「トリック・オア・トリート」
「Trick or Treat、ですよ、燐」
「お前、発音いいなぁ」
「兄上はもっと綺麗ですよ」
最近できた向こうの世界の兄達
遊んで、殺し合って、
世界を、神を敵にして、それでも
こうして会話できる
余裕が出来立てきた秋口。
正十字学園都市
ハロウィンパーティー当日。
その日、奥村燐は双子の弟の雪男とはぐれ、そこでアマイモンと出会った。
魔女の帽子を被ったそれは、日頃目印のトンガリを隠すのも一役かっているらしい。
鋭い八重歯も、尖った耳も、今日は仮装、と言うわけだ。
「燐?Trick or Treat?」
「あー、わかった、わかった」
小さく包装されたクッキーに、身近な者だけが判別できる無表情が目を輝かせた。
「わーい、カボチャ味です」
「って、食べるのはやっ!?」
無邪気に咀嚼する姿はとても悪魔の王には見えない。
「俺、お前を殺しかけたんだよなぁ」
しかしなんとも平和な光景に燐は苦笑し頭を掻く。今でも当時の話をするとあの理事長の頬は引き攣るし笑みは凍る。相当ヤバい状態だったのだろうとは思うが良くは知らない。その当事者は無関心に、今、菓子を食べている。
「はい、殺されかけました」
「なのになにも言ってこないよな、
お前も、メフィストも」
そう。顔色が悪くなる癖にメフィストも、アマイモンも燐や雪男に何かを言うことはないのだ。
「罠かもしれない」といつだったか雪男が警戒するよう注意をしてきたこともある。それでも…
(これが罠、ねぇ…)
どうにも悪魔というよりは手のかかる子供にしか見えないのが現実なのだ。
「アマイモン様」
だから、自分の背後、アマイモンを呼ぶ声に反応が遅れた。
「ウィルですか」
「はい、ご無沙汰しております」
振り向けばカボチャを被った男がひとりいて、アマイモンは悠然とその前面に立ちはだかった。
(いつの間に
…それにアマイモン様って)
悪魔を様付けする男が気になって、燐はアマイモンの背後からひょっこり覗き込んだ。
中肉中背。お化けカボチャを頭から被ったその男の顔は、判らない。しかし、どこにでもいる人間に見える。
眺めていたら目が合った。
「彼は誰ですか?」
「彼は燐です、僕の弟のようなモノです。ハジメマシテ」
紹介されて、燐は頭を軽く下げた。
「はじめまして、奥村燐です」
「メフィスト・フェレスです☆」
すぐ真横でした声にぽかんとした。慌てて横を見れば白い道化師の姿。メフィスト・フェレスである。
「兄上!」
驚いたのはアマイモンも同様だったらしい。硬直した俺とは違い、すぐに脇を走り抜けて飛び付くところが見えた。
「こんな所にいたのか☆」
それなりの勢いがあったはずだがふらりと揺れただけで倒れなかった長身。にやりと笑う横顔に、あ。こいつ案外鍛えてるな、と思ったのは秘密だ。
「まったく、はぐれるなと言っておいただろう…とんだ重労働だ」
「兄上すいません」
その肩を抱きながらメフィストはひょいと手に持っていた包みをカボチャ男に投げた。軽い音を立てて飛んだそれは次の瞬間、カボチャを深々と突き刺している。
「ってええ!?刺さってるぞオイ」
「当然です、刺しましたから☆」
可愛いじゃないですか☆と指差す先にあるのは巨大な蝋燭。色とりどりの蝋燭を刺されたカボチャはまるでバースデイケーキのようにも見えた。焦る燐に、喜びの声を上げたのはカボチャ男。
「ありがとうございます!!」
え…、と固まる燐を不思議そうに眺めていたアマイモンだがおもむろに指を鳴らすと手のひらサイズのカボチャをぽてん、とカボチャ男の頭を落とした。ご丁寧にお化けカボチャにカッティングされた品である。
まるで亀の親子ならぬカボチャの親子に固まっていた燐の口元が緩む。
全く同じような間抜け面。まさにカボチャの親子だとにメフィストは爆笑した。
「あっはっはっ☆なんて間抜け面だ」
堪えきれず燐も笑い出し、そこでようやく男は子カボチャに気付いたようだ。
「燐、兄上も笑いすぎですよ」
「そうですよ、笑いすぎです☆」
「お前もだろーが、メフィスト」
反論すると、少し種類の違った笑みを浮かべて道化師が言った。
「私はこの悪党に蝋燭をくれてやったからいいのです☆」
「僕もカボチャをあげましたしね」
「えー、じゃあお菓子…ってお前全部食べてんじゃねーか!!」
燐の絶叫にアマイモンは薄く目を細めたようだった。
「じゃあ燐。今年は燐が蝋燭に火を点けて下さい。」
「ほう、それは面白い」
「え、それって」
どういうことだと見やれば、
「青い炎でお願いしますね」
とメフィストにダメ出しされて、
前を見ればキラキラとこちらを見つめるカボチャの熱視線。
どうにも断れる雰囲気ではなかった。
「ど、どうなっても知らねーぞ!!」
簡単でしょう?と挑発されて、それでも用意された蝋燭を何本がダメにして。
ちょっと焦げた子カボチャに火が灯った頃には、辺りは暗闇に包まれていた。
「ありがとうございます」
「ではウィル、また来年」
「さっさと堕ちろ極悪人」
大切そうに、それこそ我が子のようにカボチャを抱いた男は、何度も何度も礼を言って去っていった。何故か頭に残っていた1本の蝋燭にも青い炎のオマケ付きで、である。
「燐さんもありがとうございました。これで今年も乗り切れそうです。」
「ん、じゃあまたな」
よく判らないなりに手を振って。
妙に静かだと燐が振り返った時、そこにはメフィストの姿もアマイモンの姿も既になかった。
ただ足元に見慣れないキャンディが2つ落ちていて、燐はそれこそ悪戯が成功した子供のようににししと笑った。
(…てことがあったんだよ雪男)
(成程。僕も会いたかったかも)
(なに?有名なのか、アイツ!!)
(兄さん、昨日の授業に出たよ)
[ハロウィン逸話/ウィルの火種より]
天使を騙し生き返ったウィルは再び死んだ時、怒った天使によって天国と地獄、どちらにも行けなくされてしました。永遠の闇をさ迷う彼を哀れに思った悪魔は、地獄の炎が燃える石炭をひとつ、贈ります。その火種を手に、彼は今日も永遠の闇を旅するのです。
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