小説 | ナノ
教室からぼんやりと窓の外を見た。
先ほどまで晴れていたというのに、今ではすっかり灰色に染まってしまった空。地面に降り注ぐ雨に、傘を持ってきて良かった、と思う。しばらく止みそうにない雨は耳を澄ますとリズミカルにメロディを奏でているようだ。
「桃井」
「あ、ミドリン。」
ふいに廊下の方から呼ばれ、振り向くと、珍しい人がいた。
「まだ帰ってなかったのか」
「日直なの。ミドリンは?」
「先生の手伝いをさせられていたのだよ。」
彼は教室に入ってきて、はあ、と溜め息混じりに私の座っている前の席に彼は腰掛けた。
ミドリンは私の書いている日誌を見ながら先ほどまでの事を話した。所謂愚痴というやつだが、彼が饒舌に、しかも愚痴を吐いているところなんて滅多に見ないので大人しく相槌を打っておく。
よくよく考えればミドリンと2人っきりで話すのすら初めてで少し緊張する。
(気づかなきゃ良かった……)
気付いてしまえば今更気恥ずかしくなったり、緊張したり、でも普段あまり話さないミドリンに嫌われてはなさそうなので安堵したりと忙しない。
しばらくして会話がふと途切れた。
ちらりと顔を上げると丁度彼と目が合ってしまい、びくりとして目を逸らす。
「手伝ってやろうか?」
「いっ、いいよ!さっきまで先生の手伝いしてたんでしょ?先帰っていいから」
慌てていうと彼は窓を一瞥した。遅れて私も見ると、雨は先ほどと変わらず降り続いている。
「…………」
「もしかしてミドリン、傘持ってないの?」
恐る恐る聞いてみると彼の頬から耳までが徐々に赤く染まっていった。
図星だろうか。
「ミドリン真っ赤ー可愛い」
「ううう煩いのだよっ!」
普段は使わない自分のS心を擽られて、真っ赤になった彼の頬を人差し指でつついたりすれば、ビクッと肩を震わせたあと更に赤に染まりゆく頬、女性でも羨ましく思うほど透き通った白い肌に、赤がさらに強調されて余計に赤くみえた。
照れ隠しか服の袖で口を抑えながらジロリと睨まれれば子供っぽい動作に笑いが溢れた。
「な…桃井っ!笑うな!」
「はははっだって、ミドリン、子供みたいっ」
腹を抱えて笑うのは久しぶりな気がする。部活とか勉強とか、中学生は予想より忙しくて、そんな余裕が無かった。
「もう帰るのだよっ!」
「濡れるよ?」
我慢出来ずにガタッと音を立てて椅子から勢いよく立ち上がった彼を静止する。
彼は大人しく座り直すと、苛々しているのか眉間に皺を寄せて窓の方を見た。
彼は自分に厳しい人だ。
風邪を引いて学校を休むのは彼の何かが許さないのだろう。雨に濡れれば風邪を引く可能性が大幅に出る。仕方ないことだと私は思うがそれを許さないのがミドリンだ。
「止むまで待つの?」
「ああ」
「私の傘に一緒に入る?」
何だかんだしながらも日誌も書き終わってしまい、出していた筆記用具をペンケースに戻しながら言うと、彼は目線を窓から離し、目を丸くして私を見た。
なぜそんなに驚いているのか不思議だ。
「い、いいのか!?」
「いいよ。」
「しっしかしだな……」
ゴニョゴニョと口籠もり、何を言っているか分からないが、また顔を赤くしているので、あらかた予想は付いた。
「ほら!いいから帰ろ!」
気づいてないフリをして荷物を持って彼を引っ張って歩いた。
先に職員室に寄ってもらい日誌を出して昇降口で靴を履き替えた。
バサッと傘を開き、少し後ろで固まっているミドリンを早く、早くと急かすと彼は私の傘を見て少し、げんなりとした顔をしていた。
身長差が激しいのでミドリンに傘を持ってもらい2人で一本の傘に寄り添うように入った。体格の大きい彼と私が1人用の傘に入るのは、かなりぎゅうぎゅうで、これでもかというくらい密着して歩いていても彼の肩が雨に濡れてしまった。
別れ道まで来て2人の歩みは止まった。はてさてどうしようかと迷う。ミドリンに傘を貸そうか、ここからは彼に濡れるのを我慢してもらうか。
「桃井、うちに来ないか?」
「え?」
「肩が少し濡れているのだよ。」
それにお礼もしたいのだよ。と向かい合って肩を触られる。
小さな傘に顔を見合わせれば、かなりの近距離になってしまい嫌でも緊張してしまう。どきどきと、心臓が破裂しそうなほど早く脈打った。
繊細な手つきで私の肩は撫でられ、ビクッと肩が跳ねた。目を逸らしてぎゅっと目を瞑る。顔が熱い。先ほどの彼を笑えないな。なんて思う余裕もなかった。
「どうする?」
選択を迫られる。顔が少し近づいて、彼の長い睫にどきっとした。
「…行こう、かな」
ミドリンはそれから無言で、私も無言でさっきよりも密着して歩いた。
離れたくないと思ってしまって、肩にあたる彼の腕から温もりが伝わって余計離れがたくなった。
彼は私の手を取って歩いた。
全然嫌じゃなくて、むしろ肌と肌が隔たりなく引っ付く感覚が心地良くて、目一杯握りかえした。
恋する2人の相合傘
(時が止まってしまえばいいのに)
*130311
タイトルは瑠璃様よりお借りしました。
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