小説 | ナノ



カリカリカリ…

先程から断続的に続く音に
アマイモンは何事かと顔をあげた。

どうやら少し眠っていたらしい。

どうにも身体が重い。ひとり掛け用の
椅子の上で寝返りをうつと、
よく知った天井が彼を出迎えた。


カリカリカリカリカリカリ

カリカリカリカリカリ…

嗚呼、まただ。

この天井には見覚えがある。

兄上の執務室の天井だ。

止まない音の出所が気になって
視線をやると、仕事用の机ではなく
応接セット、アマイモンの丁度対面
に位置するソファに兄がいた。

何故、ここにいるんです?

そんな
無言の視線を感じた訳ではないだろうが、メフィストは口を開いた。


「よくそんな狭苦しい所で眠れるな」

狭苦しい?

そうして言われてみれば
確かに狭いかも知れない。

ひじ掛けを枕代わりに、
背もたれに寄りかかっている。
脚は投げ出さず
自然と膝を抱える体勢だ。

「まるで猫だな」

言われてボクはこくんと頷いた。
確かに丸くなって寝る
猫のように見えるかも知れない。

しかし
ひとり用とはいえ、大きな椅子です。
狭いかもしれませんが苦しくないです
それに
兄上に比べボクは小柄ですから。

ああ、兄上はよく犬になられる。
もしかしたら猫があまり好きではないのかも知れない。そう考えるもののどうにも眠く、兄の言葉もそこそこに肌触りのよい背もたれに頬を寄せた。

今度は体育座りだ。猫じゃない。

再び、訪れる睡魔に
身を任せたボクは気付かなかった。
兄上の顔が僅かに歪むのを。


ぱきん。


鋭い音にアマイモンは
僅かに薄目を開けたようだった。

そうして視界が変化していることに驚いたのか、ビクリと肩を震わせる。反射的に身体を起こしかけた肩を掴み、視線を合わせた。

「ぁ……え?」

「よく寝ていたではないか」

そうしてキョロキョロと辺りを確認した視線が私に戻るのを待って言ってやると漸く状況が飲み込めたのか、サッとアマイモンの顔色が変わった。

「どうして
兄上の膝の上に居るんです?」

「具合は好いようだったぞ」

良く眠っていた。そう続けてやると一瞬困惑した様子だったアマイモンはやがて諦めたような深いため息をついた。

ボクは理由を聞いたんですが…。

そんな言葉と共に吐かれたため息に、
笑みが浮かぶ。

まるで普段の立場が逆転したかの様なやり取りだったが、その耳が赤くなったのをメフィストは見逃さない。



椅子が変わっても起きなかった。そう言外に言われてしまい、アマイモンは居たたまれなくなった。じっとこちらを見ている兄の視線に居心地が悪くなる。

どうにも恥ずかしくて俯いたボクに兄上は手に持っていた菓子を差し出してくれた。封の開いたそれ。嗚呼、さっきの音はこれか…とボクはひとり納得する。確か名前は…

「…ぽっきー?」

「今日は11月11日で
ポッキーの日だからな」

そう言われてみれば、町中で今日はよくこの菓子を見かけていたかも知れない。頭の上でそう言えば、と兄上が呟いた。

「日本には
ポッキーゲームなる
勝負があるそうだぞ」

「ポッキーゲーム?」

「1本のポッキーを両端から食べて
食べた長さを競うゲームだ」

よく意味が解らず、首を傾げると兄上はポッキーを取り出すと説明してくれた。こちら側がお前、こっちが私だ、と。

「え…」

想像し、思わず絶句したボクに
兄上は尚、説明を続ける。

「途中で折ったら負け。負けた方は何でも1つ言うことを訊かなければいけない」

「そ…
それはかなり気まずい勝負ですね」

何とかそれだけを返した
ボクの視界が急に反転した。

「え?」

目の前には薄く笑う兄上。

「初心者のお前に免じて
3回勝負にしてやろう」

そうして間抜けにも開いたままの口に差し込まれた棒菓子にボクは益々混乱した。嗚呼、やめて下さい。そんな表情で。





「さあ、楽しいお遊戯の始まりだ」

艶然と笑う兄上に頬が熱くなった。




その後美味しく食べられればいい。


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