小説 | ナノ
隣に座る黄瀬の視線が鬱陶しい。
早く着きすぎてしまい、俺と黄瀬以外、誰もいない部室に置かれた長椅子に座っていた。
黄瀬はさっきからソワソワ、落ち着きがない。
ちらちら俺を伺うのも気に食わない。隠し事では無いように見えた。
何か言いたいことがあるなら言えっつんだ。
「黄瀬」
「ななな、何スか!?」
明らかに名前を呼ばれた事に対する動揺を見せる黄瀬。コイツは演技をするのが超絶下手くそだ。それは付き合ってから知ったことだった。
まあ分かりやすいのは嫌いじゃない。
ただ、だらだら焦れったいのは嫌いだ。
「黄瀬、言いたいことあんなら言え」
「な、無いッスよ!」
そんなのあるわけないッス!と必死になる黄瀬。余計怪しいし、余計気になる。
「じゃあちらちら見てんじゃねーよ鬱陶しい」
「すみませんッス……」
黄瀬はシュンと元気を無くした。
そんなことされたら俺が悪いみたいじゃねーか。確かに「鬱陶しい」は言い過ぎたかもしんねーけど、
「テツたち来ねーな」
「…そうッスね」
元気付けようと、テツの話しを持ち出しても黄瀬には変化は無く、話しも途切れてしまった。
何時もなら尻尾振って食いつく話題なのに、
長く重い沈黙。
重苦しい空気に、30分間くらい経った気がするだけで実際一分も経って無い。
ただ、カタ、カタ、と壁に掛けられた時計の、秒を刻む音だけが耳に入った。
「…黄瀬、」
耐えきれず、名前を呼んだ。
でも次の言葉が浮かばない。
頭の中は憎らしいほど真っ白。
「何がしてーんだよお前」
勝手にきつい口調になった。
頭は真っ白なはずなのに、反対に口は勝手に動いていた。
「青峰っち…その」
「なんだ?」
「笑わないで欲しいッスけど……」
「おう」
やっと話す気になったのだろうか。
なら勿体振らずさっさと言って欲しい。
我慢には限界がある。
「き、キス、したいなーって………」
「は?」
自分の耳を疑った。
「だ、だから言いたくなかったんスよ!そ、そんな反応するって分かってたし!でも俺たち付き合って1ヶ月くらい経つし、そりゃキスくらいしたいって思うに決まってるじゃ無いッスか!…でも」
黄瀬は泣きそうな顔になって一方的に喋ったかと思うと、はぁ〜っ、と深い溜め息をついて手の平で顔を覆った。
くぐもった声になって、聞こえ辛くなる。
「でも俺だけ、キスしたいって思ってたら嫌じゃないッスか。すげー恥ずかしいヤツじゃ無いッスか、そんなの……」
「……馬鹿じゃね?お前」
「んなこと知ってるッスよお!」
ムキになる黄瀬。
本物の馬鹿が目の前に居た。
でもそれすら愛おしくて、笑みが洩れた。
馬鹿だなあ。
そんなの、悩まなくてもいいことだろ。
だって俺だって気持ちは一緒だし。
「したいならすれば?」
「え?」
「キス。したいんだろ?」
「っ〜!」
ニヤリと笑ってやると、黄瀬の顔が茹で蛸みたいに真っ赤になって、今にも蒸気が出そう。思わず加虐心が擽られた。
「しねーの?」
別に良いけど。と素っ気なく言うと肩をガシッと捕まれた。
「す、するッス!」
黄瀬の喉仏が上下した。
唾を飲んだのだろう。
そんなに緊張されたら、こっちまで緊張してくる。
「ん…」
「早くしろよ」
「い、いざというと、出来ないッスよ〜!」
黄瀬の手のひらが頬に触れる。
10センチ程度まで距離が縮まって、ピタリと、黄瀬の動きが止まってしまった。
もどかしさに苛々するが、それは黄瀬も同じようだ。
「していいのか、悪いのか悩むっつーか…」
「いいっつってんだろ」
「で、でも…」
めんどくせー
「あああ青峰っち!?」
ぐい、
黄瀬の胸倉を掴んで引き寄せた。
強引に合わせられた唇。
感触など感じる暇もなく、すぐに手を離した。
「やるならちゃっちゃとしろ、馬鹿」
ポカンと、間抜け面。
黄瀬はその数秒後に笑顔を作った。
「ははっ青峰っちが照れてる」
「うっせ」
服の袖で強く口を拭くと、酷いッスよ!と喚く黄瀬。
「だまれだまれ!」
「青峰っちも緑間っちに負けない位ツンデ…「誰がツンデレなのだよ」
「うわっ!」
「こんにちは」
ガチャリ、と突然開かれた扉の先に居たのは緑間とテツという、何とも珍しい組み合わせ。
緑間の怒りの籠もった低音に、ひぃぃすみませんッス!と謝る黄瀬。
緑間は容赦なく黄瀬の両方の頬を摘んでいた。
「全くお前ってやつは!両方の頬を引きちぎるのだよ!」
「ふぃあへんっ!ふぃあへんっス!」
もう見慣れた光景。完全に蚊帳の外だ。別に疎外感は感じない。あれは2人の、いわばスキンシップみたいなやつだ。
「とか言いながらホントは少し寂しいんじゃないんですか?」
「ば…っ気配消して近づいてくんなよ!」
「青峰くんがあまりにも哀愁感を感じさせる佇まいだったので、つい」
心を見透かされた気分だ。
テツの瞳には俺が映っていて、目を合わせられなくなった。
「……寂しくねえよ。別に」
「…そうですか、なら良いですけど」
テツは鞄から取り出した水筒でお茶を飲んだ。
優柔不断な君の唇
*130121
タイトルは瑠璃様よりお借りしました。
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