16/16
「では僕ごと抱っこしてください。大丈夫。兄さんが落としそうになれば舞白が支えますからね」
そんなことを無邪気な笑顔で言えたのは随分と遠い昔のこと。それでも、当時は思っていたのだ。大事な物は自分が守るのだと。
父の口癖は「望まれた色に染まれ」だった。白が白である理由は望まれた色に染まって、誰かの役に立つ為なのだと。もちろん昔の舞白はそれを信じて疑わなかったし、自分に与えられないものに関しても、「それを与えられる役は自分ではない」と納得していた。
しかし、いくつかの事実がすべてを歪めてしまってからは何を守って良いのかが分からなくなった。自分の役目が何なのかよく分からなくなった。
父から与えられた『継ぐ者』としての役目。
兄から与えられた『人形』としての役目。
弟から与えられた『兄』としての役目。
一体、自分は誰で、何をしようとしていたのかも分からない。飛び飛びになる記憶の中で、それでも願ったのはただ1つ。
『大事な人たちの幸せ』
自分がいなければ、兄や弟はもっと苦しむことになる。幸せになれない。だから、自分が頑張るのだ。
・・・そう思い込んでいた。しかし、それは本当に正しいことだったのか。
きっと弟は、椿は、舞白がいなくても自分で立って歩いて行ける。前を向いて進んでいける。それは椿が持つ強さだ。
きっと兄は、彼は、椿がいないと揺らいでしまう。箱庭の中にあることで守ろうとしている。それは彼の持つ弱さだ。
きっと僕は、俺は、すでに道を見失った。
霞む視界の中で見つけた兄の背中に手を伸ばす。この手はきっと届かない。そんなことは知っている。
彼を救う役目はきっとーーー。
誰か兄さんを助けてあげてください
僕では椿を抱えて兄さんを支えきれなかった。
*『3人で抱っこ』(ちはやさん)へ
合わせて。