*Consideration Room
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 目が覚めると、まず白い天井が目に入った。見覚えのない天井だ。起き上がろうとして体が動かないことに気付く。また、クソ兄上さまのお遊びかとも思ったが、それにしては様子が違う。自由な視線を動かして、周囲を確認するが、周りは一面の白だった。壁と天井の境界すらも分からない白。目にいたいそれを見ながら朔黒は自分の内側へと話しかける。
「知らない場所だな。なぁ、舞白。・・・舞白?」
しかし、それに対する応えはなく、内側にも外側にも舞白がいない。慌てて動かぬ体で舞白を探そうとしたところで頭上から声がした。
『こんにちは。お目覚めですか』
やけに落ち着き払った声にイラッとして怒鳴り返してやろうと視線を天井へ向ければ、そこに映るのは探していた舞白の姿。不安そうに視線を動かす舞白は全身を枷で拘束されていて、ご丁寧なことにこれでは指一本動かせそうにない。
「お目覚めですかじゃねぇよ。今すぐ舞白を」
解放しろと続けようとした言葉は宙に浮かんで行き場を失った。叫ぶよりも疑問の方が勝ってしまったのだ。即ち、これはいったいどのような状況であるのか。確かに舞白とは鏡があれば会話ができる。しかし、それは鏡を媒介とした内面的な会話だ。そこに第三者が介入するなんて事はあり得ない。そうだとすれば、一体、朔黒の体はどうなっているのか。
『あぁ、お気づきになられたようですね。今、あなたの体は一時的にあなた方の大切な人の肉体を入れ物として借りている状態です』
大切な人・・・しかも、2人にとってとくれば、思い当たるのは1人だけ。一番殴りたい奴の中にいるってどういうことだよ。内心、そんな悪態をつきながら、朔黒は天井に映る舞白の様子を観察する。音声は共有されていないようで声は聞こえないが、見る限り、怪我はなく拘束されているだけのようだ、そのことに小さな安堵のため息をつく。

 『さて。いつまでもこうしていても面白くありませんので、そろそろ先に進むことにいたしましょう。これからあなた方にはミッションにチャレンジしていただきます』
「ミッション?」
『はい。ミッションをクリアすればここから出ることが出来ます。拒否をする場合には、貸し出し中の肉体は死ぬことになります。また、ミッションに失敗した場合には全員に死んで貰います』
「はっ?」
思わず素の疑問符が口からこぼれ落ちた。
 とりあえず、状況を整理しよう。俺と舞白はここに閉じ込められている。そして、出るにはミッションをクリアしなければならない。逃げも失敗もできない。つまり、選択肢は元より存在していない。
 ずいぶんと悪趣味だなと天井を見上げれば、舞白と目が合った。顔面は蒼白で体も小刻みに震えているのに、目だけは真っ直ぐ。そういえば、こういう所の思い切りは良かったか。声はなくとも、これはどうやら頑張るしか無さそうだ。
『準備が整ったようですね。それではミッション1から始めていきましょう』
どうにかして借り物の肉体と舞白を守ってここから出さないといけない。
『まずは朔黒さん』
名前で呼ばれることに違和感があるがそこは仕方ないこととして諦めて、しかし返事はせずに天井の舞白をじっと見つめながら続きを待つ。
『今すぐに舞白さんの耳を落とすか、それ相応の対価となるものを差し出して下さい』
いきなりヘビーなミッションだなと呆れを通り越して笑いそうになりながら、朔黒は考える。視界の隅に映る舞白はいかにもやっていいよと言わん顔をしているがそれは即座に却下する。どうやらミッションの内容はあちらにも聞こえているらしい。
 舞白の耳に釣り合う対価。しかし、この体が借り物である以上、身体的なものは差し出せない。それなら、
「俺の、名前はどうだ?こいつからもらった俺が個である唯一だ」
『良いでしょう。ただいまより、『朔黒』という名はあなたのものではなくなります。以降、あなたは舞白さんの中の1つとなります』
どうやら成功のようだ。舞白の顔が悲しそうに歪む。頼むからそんな顔をするなよ。大変なのはここからなんだから。
『それでは次に舞白さん。目の前の彼の右腕を落として下さい。もしくは、それ相応の対価を』
「・・・っ、それなら僕の腕で」
『それでは面白くありません。もう一人のあなたのように、奇知に富んだ答えを欲します。ちなみに落とすと宣言された場合には必要な部分のみ拘束が外れますが、くれぐれも宣言外の行動はなされませんように』
これには内心、舌打ちをするしかなかった。さすがというか、舞白の行動はある程度見透かされているようで、望まれぬ道が事前に塞がれていく。あちらに聞こえないことは知っていても思わず、願うように、祈るように名前を呼んでいた。
「舞白。・・・舞白!」
その声に反応するかのように舞白が小さく答えを口にする。
「それなら、弟への想いを」
『どちらのですか?』
「・・・九十九への信愛を。彼はきっと僕が居なくても生きていけるから」
『良いでしょう。これ以降、九十九さんとの関係性は消滅します』
弟への信愛。兄弟間の繋がりをもって自己を保つ舞白にとってはまさに生命線に近い。しかし、その辛い選択も死んで全てから消えてしまうくらいならまだマシといえる。

 『それではミッション2へと移行していきます。まずは、もう一人のあなたから。今度は舞白さんの目を抉るか、それ相応の対価を』
舞白の目は最優先で守るから、何か差し出せる物を。そうなれば、自ずと答えは決まってくる。
「俺自身の瞳をくれてやる。あ、もちろん、肉体のじゃないぞ」
全ての始まりとなった記憶の欠片。それは俺の根元でもある。しかし、こんな辛いものでも対価になるのなら良いかもしれない。
『承知しました。あなたの瞳を・・・そうですね、あるべき場所へ返しましょうか』
「は?ちょっと待て」
『変更は出来ません』
消されると思って差し出したというのに、ずっと舞白を守るために返さずにいたその重苦しい記憶が、瞳が、舞白へと戻っていく。せめてもと不格好に欠けてしまった視界で舞白の様子を見守る。大きく見開かれた瞳からは大粒の涙が溢れて、それでも意思を持った目はこちらを見返してくる。
『続いて舞白さんは目の前の彼の左腕かそれ相応の対価をお願いします』
「ごめんね。ずっと痛い思いさせて。・・・今度はもう1人の弟、椿への鍾愛を。もっと成長していける子だから」
二度目の選択ということもあり、迷いがいくらか消えてきている。それにしても答えを告げる前のそれは俺への言葉か。気付かぬうちにずいぶんと強くなっていたようだ。

 『承知しました。それでは次へ進みましょうか。おめでとうございます。次で最期のミッションとなります。今回ももう一人のあなたから。舞白さん、もしくはその肉体の喉を掻ききるか、相当の対価をお願いします』
目の次は喉か。なんだか驚くことに対して麻痺してしまった頭で次は何を支払うかを考える。正直、もう払うことの出来る物も思いつかない。しかし、これが『最後』だというのならもう1つだけある。天井を見上げれば、心配そうな舞白と目が合う。
「それなら、俺を消してくれ。それが対価だ」
天井に映った舞白が何かを叫びながらもがいているのが見える。
大丈夫。それを受け入れられたお前にはもう俺は必要ない。
『良いでしょう。お疲れ様でした。そして、さようなら。もう一人の方』

 無情な声が響いて、視線の先、天井に映っていた彼の姿が消えた。対価として支払ってしまったからもう名前は呼べないけれど、確かにそこにいた彼。でも、大丈夫。存在は消えてしまっても、まだきちんと残っている。・・・だって彼は僕だから。
 精一杯もがいていた手足から力を抜いて深く深く深呼吸をする。これからが本当の本当の本番だ。
『それでは舞白さんにも3つ目のミッションといきましょう。最大の対価を支払ったもう一人のあなたに見合う対価を支払ってください』
すでに消えてしまった彼と釣り合う対価。そんなもの1つしかない。ずっとずっと大切にしてきた物だけれど、これがきっと正解だ。ゆっくりと息を吸って、吐息に言葉を乗せる。
「兄への憧憬を」
『承知しました。これにて部屋にまつわるミッションは終了となります。お疲れ様でした』
詰めていた息を吐く。これでこの不条理な部屋ともお別れできる・・・と思ったが、現実はそうも甘くない。

 『それでは最後の最後。部屋の鍵を開けましょう。とっても簡単なことです。目の前の抜け殻の喉を潰すだけ。・・・それは良い人生を』
言うことだけ言ってあとは沈黙が落ちるのみ。ゆっくりと体の拘束が解かれていく。舞白はゆっくりと起き上がって1つ伸びをする。そして、そっと天井の方へと手を伸ばして、つかんだ喉を思いっきりーーた。


やっぱり、――は、やっぱり君は僕なんだよ。


無人となった部屋にはベッドが1つとたくさんの鏡。


声をなくした彼は何も語らず、今日も一人で微笑んでいる。





【原案:hato.*成文:舞白】
○○しないとでれない部屋より着想

 

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