「あなたはだあれ?」 「アンタこそ誰だ」 お花畑の中、その人は現れたの。真っ黒な髪はお星様を映す夜の空よりも暗くて、まるで悲しみを全部吸い込んだみたい。 それでも感謝の意味をもつお花たちの中で出会えたことに、感謝しなくてはいけない。 横になったままの私を見下ろして、とても険しそうな表情をしたままの彼女を見上げた。もう沈んでしまいそうな真っ赤なお日様が雲から顔を覗かせて彼女の黒を照らしたら、その光で黒が少し赤く染まったみたい。悲しみだけの色じゃなくて、きっとこの人の熱情とかそういうものの色かもしれないと考えていたら。 「見たところ、金持ちみたいだな。金か金になりそうなもの出しな」 なんて、物騒なことを言われてしまった。トレーナーさんみたいで、腰についてるボールを今にも投げてきそう。 「お姉さんは…盗賊?」 「随分呑気だな。まぁ…そんなとこさ、わかってるならさっさと」 「それなら、優しい盗賊のお姉さんね」 思ったことをそのまま言ったら、私を見下ろしたままのお姉さんがきょとんとした顔になった。何かおかしなことを言っちゃったかな? 「何をどう捉えたらそうなるんだっ」 「だって、私に考える時間をくれてるでしょう?ポケモンも出してないし」 私にお金かお金になりそうなものを出す余裕をくれている、そういうことでしょ?と首を傾げてみれば、どこか怒っているようだったお姉さんはふかーい溜め息をついた。 夕方の風が吹いてお姉さんの長い前髪を揺らしたら、一つ隠れていた夕日と同じあったかい色の目が見えた。 「なら、お望み通り考える時間をなくしてやるよっ」 そう言ってボールを手に取り投げようとしたお姉さん。 「あ、ダメだよっ」 それを止めようと慌てて体を起こしても遅くて、お姉さんの手にあったボールが何かに弾かれて地面に転がってしまった。 傷がついたらどうしよう…! 「っ、お前、何を!」 「わ、私じゃないよぅ。ここはあの子の大切な場所だから…」 両手を振って無実をアピールする。そんなに早く動けないし、今体を起こしたばかりで髪だって乱れてるのに。 お姉さんがボールを拾っているのを見ながら髪を整えていると、膝に温かい感触がのっかったのがわかって。あの子だとわかっているから自分の膝を見下ろした。 「もうすぐ夜になるねぇ」 『そうですね、屋根のある場所に行きましょう』 「!?何の声だ!?」 人間の肉声とは違う、どこか不思議な声にお姉さんはびっくりしたみたいで、ボールを構えたままキョロキョロとお花畑を見ている。 「盗賊のお姉さん、この子だよ」 『ここでバトルをしようなんて考えないでくださいよね』 膝にのったままだったその子の頭を撫でながらお姉さんに紹介すれば、その子はお姉さんがポケモンを出そうとしたことに怒っているのかどこか怖い声色で。 「ぽ、ポケモンが喋ってる…!?」 お姉さんはそんなことよりポケモンであるこの子が喋ってることに更に驚いているみたい。 『私は特別ですから、これくらい朝飯前ですよ』 「シェイミちゃんは頭もいいの!」 私が知らないことをたくさん知っていて、わからないことはいつも教えてくれる大切なお友達。そんな友達がいることが誇らしくて、思わず嬉しくなって笑顔でそう言えばお姉さんは何かを考えるように顎に手を当てて唸っていた。 「ねぇシェイミちゃん」 太陽が沈んじゃうなぁ、と思って空を見ていたらふとあることを思った。だから何でも教えてくれるお友達に声をかけてみれば、シェイミちゃんは私を見上げていて目が合う。 『なんです?』 その優しい眼差しを見つめて、やっぱり疑問に思った。 「あなたと私は、いつお友達になったんだっけ?」 どこに帰ろうか考えて、家の場所がわからなくて ここがどこなのか考えて、お花畑ということしかわからなくて そして大切なお友達だと思っているこの子との出会いが、わからなくて あぁ、でもこの状況の名称は知っている気がする。 「私、記憶喪失なのかな?」 「…聞かれても困るんだが」 お姉さんを見て軽く首を右に傾げれば、お姉さんはまたふかーい溜め息をついた。
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