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西日が差し込む部屋の中で、椿は机に向かい、和紙でできた折り紙を手にうなり声を上げていた。それは高級なもので、いつものように千羽陽がプレゼントと称して用意したものだった。
色とりどりのそれを机に並べ眺めていると、その華やかさに何かを折ってみたいという欲望にかられるものの、生憎と椿はこういう作業が得意ではない。むしろ、得意なのは・・・とそこで椿は舞白の存在を思い出す。たくさんのことを勉強している彼はこういう作業も得意で、昔はよく教えてもらったものだ。
「舞白兄様。次はどうしたらいいの?」
「その次はこうして、ここを折れば良いんだよ」
何度やっても上手く折れない椿に、舞白は終始にこにことしながら、鶴の折り方を教えていた。そうして、一羽の鶴ができあがると、
「やっぱり、椿が折ると可愛い鶴ができるね」
と褒めてくれる。それが嬉しくて、同じ作業を続けることなど苦手なはずなのに、よく鶴を折っていた。
やがて舞白の勉強が忙しくなり、一緒に鶴を折る機会が減っても、椿が体調を崩すと舞白はお見舞い代わりによく鶴を持ってきた。本人の名を顕すような白の和紙で折られた鶴はどれも綺麗で、中には連鶴や細工鶴と呼ばれるものがあったのも覚えている。
その時にもらった鶴のいくつかは今でも椿の部屋にある。そのことを思い出し、椿は立ち上がる。箪笥から箱を取り出して開けてみれば、そこには記憶通り鶴が入っていた。それらをそっと取り出して、和紙の上に並べる。
4羽の鶴が十字に連なっているのが連鶴。3羽の鶴が斜めに連なっているのは稲妻。大きな鶴の両端に小さな鶴が連なるのは花見車。4羽の鶴が顔を寄せ合うのが楽々波。そして、一際目立つのが華鶴。
どれも舞白が椿のために折ってくれたものだ。結局、椿は普通の鶴しか折ることはできなかったし、舞白と折る機会がなくなってからは、そもそも折り紙すらしたことがない。
「どうしたら、こんなに綺麗に細かく折れるのかしら」
ぽつりと疑問を落とす。手に取ったのは稲妻。そっと真ん中の鶴を摘んで、色々な方向から眺めていると、ふとその鶴の中の方に何か線のようなものを見つける。
「・・・何かしら?」
怪訝そうな顔をして、椿はそっとその鶴を開いてみる。もちろん、複雑に折られたそれは簡単に開くことなどできず、ところどころ破れてしまったけれど、やっとの思いでくしゃくしゃで破けた1枚の紙に戻すと、その紙には文字が書かれていた。それは見慣れた舞白の文字だった。しかも、最近のお手本のような字ではなく、丸くて小さい文字。
「これは昔の舞白兄様の字だわ」
他人の書いた物を勝手に読むということに抵抗がなかったわけではないが、自分がもらった物だしと自分を納得させて文字を追う。そこには、こんな内容が書かれていた。
『椿の体調が早くよくなりますように。苦しいのが早くなくなりますように』
椿のことを心配するそれに、嬉しそうに笑って椿は1枚の紙になってしまったそれを抱きしめる。稲妻の折り鶴はなくなってしまったけれど、それ以上に暖かいものをもらった気がした。
数日後。椿は舞白が休みの日だと聞いて、先日もらった和紙と見つけた折り紙を手に舞白の部屋へと向かった。部屋の中へと声をかけて、扉を開けるが、そこに舞白の姿はなく、相変わらず物の少ないがらんとした部屋が広がっている。
「いないのかしら、舞白兄様」
しょんぼりとして、部屋の中を見渡せば、箪笥の上に細工鶴が飾られているのを見つける。椿の部屋にあったものより小さいのは使っている紙の大きさが違うからだろうか。
「やっぱり器用ね。こんなに綺麗に折れるなんて」
そっと手にとったのは、色が混ざった鶴。そういう色合いの折り紙を使ったのかと思うほど、綺麗に折られている二重の鶴というやつだ。その鶴を観察していると、この間見つけた稲妻と同じように線の様なものを見つける。これも中に何か書かれているのだろうか。好奇心に負けて、それを開いてみようとしたが、思いの外複雑な折り方をされていて、容易くちぎれてしまう。
「あっ・・・」
「椿?どうかしたの?」
後ろから聞こえた声に振り返れば、そこには舞白の姿。
「ごめんなさい。綺麗な和紙をもらったから、舞白兄様と鶴を折ろうと思って、その」
「あぁ。見ていたら破れちゃったのかな。もう随分と古いものだから仕方ないよ」
優しそうな笑顔の舞白が椿の手から破れてしまった二重の鶴を受け取り、ためらいなくゴミ箱へ捨てる。
「なんだか、椿と鶴を折るのはとても久しぶりな気がするな。どんな鶴を折ろうか」
そう言って机へと椿を案内した舞白の顔は昔と同じように、にこにことしていた。
「ありがとう。舞白兄様」
そんな言葉を置いて満足そうに椿が去った後、自室に1人残った舞白は、先ほどゴミ箱へ捨てた鶴の残骸をそっと拾い上げて、丁寧にそれを開く。くしゃくしゃで一部が欠けた紙に書かれていたのは、丸くて小さな文字。
『どうして辛い思いばっかりなんだろう。どうして誰も僕を見てくれないんだろう。そもそも僕は何のためにいるの?もらった役割をこなすためだけにいるの?それは本当に僕なの?』
そこまで視界に入れたところで、舞白はその紙を握り潰した。
誰かと比べられる度、否定される度、押し殺す度に折り鶴を折った。紙に思いを書いてもそのままにしては誰かに見つかってしまうから。自分を折り鶴に織り込んで、白い和紙はどんどん吹きかけられた銀を磨いて鏡になっていく。
そうしていつしか暖かで趣のあったはずの和紙は、磨かれてはいるもののただの銀メッキにほかならないシロモノに変わってしまった。
だから、いくら形は整っていても、あの頃のような綺麗な細工鶴はもうないのだ。
【原案:hato. * 成文:舞白】