小説 | ナノ
※監督目線
「監と、中谷先生いらっしゃいますか」
昼休み、職員室に訪ねてくる者の中に、一際大きい人物の聞き慣れた声。自分の名前を呼ばれ、中谷は顔を上げた。
「どうした」
中谷が返事をすると、緑間は「失礼します。」と丁寧に会釈をし、中谷のデスクまで来た。手には緑間の体格には小さく見える、「英文法」と綺麗な字で書かれたB5のノートと、シャープペンシル。
「先ほどの授業で分からない所があったのだよ」
「何処だ」
緑間にしては珍しいな。と中谷は思いながらも、緑間から開いたノートを受け取り机に載せた。
簡潔に、尚且つ重点を抑えた全体的に纏まりのあるノートの上に緑間のテーピングの施された人差し指がトン、と一カ所を指す。
「ここがよく分かりません」
「ふむ。」
胸ポケットからボールペンを取り出し、授業で説明した所をもう一度、細かにして話す。緑間はそれを熱心に傾聴していた。
「これくらいなら緑間には簡単なのではないのか?」
中谷は先ほどの些細な疑問を説明を終えた後、直接聞いた。すると緑間は歯切れが悪く、頬をポリポリ掻いた。
「高尾が、今日は風邪で休みなのだよ」
「そうだな」
午前中に行った授業の時に出欠を取った時に、高尾の休みを知った中谷は頷く。
緑間の答えじゃ、まだ理由が分からない。
「高尾は休んだら俺にノートを借りるのだよ。今日の授業は少し内容が難しかったように感じたので…多分高尾じゃ分からないのだよ。だから俺が分かりやすく高尾に説明できるようになっておけば…と思っただけなのだよ。」
緑間は照れ隠しに眼鏡のブリッジを左手で上げた。
中谷は完全に虚を突かれた気がした。
つまり緑間は、高尾のためにわざわざ職員室に赴いたということだ。高尾が次の授業の時、授業について行けるように。休んでいる間の授業にもついて行けるように。
入学時の緑間では考えられない行動。
「高尾には、その…」
「言わんよ」
「ありがとうございます。じゃあ、失礼しました。」
緑間は、ばつが悪そうに、足早に職員室を後にした。
その背中を、ぼーっと見つめながら、中谷は微笑んだ。
緑間は変わった。
中谷は常々思う。
中谷は最初はどうなるかと不安になったりもしたが、すっかり緑間もチームに馴染んでいて、分かり辛いが楽しそうにすら見えた。
「余計な世話だったのかもしれんな」
子供は無限大だと思う。
中谷から見れば、背が190を優に越す緑間もまだまだ子供。
ちゃんと見張っていないと心配になる。
しかし、その心配も無用なようで、自分の見ていない所でしっかり成長している子供たちに、嬉しいような、少し寂しいような、何とも言えない気持ちになる。
「しかし、授業が分かり辛いとは…俺もまだまだ、ということか。」
中谷は一度深呼吸をして、また机に向かった。
知らない所で確実に
(その成長の支えになれたら)
*130114
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