたいに。
どうしよう、どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう。


単なる思い付きだった。


「パパとママがいなくなった」


同情でもいいから。
お願いだから、


「トゥーシーは



僕を一人にしないよね」


捨てないで。


それ以来トゥーシーが暗くなっていったのに気付いた。
でも気付かないフリをしていた。
トゥーシーは一緒に居てくれた。
僕はそれだけで幸せだったんだ。
例え新入りのなまえが僕の事を好いてくれなくったって、愛してくれなくったって正直どうでもよかった。
愛されたい気持ちはあったけど僕はトゥーシー以外はどうでもいいのだ。



だけど


「トゥーシーくんは信じたんですよ。

――カドルスくんの嘘を」


たまたま開いていた窓から二人が見えたから。
嗚呼、やめて。
違う、違う、僕はただ―――


「カドルス…?」


目を見開いて振り向く。
全身から一気に汗が噴き出して顔から一気に熱が引いていった。


「今の、どういうことだよ」
「ぁ…え、と」
「嘘って…嘘、だろ…?」
「っ、」
「おいカドル」
「トゥーシーは黙ってて!!!」


言ってからハッとしトゥーシーを見る。
トゥーシーは何も言わずにただただ目を見開いてからゆっくりと俯いた。


「アンタ、気味悪いのよ」


その姿が、あの“誰か”と重なって、酷く怖かった。


「俺は!…ずっと、お前のこと信じてたのに…!なのに…っ!くそっ!」


その後ろ姿が“誰か”と重なって、ああ、僕はまた――

目の前に立つなまえの笑った姿に酷く腹が立った。
くすくす。
お前もあいつらと一緒だ。
お前のせいだ。お前のせいで僕はまた、また…!

頭に置かれた手。
暖かくて、その手は僕の頭を優しく撫でる。


「私とお友達になってくれないかな」
「俺トゥーシーっていうんだ。よろしくな!」


あの時、“誰か”に向かって言った言葉はなんだったろうか。
そもそも、あの“誰か”とは一体“誰”だったんだろうか。
ああ、そうか。
僕――――



「待って、行かないで、お母さん!!!!」





僕はあの日、たった一人の大好きなお母さんに

――捨てられたんだ。

(131015)