小説 | ナノ

雲行きの怪しくなり始めた空模様は、まるでこれからの学園生活を暗示させるかのように、波乱の空気を連れての突然の大雨となった。


【式典後閑話】


そんな最中であっても兄の態度は普段どおりで、あの入学式前に垣間見た―…嫉妬、らしき感情は跡形も消えてしまって無いようだ。

「寮、結局住むのは俺達だけらしいぜ!」
「まあ、お金持ちの子達が多い学校だからね。しばらくホテル住まいになる子達もいるらしいよ」

僕達に宛がわれた寮は、旧男子寮。
本来一般の生徒達と同じ、数年前に建て替えられたばかりの真新しい寮に住むはずだったが、数日前の大雨の際、なんでも部屋に不具合が起きたらしい。雨漏りか何か。とにかく急遽寮が使用できないと通達を受けた一部の生徒たちは途方に暮れ、僕達はこうして渡された鍵を手に旧男子寮に向かっている。

最初、その話を聞いた理事長から「しばらく私の屋敷で過ごしませんか?」と言われていたがそれは丁重に断った。あとで兄に相談したほうが良かっただろうか、とも思ったが、そんなチャンスをあの老人が見逃すとも思えない。どこからか聞き付けてやって来るに決まっているのだ。

「…おやおや、友人の大切なお子さん達を放り出せる訳がないではないですか☆」

そう食い下がった理事長だったが、雪男が首を振るとあっさりと引き下がった。彼自身もあくまで社交辞令の延長だったのかもしれない。ポン、とその後に差し出された書類の束が、いま考えると本命のような気がしてくる。全て不動産関連の、学生向けマンションやアパートの類で、おそらく彼自身が選んだのだろう、そのどれもが―…破格の値段だった。

「…流石に学生で家賃○万円はないよね、兄さん。」
「え?そんな奴がいるのかよ!」

遠い目をして呟いた雪男に、燐が食いつく。これだから金持ちは!そう憤る兄を横目で見ながら、雪男はつい先日の、まだ数日しか経っていないやり取りを思い出していた。

流石にこの歳で破産なんてしたくありません!そう突き返した雪男に理事長は首を傾げた様だった。そうして、紹介されたのがこの旧男子寮だ。

あまりお勧めできませんが。そう言って残念そうに笑う、彼にとっての常識は雪男が突き返した書類の向こう側にあるのだろう。

しかし、修道院で暮らしてきた雪男達には十分過ぎる待遇だ。決して口に出したりはしなかったけど。

「…あれが俺たちの寮?」
「うん、もう荷物の搬入は終わってるって。」

おおー!そんな声を上げて駆け出した兄の後を苦笑して追いかける。
その時、ふと顔を逸らした雪男の視界に、ゆっくりと滑り出した車が目に入った。
一見して高級車だとわかる黒塗りの車は、自分達を通り越し、繁華街の方へと進んでいく。

自分達とは明らかに違う世界を体現するその存在感。僕達があんな車にお世話になることなんて一生ないんだろうな。そんな少年特有の憧れや、分別をわきまえた理性との、どこか複雑な心境でぼんやりと目で追っていた雪男だったが、その後部座席に乗っている人物を認識した瞬間、余りの意外さに目を見開いていた。

「―…しえみ、さん…?」

 それは、幼い頃から知る、病弱でどこか浮世離れした雰囲気を持つ少女の名前だった。




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