ピンポーン…
「お届け物でーす。」
珍しくバイトのない休日の朝、目覚ましをかけることもなく心地よい眠りについていた俺の部屋にチャイムの音が響いた。寝起きの布団の心地よさに抗う気は全くなく、配達員さんには悪いがもう一度布団をかぶり直し眠りにつこうとした。
「お届け物ものでーす。」
今いません。
「お届け物ものでーす。」
夕方になるまで動けません。
「お届け物ものでーす。」
五月蝿い…舌打ちを一つして玄関に向かう。
「お届け物ものでーす。」
もうわかったと言うのに。乱暴にドアを開けるとそこには誰もいなかった。
「お届け物ものでーす。」
背筋に冷たいものが走った。しかしそれは心霊の類ではなく玄関前に置かれた段ボールの上にあるボイスレコーダーから発せられるものだった。キュルキュルと巻き戻しを繰り返すそれを止めると不快だった声も消えた。
段ボールに宛先は無い。ガムテープで包装されただけの普通の段ボールだ。一体誰がこんなに悪趣味な事をしたのだろうか。悪趣味というとバイト先の屋敷の長兄が浮かんだがあの人はこんなに面倒くさい事はしないだろう。軽く心の中で謝ってとりあえず段ボールを家に入れることにした。重さはあまり感じない。ゴロゴロと中で何かが転がる様な音がする。生き物ではなさそうだ。まさか爆弾?そんな考えもよぎったがそんなものを送られる覚えはない。
ベリベリとガムテープを剥がしていく、何重にも貼られたそれを剥がしていく内にある事に気がついた。臭いのだ。酷く生臭い。魚の腸を取り出している時の様な臭いが段々と強くなっていく。最後の一枚を剥がす頃には玄関中に臭いが充満していた。
この箱を開けてはならない。本能が警鐘を鳴らしている。しかしそれに勝るのは非日常に対する好奇心。
バリッ。
箱を開けるとそこには白い、文字通り血の気の通っていない人間の腕がはいっていた。華奢な指先には見覚えのあるリング。記念日に俺が送った青い宝石のついたそれの持ち主は
「あおちゃん…?」
【黒】
今は家にいるはずの恋人に電話をかける。響くコール音は不安を増長させた。
「ブツッ…おかけになった番号は、電源がはいっていないか電波ノトドカナイ場所二…」
あおちゃん!ここから然程遠くない彼の家までバイクを走らせた。お願い、どうか無事で居て。突然現れた俺に呆れてもいいからいつもの様に笑って名前を呼んでくれ。
しかしそんな願いが叶うことはなかった。
「昨日の夜に今日はお友達のお家に泊まるってメールが来てたんだけど私てっきりヤマト君のお家かと思ってたわ。あの子ったらヤマト君ヤマト君って家でもそればっかりなのよ。」
そう言ってくすくすと笑う母親に俺は何も言えなかった。杞憂であって欲しい、まだそんな願いが心にあったからかもしれない。
家に戻るとそれが悪夢ではなかったと告げる様に存在する段ボール。
その中身に恐る恐る触れてみた。
「ひっ」
血の通っていない身体はこんなにも冷たいものなのか。真っ白な腕に、赤い赤い断面。中央には白い骨が見えている。
明らかにそれは人のモノだった。吐いた、胃液が出るまで吐いた。溢れる涙は生理的なものなのか恐怖からくるものなのか。
一刻も早くこれをどうにかしたい。入っているのが人間の腕だとやっと理解した所で警察に通報しようとした。
その時ふと、目にとまったのは段ボールに入れられたDVDだった。何よりもまずしなくてはならない行動はわかっていた。だが、抗えない何かがそこにはあった。
まず画面に映ったのは白い部屋だった。中央に何かベッドの様なものが置いてある。
ここで画面が揺れた。映されたのは白衣を着た男性の鼻から下。マスクをしているのでその表情は読み取れない。
カメラを持って移動しているのだろう、次に映されたのは手術台だった。そこに拘束されているのは恐怖に顔を歪ませた恋人だった。絶望、どうか夢でありますように。願いは愛する人の悲鳴で掻き消された。
「やめて、やめて助けてヤマト君ヤマト君ヤマトぐん!!!」
あおちゃんの右腕に当てられたのはノコギリ。やめろ、やめてくれ。
「あっ…うヴああアアアアァ!!!」
ノコギリはゆっくりと、ゆっくりと腕を切断していった。「アッアッア」その間断続的な悲鳴が止まることはなかった。俺の名前を呼ぶ声もまた。
"作業"が終わった頃には恋人の意識はなかった。カメラが動き画面にはまた白衣の男が映し出された。
「1週間。1週間私からのプレゼントをちゃんと受け取ってくれたら、返してあげる。」
そこで映像は途絶えた。
警察に電話をしようとしていた携帯を手放した。俺は理解したのだ。この悪夢に巻き込まれてしまったことを、それから逃げることなどできないということを。
1日目終了。
「お届け物でーす。」
嫌だ。怖い、もう見たくない。しかし受け取らなければきっと恋人の命はない。あの人間は花を摘む様な、いや虫を殺す様な軽さで人の命を奪うだろう。
ドアの前にはまた一つ段ボールが置いてあった。中身はまたDVD、そして今回は左腕だった。
手術台の上の恋人は苦痛な表情を浮かべ青白い顔をして眠っている。右腕があった場所には包帯が巻かれていた。
男は乱暴に恋人を起こした。やめろ、汚い手であおちゃんに触れるな。
「ここ、どこ。あっ嫌だ、嫌だ嫌だ怖いよ助けて!」
叫ぶ身体に拘束具が食い込む。
次に画面に現れたのは大きな肉切り包丁。男は恋人の左肩にそれを置くと、一気に体重をかけて肩から下を切断した。かの様に見えたが骨が引っかかたのだろうそれを前後にひきはじめた。一度目のそれで失った意識は乱暴に取り戻される事となった。悲鳴はそれから数分間鳴り止まなかった。
恋人の両腕が完全になくなった所で映像は途絶えた。
2日目終了。
一昨日から一睡もできていない。体の震えが止まらない。今日も届けられるだろう恐怖に気が狂ってしまいそうだ。来るな、来るな。
「お届け物でーす。」
悪魔が呼んでいる。ふらふらと玄関まで行くとそこにはもう見慣れてしまった段ボール。
バリバリとガムテープを剥がす。今日は右足か。
「ヤマト君…ヤマト君…」
両腕のない恋人は虚ろな目をして俺の名前を繰り返していた。
ヴイイイイィン 突然耳障りな音が響いた。画面が揺れる。次に映されたのは轟音を立てて刃を震わすチェーンソー。
「ひっ…」
一気に画面が血しぶきで見えなくなってしまったが悲鳴だけは鮮明に聞こえてくる。
"たすけて" "ヤマト君"
理不尽すぎる暴力になす術もなくただひたすら泣き喚く恋人の姿をただひたすら見続けた。涙はもう出なかった。
3日目終了。
夢に恋人が出てきた。両手は無く、足も片方しか残っていない。俺を見つけると神に縋る様な声で名前を呼んでくれた恋人を、恋人の足を、俺は…
目が覚めると下着に嫌な湿り気を感じた。俺はとうとう狂ってしまったのだろうか。頭がぼうっとしたまま動けない。
「お届け物でーす。」
その声を聞いた時に生まれた感情を全否定して箱を開ける。やっぱりね。今日は左足だった。
画面に映る恋人は何も言葉を発さない。
しかし左足に鎌が突き刺さると目を見開き大きな悲鳴をあげて泣き叫んだ。何度も鎌が柔らかい肌に突き刺さる。何度も何度も。
映像が終わってもテレビの前から動く事はできなかった。あおちゃん元気かなあ?
4日目終了。
「お届け物でーす。」
来た。急いで玄関までそれをとりにいく。今日の中身は目玉か。
光のない目が何かを訴える様に此方を見ていた。
手術台の上には手と足が全部なくなってしまった恋人。まるで芋虫みたい。ジタバタしている姿が可愛らしい。
ズッ、とカメラが彼の一つしかない眼球に近付いた。目線の先にはアイスピック。ゆっくりと、ゆっくりと先端が近づいてくる恐怖に強張る顔もちゃんと映されていた。
息が荒くなる。自然と下半身に手が伸びていた。
ぐちゃり。
アイスピックが突き刺さった瞬間に俺は射精を迎えた。
5日目終了。
いちにぃさんし、ご、今日で6日目か。今までのDVDを見返しながらこの悪夢の終わりを感じていた。もうすぐ終わるんだ。全てが終わったら、俺は現実に帰れるのだろうか。
「お届け物でーす。」
今日は耳が届いた。あおちゃんは耳も綺麗だなあ。
耳は大きなハサミで切り落とされた。ぶちんっ、この音はあおちゃんにも聞こえたのだろうか。
身体の一部がなくなる瞬間だけあおちゃんは元気になる。大きな悲鳴をあげて中身のない目から涙を流すのだ。そして必ず俺の名前を呼んでくれる。嬉しいなあ、心臓がドキドキする。まるでセックスしている時みたいだ。もっと呼んで欲しい。その悲鳴で俺の名前を呼んでくれ。
あおちゃんに会いたいなあ。
6日目終了。
ピンポーン…
「お届け物でーす。」
今日の段ボールはいつもより大きい。震える手で箱を開けると中には小さくなった恋人が入っていた。やっと、やっと会えた。涙が止まらない。抱きしめるとあおちゃんは小さな声で俺の名前を呼んでくれた。
「ヤマト君…」
ぞくり。俺の目に宿った黒に、君は気づかない。
「おかえりなさい。あおちゃん。」
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