いつからだったか。
いつもうるさく遊べと言ってくる弟が何も言って来なくなった。
毎日ふらりと無限の鍵で遊びに出かけては帰ってこない。それでも毎日、朝食の時間になるとやはりふらりと現れては共に食事を摂るのだ。
「あ、兄上」
「珍しいな、アマイモン」
その日、
朝食の準備ができたと呼ばれてみると弟がすでに席についていた。
そのこと自体は最近、
珍しい事でも無かった。
それでも私は言うのだ「珍しい」と。
以前は私が起こしても起こしてもなかなか起きれなかった癖にと。
最近、起きている様をみる度に僅かではあるが何故か胸が重たくなる。
起きて待っていたのを初めて目撃した際は、執事共々とても驚いた。
珍しく私直々に
褒めてやったのを覚えている。
…あれがいけなかったのだろうか。
「…食事に手をつけていないのか?」
「来てすぐ兄上が来られましたので」
「成程。」
ー…そう、ハムスターになっていた弟が人の形を取り戻してすぐの頃。
「起きれました、兄上」と。
普段より少し高い声が耳に心地良かった。ただそれだけだ。
「兄上?」
「…、お前も腹が空いただろう。食事にしよう」
「ハイ、兄上。」
僅かばかりの感傷を首を振って追いやり、私は席に着く。
「あの賭け、
…今のところどうなんですか」
「奥村燐に関しては未だシェラが担当している。当分はこのままだな」
「そうですか」
兄弟水入らずの食事。
しかしその内容は和やかとは言い難い。最近専らの話題はあの末の弟の話が多かった。
「父上も今回は間が悪かった、
と笑っておられました」
「…お前、父上と会ったのか」
「ハイ、お元気そうでしたよ」
あの末の弟を騎士団に認めさせる為に仕組んだ遊戯。
事情を知る一部関係者にはそう認知されるかの一件。
しかし、その側面を知るのは自分とこの愚弟だけだ。
つまるところ…
「わざと負けたり欺いたりと、なかなか上手くなったと褒めていただけました。ああ、兄上もたまには帰って来いとの事です」
「ふん、父上もお前にだけは甘いな。」
「そうでしょうか」
賭け。
あの一件の本質は騎士団を賭けに乗せることにこそ意味がある。そうして先の大戦で忘れられがちだが、今も賭け自体は続行されているのだ。
そしてこの弟は
恐らく気付いているのだろう。
奥村燐。
あの青い炎は人間にも悪魔にも派手な目眩ましだと言うことに。
「さて、じゃあそろそろ行こうかな」
「お前、最近どこに出歩いている?」
ふと疑問に思い、放った言葉。
空になったカトラリーを残し、立ち上がろうとした弟は律儀にも着席した。
「…色々です」
「色々だと?」
「はい。
最近は人間を勉強していました。ただ街中だと目まぐるしくて煩わしいので今日は裏の森に行ってみようかと」
「虚無界へは?」
「イエ、先日の報告を兼ねて殆ど強制的に帰省させられただけですので。
まだ暫くは物質界に居ようかと」
「そうか☆
たまには夕食も一緒にどうだ」
それは何より、と頷いた私に弟は首を傾げた。裏の森はここからそう遠くない。しかしアマイモンにこの申し出は少し意外だったようだ。
「兄上、仕事は?」
「今日中には片が付く」
…珍しく疑問符がついたな。
それに気を良くした私に疑問を覚えなくも無かったが更に言葉を重ねる事にした。
「ここ最近、
屋敷で夕食を摂ってないそうだな」
弟が夕食の時間にも帰宅しない事は執事からも既に報告が上がっている。実際、用意された2人分の食事が手を付けられることなく冷めていく様を私自身、何度か目にしていた。
「ご存じだったのですか」
「―…ああ」
弟が邪魔をしないおかげで仕事が捗る
その程度にしか考えていなかったがその仕事にも目処がついた今、弟の行動に疑問を覚えたのも事実。
「久しぶりの夕食だ。嬉しいだろう」
「え…ああ、ハイ、嬉しいです」
弟は、
無表情の中ほんの僅かに瞳を細めた。
「なんだ、嬉しいならもっと嬉しそうに表現してみせろ」
その些細な変化を認めて、私の目が彼よりもずっとはっきりと細められる。
昔から私の一言に、こうして弟が反応する様を眺めるのは嫌いではなかった。
善くも悪くも自分の欲望に忠実なこの悪魔は自分の感情を偽らない。その行動は幼い子供の様で、欲望よりも感情に忠実と言った方が正しいのに。
感情表現が恐ろしく下手なのだ。
残念なことに。
ただ、こうして不器用ながらも喜ばれるのは悪くない。また誘ってやろう。
「ハイ、兄上。とても…嬉しいです」
「…あ。」
やはり、なんだかんだ言ってこの無表情が崩れる瞬間が私は大好きなのだ。
†††
シリアス目指して撃沈
アニメと原作が混ざっています
兄上は弟が大好きだと嬉しい
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