小説 | ナノ




「ナイショだよ」

そう人指し指を立てて笑う。そんな雪男に俺は逸る心のまま、元気に返事をした。「僕の話を聞いてた?」なんてたしなめられたけどそれさえ今の俺を制止できる筈もない。

「中級の祓魔師になると重霊地直通の鍵を持てるんだ。」

ショッケンランヨーなんじゃねーの?って聞いたら笑ってだから「秘密」なのだと返された。



「行こう、京都へ」




【HAPPY NEW YEAR】



京都の有名だというそのナントカ大社に俺と雪男がたどり着いた時、やはり大晦日から新年の深夜を神前で過ごそうとかなりの人でごった返していた。

「すっげえ――!!」

「兄さん、頼むから面倒事を起こさないでね」

早速、と出店に向かおうとした俺の襟首を掴んだ雪男はそうそうに釘をさしてきた。

「えー、でも寒いじゃん?ほら、甘酒100円だってさ〜!!」

「はぁ――…甘酒だけだよ」

雪男はコートにマフラー。色も黒だからか普段とあまり代わり映えがない。あ、下がジーンズになったぐらいか。ただ吐く息が真っ白で顔色も白い。俺には寒そうに見えた。

逆に俺はと言うと、雪男に暖かい格好をしろと言われてたからか余り寒くない。ダウンジャケットに手袋とマフラー。おまけに倶利伽羅まで背負っている訳で、俺の横を歩き難そうに人が避けて先へいく。何だかちょっと申し訳なかった。ごめんな、婆ちゃん。


そして、やはりと言うか…食い盛り、育ち盛り、な男が2人もいたら甘酒だけで済む筈もなかったのも言っておこう。

なんだかんだ言って雪男もこのお祭り気分を楽しんでいたようだった。屋台を巡りながらお互いの皿を交換したりと夜が更けていく。

「あ!!鍵がない…!!」

雪男のそんな声が上がるまでは。

∨∨∨∨∨


「雪男…!!あったか!?」

「いや、あっちの屋台には無かったよ!!」

境内に向かう参道とは違う外れた小道で俺と雪男は待ち合わせをしていた。山に向かうだけのその小道に、当然ながら人は居ない。

「うーむ、これで全部、心当たりは回ったぞ…もう1回行くか?」

「いや、もう1度荷物を確かめよう。兄さん、ライト持ってくれる?」

「んー…俺が炎出した方が明るいんじゃねーの?」

「駄目だよ。誰かに見られたら大事だよ!!」



「なにが駄目なんですか?」

背後からいきなり声をかけられて俺達は飛び上がる程驚いた。


「メフィスト!!」「アマイモン!!」


なぜか参道とは逆の、山道から歩いてくる2人に俺達は別々の名前を叫んだ。

「これ雪男のです。落ちてました」

そうして放り投げられた鍵束に、再び俺達が叫んだのは言うまでもない。






「なるほど、鍵束を留めてた金具が破損していたのでしょう☆」

「注意して下さいね☆」と、一通り事情を説明した雪男にメフィストは大様に頷いた。

内心、鍵の無断使用を咎められると思っていた俺はメフィストの態度に拍子抜けしてしまった。

4人で並んで傍のブロック壁に座る。メフィストの出したココアを飲むことになったが、緊張していた所為か温かさが胃に染み入るようだった。

「私用で京都に来ていたのですが…」

「フェレス卿…あの、アマイモンはどうかされたのですか?」

言いにくそうに雪男は口を開いた。

「ん?……ああ☆」

そこでようやくアマイモンに意識が向いたらしいメフィストはアマイモンの肩を抱き寄せた。

一方、アマイモンはと言うといつもは元気に、それこそ俺と同じようにこのお祭り騒ぎにはしゃいでいるものだと思っていたのに、メフィストの肩に頭を預けて大人しくしている。

「アマイモンは祝宴に呼ばれたのです。ですが、そこの酒が少々強かったようで…イヤイヤ、世話の焼ける弟です」

そう言って嬉しそうに笑うメフィストも、どうやら酒が少し入っているらしい。普段ならたとえアマイモンの事を弟以上に大好きでも決して表情には表さない筈だ。

「祝宴…年末年始ですからね」

アマイモンは終始べったり、垂れかかるようにメフィストに全身を預けている。それは、甘えているようにも、疲れているようにも見えた。

そうかと思えば時々、あー、とか、うー、とか声にならない呻きを落としているから、一応意識はあるらしい。

ただそれだけなのに、その姿は酷く官能的で気だるげに上げられる視線に息が詰まりそうな錯覚を覚えた。

いや、実際に詰まりそうになる。辺りは噎せ返る程に花の香りが充満していた。普段なら抱きついた時とかに少し、それこそ香水か何かのように僅かに香るだけのそれが、今日は距離をとってもなお、強い。どこか懐かしいような、甘い、清涼感のある花の香りがした。

そう思ったのは俺だけじゃない筈だ。そう思って隣の雪男にこっそり聞いてみた。

「なあ、アマイモンの花の香り…何の花だっけ」

「ジャスミン…じゃないかな。あと数種類は混ざっているようだけど」

うとうとと瞳を開けたり閉じたりする感覚が段々と長くなってきている。あ、アマイモン寝そう…そう思って見ていたら、メフィストがアマイモンに何かを2、3言告げたらしい。小さく頷いたかと思うと、今度こそアマイモンは目を閉じてしまった。

見れば髪先が夜露に濡れて色味を若干かえている。まるで顔を縁取るように、頬に貼り付いていた。





4人でどれだけそうしていたか。無言でただ時間が過ぎていく。遠くから新年を迎えようと集った人のざわめきが心地よい。

「――…来ましたね」

今まで寝ていたはずのアマイモンが突然跳ね起きた。咄嗟にメフィストが肩を掴んでいたが。

辺りを伺えば、シャラン、シャラン、と涼やかな金属音がする。

―シャン!

ひときわ大きな音と共に表れたのはひとりの山伏だ。軽々と高下駄を履いて、手には錫杖。その表情は天狗の面を被っているために読めなかった。

「…………」

ペコんと頭を下げた彼は、無言で手にした錫杖で空を指した。

「ああ、もうそんな時間ですか」

「…………」

アマイモンの声に山伏はコクコクと頷く。何気なく時計をみた雪男は時間に驚いた。

「11時40分…!!」

「おい、雪男!!お参りっ…行ってこねーと!!」

「お参り?…お参りとはなんですか兄上」

「新年を迎えたら人は神社などで神に今年の御願いをするんだ☆」

「お願い…」

「無病息災、家内安全、学業成就…まあ、願い事に決まりはないがな」

「ふーん…」

あわてて立ち上がった2人を尻目に、そんな会話を繰り広げていたメフィスト達は、ちょんちょんと裾を引っ張る感覚に揃って振り返った。

「…………」

見れば、自分を指差し、悪魔兄弟を指差し、次いで奥村兄弟を指す山伏の姿。その姿にアマイモンは小さく笑った。

「…奥村君、君たちは来る新年、何を願うのです?」

背後から掛けられたメフィストの声に2人の足がピタリと止まる。


「よろしければ、一緒に新年を迎えませんか?」





除夜の鐘が、鳴り始めた。

∧∧∧∧∧



豪!!と耳元を風が唸り、過ぎていく。夜店や灯籠の灯りが段々と小さく、ただの煌めきになる時になって燐は叫んだ。

「すっ…すっげえぇぇぇー!!!」

どれほど叫んだとしても咎める者はいない。雪男は突然の出来事にまだ思考が停止していたし、メフィストやアマイモンは燐の態度にある程度予測が出来ていたのか涼しい顔だ。なにより今、4人は空の上に居たのだから。


「山伏のオッサン、お前クロみたいに巨大化できたのか!!」

「彼はこの周辺に棲む山天狗です。つまりは僕の眷属にあたります」

興奮のまま喋る燐に答えたのは隣のアマイモンだ。4人は巨大な鳥の姿になった山伏の背中に乗っていた。

「…祝宴に来てくれた礼だそうです」

「祝宴、ってお前の?」

「ええ、御神酒を分けてくれました。美味しかったです」

鳥は悠然と羽ばたき、さらに高度を増していく。あまりの高さに目眩がしそうだ、と燐と雪男は思った。お互いに顔を合わせる。


「おや☆これはこれは…」

メフィストの声に視線を戻すと、目の前を黒い翼が横切った。それも、ひとつではない。


「我らが地の王」

「その御令兄におかれましては」

「此度の新年」

「無事に迎えられしことを」

「心よりお慶び申し上げる」


人影が、ぐるりと円を描き中空に浮いていた。同じ山伏の格好をしている者達はどうやら鳥の仲間らしい。

皆、それぞれに天狗や狐の面で顔を隠しているところも、先程の山伏と全く同じである。違うのは、彼らの背に烏のような黒い羽根があることぐらいか。


「ありがとうございます☆」

「お前達も良い年を」

アマイモンが答え終わるや否や、ぽん、と音を立てて彼らは掻き消えた。慌ただしい奴らだな。そう思った燐の頭にパラパラと何かが降ってきた。手を出すと簡単に、そして徐々に積もるそれ。同じく受けとめたらしい雪男が首を傾げた。

「…雪?」

「違います雪男!!これ金平糖です!!」

アマイモンの声にまじまじと見詰めてみると、確かにそれは色とりどりの可愛らしい金平糖だった。

「金平糖…天狗が金平糖…」

何やらショックだったらしい雪男を余所に、アマイモンはひとつ口に放り込むと破顔した。

「すっごーく美味しいんですよ♪」

「ん〜…ホントだ、まじウマ」


一つ口に含むだけであっさりと溶けた金平糖は仄かに甘く、初めて食べる筈なのにどこか懐かしい味がした。


「激レアですよ?よく味わって下さいね☆」

「…だってさ。ほら雪男も…口開けてみろよ?」

「うーん、僕はあんまり甘いのは…」

「スキヤキっ!!」

「むぐっ!…兄さん、それを言うなら隙ありだよ…ってホントだ美味しい」

もうちょっと可愛く食べさせてくれないかな、なんて考えつつも広がった甘さに雪男も微笑った。

「兄上、兄上」

そんな2人をじっと見ていたのはアマイモンだ。

「僕もヤりた――…うにゅ」

同じように、メフィストに実行しようと袖を引っ張ったら逆に口の中にコロンと入れられてしまった。どうやら見ていたのはメフィストも同様らしい。

「帰ったら1つ1つ、108個…喰わせてやろう」

「そんなのすぐに食べてしまいますよ、兄上」

「お前が望むならそれ以上、な」

不満げな顔をしていたのだろう。そんなアマイモンにだけ届く声でメフィストは囁いた。

「じゃあ僕も兄上に食べさせてあげますね♪」

「ああ、食べさせておくれ」


そう言って笑い合う2人に、あとの2人も加わって4人で眼下に広がる夜景を楽しんだ。

「さあ、カウントダウン開始です☆」

どこからか取り出したクラッカーを準備しながらメフィストが声を上げた。


「よし…5!!」

「4」

「3☆」

「2」

「1」


『『『『0』』』』



寒空の下、
クラッカーの音が盛大に鳴り響いた。




【明けましておめでとうございます】


みなさん、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。詰め込み過ぎて補完できていないお話になりました…。余談ですがジャスミンの花言葉は官能だそうです。今年もメフィアマな1年にしたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。最後に皆様にとって良い年になりますように…!!




【おまけ】

「兄上」

「ん?2人は寝たのか?」

寒空の下、ゆったりと正十字学園に向かって飛ぶ鳥の上に、2人の人影がある。

「はい、良く寝ています」

「そうか☆」

アマイモンの背後には寄り添うようにして眠る弟たちの姿がある。
日付は既に変わり、夜は更に深く、日の出まではまだ時間がある。正十字町に着くまではまだ距離がある。そんな空の旅の最中である。

日の出が近付けば起こしてやろう、そんな事を考えていたメフィストはアマイモンの声に現実に引き戻された。

「…あ、見てください、兄上!!」

「…おやおや☆」


―――どこからか
喧騒と共に御神楽太鼓が聴こえてくる。


ふと目を開けた雪男は見た。
夢うつつにも、空を飛ぶ龍とその背で宴会をする兎の集団を。

隣を見れば兄もぼんやりとその幻想的な宴を見ていて。

兎達があんまりにも楽しそうだったから、夢なのかも知れないな…と、2人は同じ事を考え再びゆるゆると瞳を閉じることにしたのだった。



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