小説 | ナノ
 

はっはっ、とまだまだ軽快だった呼吸音も今やすっかり、はあ、はあ、と荒い物に変わっていた。
吸って、吐いて、吸って、吐いて、ごく当たり前に、無意識にしていた運動を今は意識的に、深く、少しでも楽になることを頭の片隅に考えて、呼吸する。

悲鳴を上げるふくらはぎと小振りになる腕を、無理やり動かし、荒い息遣いだけが耳に入って無理に意識を繋ぐ。

今にも倒れそうな直面に達していた。

何回見たであろう、この景色。
頭が何かに叩かれているような痛みに、クラクラと身体を蹌踉(よろ)めかせる激しい目眩。
火照っている身体とは裏腹に、冷や汗がサァッと流れたように、寒く感じる体温。

最後の最後に、青い空を見上げて、大事な幼なじみを思い出した。




私、頑張ったよね。











重い瞼をあげると、そこには真っ白な天井が目に入る。
自分にとっては、まるでドラマのような展開。
ぼぉっとする頭で、ドラマなら次は、と先の展開を考えながら身体を起こす。

ドラマならここで想い人が登場するはずだ。


「あ、桃井さん起きた?驚いたわ。持久走の途中で倒れちゃうんだもの。貧血みたい。体調悪いなら先に言わないとダメよ?」


近寄って来たのは、保健の先生で、軽い落胆を覚えながら、早口な先生の話しを聞く。

倒れちゃったんだ。私、

どこか他人事のように考えながら、倒れる寸前の、あの苦しさは貧血のせいであることに納得した。


「もう授業終わって放課後になっちゃってるから自分の好きなタイミングで帰っちゃって」


鞄と着替えはベッドの横に置いてあるから、と言い残し、役目を終えた先生は保健室を後にした。

茫然自失の状態で10分ほど過ごしてから、おずおずと制服に手を伸ばす。
制服を手に暫しの間、この場で着替えていいか、それとも更衣室に行くべきか悩んだが、保健室には自分以外の誰もいないし、来る気配も無い、それに更衣室に行くのはかなり面倒くさい。

決めてからは早かった。
汗だくのまま寝かされたせいで、少々不衛生にも感じ不快な体操服、さらには肌着まで脱いで、水色のカッターシャツを直に羽織った。


そのまま順調に着替えを済まし、保健室の引き戸を開く。


「さつき」
 
 
名前を呼ばれ顔を左に向けると、幼なじみが気だるそうに鞄を持って壁に凭れかかって立っていた。


「…大ちゃん」


聞き飽きるほど聞いてきたはずの声が今は凄く安心感のあるものに変わる。
中学に入り、周りの目が恥ずかしく、昔から呼んでいた名前を今更無理に変え、名字で呼んでいた。
久しぶりに、昔の呼び方をする。
中学に入った頃は、名字で呼ぶことに余所余所しさを感じ、距離が遠くなった気がして寂しかったが今やすっかり慣れていた。
しかし久しぶりに名前で呼ぶと、隠れていた溝のようなものがハッキリ見えた。


「焼き肉行くぞ」

「は?」


感傷に浸っていた自分を余所に突拍子もないことを言い出す幼なじみに目を丸くする。


「ななな何で!?」

「貧血にはレバーが効くって緑間が言ってたから」


さっさと行くぞ。と、いまだに思考が追いつかない自分になど目もくれず、スタスタと前を歩き出す幼なじみの背中にハッとし、置いて行かれないように駆け足で横についた。


「早いよ!」

「お前が遅ぇんだろ」


配慮に欠けるぞんざいな扱いに、むっと頬を膨らませる。
それを見た幼なじみは溜め息をついて軽くはにかんだ。


「わーったよ」


ゆっくり歩けば良いんだろ。と半ば呆れ気味に言えば歩調を合わせてくれる。


「大ちゃん、手繋ご!」

「はぁ?嫌に決まってんだろ」

「良いじゃん!昔よくしたし」

「いつの話しだよ」


嫌そうにしながらもポケットに突っ込んでいた手を出してくれる。
久しぶりに繋いだ手。
知らない間に随分大きくなってしまった。いつの間にか身長差も激しくなった、顔を見上げるのも首が痛くなってしまうほど。
変わってしまった、自分も幼なじみも



「大ちゃんこれからも一緒にいようね」

「………」


幼なじみは何も言わなかった。
しかし確実に繋いだ手に力が籠もっていて、少し痛いような、嬉しいような、不思議な気持ちになった。








変わらないもの





*130208



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