『こんばんは、過去の俺。あ、それどうせ失敗するからやめときなよ。馬鹿だよなあ、もっときつく紐をしめないから。途中で千切れちゃったよ。』
アパートの風呂場にて、今まさに首を吊ろうと輪に手をかけた俺の前に突然知らない男が現れた。
【ハローワールド】
「お前、誰だよ!い、いきなり人の家に入ってきて、意味わかんない!消えろよ!」
誰なんだこの男は。どうやって家に入ったんだ?いや、入ったと言うよりは突然現れた様な気がする。ああ、もしかしてこれは、
『幻覚じゃないよ?』
『今、またいつもの幻覚かって思ったでしょ。違うよ、俺はちゃんと存在している人間だ。』
自称人間はとりあえずそこから降りなよと俺の足の下の段ボールを指差した。
ひやりとした床に足を付けると男は突然俺の顔を掴んで自分の顔に近づけた。
『ああ、やっぱり俺だ。相変わらず陰気臭い顔!今イライラしてるでしょ、顔に出てる。わかるよだって俺だもん。あっ、目が充血してるね。そういえばこれで今日は3回目の首吊りだったっけ!』
そうまくし立てる様に言った男の言葉よりも何より、此方を見つめたまま逸らさない目の方が怖かった。暗い、深い闇を覗いている様な気分になる。こんな目は見た事が無い。いや、ある。毎日ふっと感じる視線、鏡にうつった自分からおくられる他人の様な視線。この世で一番嫌いな視線。
「うわああああああ!」
俺は男を突き飛ばした。これ以上見ていたら発狂してしまいそうだった。
風呂場から飛び出して急いでベッドに潜り込んだ。外は怖い。一番安心できる場所は自分の部屋のベッドの中だけだ。
「あれは幻覚、あれは幻覚、あれは幻覚、」
あれは幻覚に違い無い。とうとう自分の頭がおかしくなったんだ。そう自覚したらきっと消えるだろう。しかし無情にもその願いは剥がされた布団によって叶わないものだと思い知らされた。
『そんなに怖がらないでよ。言ったでしょう?俺は未来のお前。お前自身なんだよ。大丈夫、この部屋に敵はいないよ。』
無理矢理起こされた体に触れる手は確かに人の暖かみを持っていた。
「よく見たらお前、俺に似た顔をしてるんだな。」
俺は今、自称未来の俺と机を挟んで会話している。勝手に持ってきたであろう2つのコップには温かい紅茶が入っている。
『そりゃ似てるでしょうね。俺だもの。まあ、でも人間何年かすれば顔付きなんて変わるよ。』
その言葉で先程から感じていた違和感の正体に気がついた。未来の俺だと言うのに顔が同じじゃないのだ。成長も含まれるのかもしれないが、顔付きが全く違う。
『あと何年かしたらさ、お前は神様に出会う事になる。その子がお前のその陰気臭い顔を変えてくれる。』
先程からこいつは俺の顔を陰気臭いと言う。そんな事ここ数年は誰にも言われなかったのに。自分だけしか、思っていなかったのに。
「なあ、お前のその首のやつはなんだ?」
風呂場では気がつかなかったが、首に鈴の付いた黒い首輪が巻かれている。
『これ?御主人様から貰った服従の証。心配しないでいいよ。お前が今思ってる様な怪しいやつじゃない。正真正銘、主従関係。それが今の俺の仕事。』
そうか、未来の俺は働いているのか。
「…。」
『所でさ、死のうとした理由だけど。まあ俺は知ってるんだけどね。』
『生きてる価値なんて無いと思ったから。』
『このまま生きていても迷惑をかけるだけだから。』
『そもそもなんで今生きているのかわからないから。』
『生きてる事でこれ以上、
「誰かに嫌われたくなかったから。」
「心から信じられる人なんていない。」
「俺を人間として扱ってくれる人なんていない。」
「純粋に愛せる人なんていない。」
ぼろぼろと涙が溢れてきた。死にたい理由なんて、誰かに話した事は一度もなかった。誰にも話せなかったから、黙って生きるか黙って死ぬしかなかったから。
『大丈夫だよ。』
『心から信じられる先輩ができる。』
『お前を人間として扱ってくれる、評価してくれる小さな御主人様ができる。』
『死ぬ程好きな人が、お前にもできる。』
『だからさ、もうちょっとだけ生きてみなよ。大丈夫。未来はそんなに悪く無いし、お前はもう少し世界を好きになれる。』
夢から目が覚めると頬に温かい涙が流れていた。
夢の内容は朧げで、思い出そうとしてもその輪郭すら忘れてしまっていた。
「ヤマト君?泣いてるの?」
隣で眠っていた恋人が心配そうに此方を見ていた。なぜだかその姿があんまりにも愛おしくて。
「なんでもないよ、あおちゃん。今日も生きよっか。」
今日も世界を少しだけ好きになれる気がした。
青春メビウス1周年おめでとうございます。
ヤマト君を含むたくさんのキャラクター達のお話を書く事ができ本当に嬉しく思います。
この体験を、一生忘れる事は無いでしょう。
これからもメビウスの世界の出来事を発信できるよう頑張りますので、よろしくお願い致します。
くろねこやまと。
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[mokuji]
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