「こんにちは、お前が燐ですか?」
その日、研修医として初日を迎えた俺の目の前に現れたのは、ほっそりとした…どこか異国を感じさせる少年だった。
…染めたのだろう、緑の髪。
近付いて見てみると、その少年は見事な水色の瞳をしているのだと気づく。
人間に緑色の髪なんて不自然なのに、少年にはなぜか不思議と似合っていて、俺は心の底で密かに感心した。
見た目は高校生ぐらいか。俺とは10歳程度は離れているだろう少年に、"不良"の二文字が躍ったけれど、少年は少なくとも俺よりこの院内を熟知しているらしい。
すぐ側にあった俺が乗ろうとしていたエレベーターには乗らずに、長い廊下を越えた先にあった、小さなエレベーターの上りボタンを押す。
すぐに来たエレベーターに乗り込んだ俺は、横目で少年を観察する。
カラカラと点滴台が音を立てて、ソイツが歩くたびに、小さく揺れる輸液チューブ。
名前を確認したかったが、手首のリストバンドも、点滴の名前テープも俺の位置からは読み取れなかった。見せてくれとも言いにくく、俺は黙って少年の先導を受けることにする。
(…これはただのビタミン剤か)
チラリとぶら下がった点滴袋を見てそれだけを判断する。ごく一般的なそれだけでは、少年の疾患まではとても読み取れそうになかった。
道に迷ったと言った俺をソイツは笑わなかった。ニコリともせず、ただ一瞥するとエレベーターを下りた俺の手を引いて歩く。
「…ココです。」
長い廊下やフロアを横切り、曲がりに曲がり、たどり着いたのは何処か見覚えのある無機質な扉。
そっと扉を開けると、それに気付いたらしい同期の奴が声を上げた。
「ああー、奥村君!!若先生、奥村君が来はりましたよ―!!」
「兄さん!!全く…探したんだよ!?」
同期の志摩が声を上げ、その声に気づいた今回の引率者ー…俺の弟で、既に第一線で働いている医師免許保持者の雪男が近付いてきて辺りは騒然となった。
「ああ、わりぃ。でも親切な奴が案内してくれたから、」
「は?ココまで?」
「兄さん、ここは事務所とか会議室しかないフロアだよ。いくら何でも患者さんがここを知ってる訳がない」
ここ結構広いし。そう続けた雪男の声に俺は黙った。黙った俺に志摩の声が続く。
「それに場所を知ってるとしても…俺らの班のオリエンテーションの場所やって、分かる訳がないやないですか」
「え?…だって」
振り返った俺の背後に、すでに少年の姿は無かった。
【急に辺りのざわめきが大きくなったような気がした午後3時の出来事】
突発的に活用できるものを活用しようとやってみた。
[novel-top]