その日、兄は仕事で不在
双子は、塾の補習で学校
1人で公園にいたが
特に意味は無かった。
「たすけて」
そんな声が聞こえるまでは。
「……」
ぴくりと肩を震わせた主に、
ベヒモスは首を傾げる。
「小さなもの達の声がしました。
ベヒモス、行きましょう」
手に持っていた菓子の袋もそのままに、歩き出したアマイモンの表情は硬い。
「街中の
ボクにまで声が聞こえるなんて…」
たどり着いたのは正十字学園都の外れ、木立が美しい公園だった。どうやら最近できたらしく、秋の気候の良さからか沢山の親子連れや老人達の姿が見える。
しかし、誰もアマイモンと同じ声を聞いた気配はない。
その事実に僅かに顔が歪んだが、風に揺れて誘う草花に、アマイモンは目を伏せ、奥へと進むことにした。
「たすけて」
もう一度声が響いた。さっきよりもずっと確かな質量と悲痛さで。
「ああ、これは酷い」
たどり着いたその一角は、一見すれば何の変哲もない公園の外れに見えただろう。
しかし、すこし植物に詳しい者が居れば草花が皆一様に元気がなく萎れかけていることに気づく筈だ。しかも、かなりの広範囲らしく、歩き回る度にアマイモンの気分がだんだん悪くなってきた。
「気持ち悪い」
足下の花が
同意するように小さく揺れた。
たどり着く不快感の中心地。
「ニィ」
小さく、ずっと小さく、その緑男は訴えるように彼を見上げる。
「苦しいのですか」
「ニィ…」
手のひらに乗せてやると、幼生かと思わせるほど小さな緑男の、成体。この公園の住人だと説明した身体は病に蝕まれていた。
「ボクも苦しい」
吐き出すように囁かれた声音は、自分の声なのに泣きそうに聞こえた。そうして、少し耳を澄ませれば聞こえる、声、声、声。聞きたくなくて、きつく目を閉じた。
「アツマレ」
小さく囁いただけだったのに、ざわりと呼応した大地にボクは薄く笑んだ。ああ、やはり大地なのだ。例え腐っても、病んでいても。
ヒトの契約にも似た言葉があったような気がする。さて、あれは何と言う誓いだったか。
思うがまま、拡散し続けた命令はやがて一つの芽を生やす。瞬く間に成長し花に実に種子にと姿を変えたそれ。再び地面に落ちようとするところを掴まえて、躊躇いもなく嚥下した。
「不味そうだな」と
そんな言葉と共に。
足元でベヒモスや緑男が焦った声を上げたけど、無視をすることにした。
「アマイモン、帰っていたのか」
書類を取りに理事長室へとメフィストが戻ったのはただの偶然だった。
「アマイモン?」
「がう!!」
「ん、ベヒモスだけか?」
そうだ。と頷く小鬼にメフィストは眉根を寄せた。可愛いがっているペットをあの弟が置いて出かけるとは考えられなかったからだ。
しかも今回は客人もいた。
「ニィ〜っ」
ベヒモスの頭に陣取る緑男を見るメフィストはますます怪訝そうな顔になった。
「ベヒモス、
お前の主はどこへ行った?」
「がうっ!!」
着いてこいと言わんばかりに駆け出したベヒモスに、メフィストは嘆息した。
「書類の提出がしたかったんだが」
どうやら無理らしい、と早々に諦めてメフィストは小鬼の後を追う。
「フェレス卿、どうされました?」
「いえ、少し面倒事になりそうでして。奥村先生、ちょっと後を頼みます」
あの緑男は病に蝕まれている、そう看破したメフィストは書類よりもずっと面倒な事になりそうな予感に顔をしかめた。
その顔に何かしらの感情を読んだのか、若い祓魔師は小さくうなずいただけで、何も言わない。
「お気をつけて」
その言葉にメフィストは答えなかった。
[どうしよう、続きます]
ベヒモスに
問いかける兄上が書きたかった。
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