春
窓を開けると風と共にひらりと薄紅色の花弁が舞い込んできた。
「桜…もうそんな季節なのね。」
肌寒い日が続き外に出ることが少なくなった自分が思っているよりも季節は進んでいた様だ。
「お庭の桜を見に行きたいわ。」そう伝えるとやまとは長い冬の間に力の落ちてしまった足を気遣ってか、失礼します。と言ってその両の手で軽々と自分を抱えてゆっくりと庭に出た。
言葉を失う程に堂々と咲き誇るその姿はまさに絶景であった。視界が、桜色に染まる。
桜は美しい、しかしその散り際の儚さは春の出会いと別れを表している様で。
この男もいつか桜の花弁の様にふっと消えてしまうのではないか。
そんなことを考えていると、瞬間強い風が吹いた。
「大丈夫ですか?御主人様。」
視界には数え切れない花弁と、自分を見つめる優しい瞳。
嗚呼。不粋なことは考えず、今はこの瞬間を楽しむことにしよう。
【桜色に染まる】
夏
「やまと!これは一体なんなの!突然火花が噴き出したわ!」
思いつきで買った手土産は思った以上に主人を驚かせてしまった。
これならば大丈夫だろうと思い手渡したのは線香花火。火を付けるとパチパチと小さな火玉が弾け出す。
「不思議な物ね…」
よかった、小さな主人は線香花火をお気に召した様だ。
パチパチ。パチパチ。
小さな火に照らされたその顔は花火を楽しむ子供と何ら変わりはなくて。
守りたい、そう強く思った。人間らしい楽しみをたくさん経験して歳を重ねて欲しい。自分はそれが叶わなかったけれど。
「やまと。どうかしたの?貴方、まるで泣き出す寸前の子供みたいな顔をしているわ。」
いつの間にか終わってしまった線香花火。ごめんなさい御主人様、子供だったのは俺の方でした。いえ、子供になりたかったのはきっと。
「何でもないですよ。ねえ御主人様、もう少しだけ付き合って下さい。次は私の番ですよ。」
花火が無くなるまではどうか俺と一緒に子供に帰りましょう。
【美しいこどもたち】
秋
秋も深まった日のことです。
小さな主は紅葉が見たいと従者にねだりました。従者ははい。と主の手をとって、色とりどりに染まった木々の見える庭へとお連れしました。
赤、オレンジ、黄色。様々な色が二人を歓迎する様にヒラリヒラリと舞っております。
二人は黙ってそれを見上げておりました。繋いだ手はそのままに、まるで景色の一部の様にずうっと見上げておりました。
小さな主の頬が紅葉の様に紅く染まっていることに、従者はまだ気づいていない様です。
それを笑う様に、紅葉が一枚従者の頭に乗りましたとさ。
【紅いほっぺた】
冬
雪が見たいという御主人様の希望をどうやって叶えたらよいか考えあぐねていた。
窓から見える景色だけでは物足りないと言われたが、体の弱いこの方を真冬に外にお連れすることなどできない。
温かさは確保しつつも雪を見る方法、それを考えていると自宅のテレビから冬特有のCMが聞こえてきた。
これだ。その時はそう確信したのだが。
「御主人様…本当に私も一緒に入って良いのでしょうか?」
「あら、提案したのはやまとでしょう?それより見て!こんなに近くで雪を見たのは初めてだわ。」
露天風呂、そこならば温まりながら雪を眺めることができる。早速渋る二番目のお兄様にどうにか許可を貰い御主人様をお連れしたはいいが何故か自分も一緒に入ることをこの方は望まれた。
小さな体に残る幾つもの痕。それは雪よりも冷たく自分の心臓を抉った。しかしそれから目を逸らす事も、見えない様にと抱きしめる事も決して許されはしない。
いっそ雪の様に溶けて無くなってしまえばいいのに。傷痕も、自分も。
ばしゃっ、突然顔面に冷たい物が当たった。目をパチパチさせていると、
「やまと。何をほうけているの、貴方は私の従者でしょう?何時いかなる時も私から目を離す事は許さないわ。」
そうだ。自分はこの方を守らなくてはいけないのだ。使命を持って今を生きているのだ。主の放った小さな雪玉は、凍ってしまいそうだった自分の思考を溶かしてくれた。
慣れない雪玉を作ったため真っ赤になってしまった小さな手を今度こそためらわずに握る。誰にも見えない様、温かいお湯の中で。
どうかこの手がたくさんの幸せを掴むことができますように。雪の向こうに見える満月に、そう祈った。
【雪見に夢見】
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[mokuji]
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