33/33
舞白には弟が2人いる。片方は母の違う弟である椿。もう片方は父が違う弟である九十九。どちらも舞白にとっては可愛い弟だ。
椿は同じ家に住んでいることもあり、ほぼ毎日顔を合わせるが、九十九に関してはお互いに父方に引き取られていることもあり、顔を会わせる回数も多くて週に1〜2回といったところだ。
「兄さん。今日は疲れてるみたいですね。いつもより無口です。でも、そんな兄さんも可愛くて素敵ですね」
九十九が舞白に言う。ここは舞白の自室で、今日は仕事がない休みの日。2人の間に挟まれた卓袱台には茶碗が2つ置かれていて、中央には茶請けのお菓子も用意されている。
普段なら、この舞白ではなく『兄』としての舞白が九十九の前に現れることが多いのだが、昨日も兄に呼ばれて離宮へ行っていたせいか、疲労が濃く、そのままのようだ。
九十九に会うのも随分と久しぶりだなと思い、舞白は九十九の顔を見つめる。彼もまた兄と同じで舞白に何かを求めない。さらに言えば、彼は舞白に与えることだけを望む。中身が何であれ、それが『舞白』であれば、慈しみ、与え、守るのだ。
「私の顔に何かついてます?・・・あぁ、そろそろ夏も近いし、食欲が落ちるんじゃないかと思って持ってきたんですよ。兄さんの好きな苦めのチョコ!」
そう言って九十九が差し出したのは、英語のパッケージのチョコレート。
「この間、潰したところが持ってた工場の中に作ってる所があって。それごと潰しちゃうのは勿体ないから爆破する前にそれだけは引き上げておいたんです」
にこにこと物騒な話をするこの弟は育った環境のせいかどこか感覚がずれていて、無慈悲だ。人類が平等だとか誰にでも優しくだとかそんな偽善を今更語るつもりはないが、それでも九十九にとっての許容範囲は狭い。
こんなにも兄思いの弟に対して、このような態度でいつまでも接しているのもどうだろうか。そんなことを考えて一度目を閉じる。そのまま意識を落とせば、出てくるのは別の舞白。
数度、瞬きを繰り返して、だいたいの状況を把握する。
「あ、九十九。ごめん。来てくれてたんだね」
「そうですよー。兄さんの好きな苦めのチョコのお土産付きです。・・・目、覚めました?」
「そうみたい。チョコありがとう」
「どういたしまして」
九十九が嬉しそうな顔で舞白を見る。そっと手を伸ばして頭を撫でてやれば、その笑みは深くなる。
舞白は母のことを知らないが、九十九を見る限り、あまり子どものことには興味がないのではないかと思う。母が今どうしているのか、そもそも生きているのか全く知らないし、興味もないけれど、半分だけとはいえ血の繋がった弟には幸せに生きてもらいたい。
「九十九。大丈夫?」
思わず口から出た言葉に九十九はきょとんとした顔をする。
「何がですか?むしろ、兄さんは大丈夫ですか?チハヤ兄さん、歪んでるところがあるし」
「え?大丈夫だよ?」
質問に質問で返された。相変わらずの心配性に苦笑いをしながら返せば、九十九が近くへ寄ってくる。
「兄さんはすぐに我慢しちゃうところがあるから心配してるんです」
「そんなことはないと思うけれど」
じっと見つめられて困ったように舞白が目線を下げると、そんな舞白を九十九はそっと抱きしめる。そして、耳元で落とされる声。
「可愛い兄さん。貴方に徒なすものは私が全部始末しますから。だから、最期まで私を使ってくださいね」
・・・兄も相当だけれども、この弟もしっかり歪んでいるようだ。