ウバメの森。鬱蒼と茂る森の中、日の光はあまり入ってこないのに不思議と不気味ではなく、住んでいるポケモンたちもどこか活き活きとしたその森に俺たちはいた。
ヒワダを出たのは朝早くだった。ルーには冷静ないつもの俺に見えるよう振舞っていたけど内心焦っていた俺は、ヒワダでゆっくりとなんかしていられなかった。早く、早く追いかけないと。今度はどこか遠くに行ってしまうかもしれない、もう、会えなくなるなんてことになるかも…そんなことを何度も考えては頭の中で打ち消してた。
「リオ…?」
「…!あ、あー…よーし、またあんときみたいな大技、見せてもらうぜブビィ!」
「…」
そうだった、トレーナーにバトル挑まれてたんだったな!目の前のバトルに集中しないと!
両手で自分の頬を気合を入れる気持ちで叩く。前に出たブビィのやる気溢れる顔つきに頷いて、俺はバトル相手のむしとりしょうねんを見た。
「虫ポケモンの恐ろしさ、味わってもらうよ!」
「俺のブビィのほうが怖いぜ?覚悟しろよ!」
相手のポケモンはビードル。ブビィを睨み付け今にも飛び掛ってきそうだ。
「先手必勝!ブビィ、ひのこだ!」
ブビィが吐き出した炎は真っ直ぐにビードルへ飛んだ。でも当たる寸前、ビードルは高く飛び上がり炎を越えてブビィにたいあたりを食らわせた。
「いいぞ、ビードル!」
「すばしっこい奴だぜ…!ブビィ、負けんな!」
起き上がったブビィに渇を入れると、目の色が変わったように見えた。また炎を噴こうとしているのか、口元が赤く光っている。
「させない!ビードル、どくばりだ!」
頭の針をブビィに向けてビードルが突進してきた。なのに、いつもなら十分溜まっているはずの炎をなかなか出さないブビィに俺は首を傾げた。
「何やってんだブビィ!今がチャンスだぞ!」
「ッ…ブビィイイイイ!!」
ブビィが吐いた炎は今まで見たことがないくらい大きな玉となって、相手のビードルを包んだ。こっちにまで熱さが伝わってくるような大技で、真っ黒になったビードルを見て放った当人のブビィまでポカンとしていた。俺は思わずブビィに駆け寄って頭を撫でる。
「ほ、ホントに凄いの出すなんて思わなかったぜ…!…ブビィ?」
いつものハイタッチをしようと片手を挙げたが、ブビィはハイタッチをしようとせずただ相手のほうに視線を巡らせているままだ。
「ありがとうございました」
「お、おぅ、こちらこそ!」
立ち上がりむしとりしょうねんと握手を交わす。
「ジムに挑戦してるの?」
「いや、人探しなんだ」
「凄く強いのに、勿体無いなぁ。挑戦することをおすすめするよ!」
「時間が出来たら、それも楽しそうだな!」
人柄が良い奴みたいで、トレーナー談義に華が咲く。
ふと気になって見てみると、遠くで見ていたルーがいつもなら座っているのに今は立ち上がってブビィのほうを見ていた。ブビィも話に入ってこようとせず、ただ遠くを見ているだけで。
ブビィの奴、疲れてんのかな?
むしとりしょうねんと会話しつつ、そんなことを思った。
「それじゃあ、僕はここで」
「気をつけてな!」
少し経ってから会話を終えて、むしとりしょうねんと別れる。俺は一息つくと、離れたところにいたブビィに駆け寄った。
「ブビィ、お疲れ」
「ブビ」
さっきと違って違和感はなかった。いつも通りのブビィに安心して、頭を撫でてやる。近くにいたルーがゴースと何かを話しているのが聞こえた。
「コガネについたら、少し休むか?」
「ブビ!ブビィブ!!」
まるで大丈夫だ!って言ってるみたいに元気に飛び跳ね始めたブビィに思わず笑って頷く。この調子ならまだまだ行けそうだな!
「ルー、行くぜ!」
声をかければゴースを胸に抱いたルーが走ってきた。いつものようにブビィが前を歩き出して、俺たちが後ろに続く。
「それにしても、さっきのブビィのひのこ凄かったなぁ。もはや『ひのこ』ってレベルじゃなかったもんな。森まで燃えちまうんじゃないかって思ったぜ」
そう言いながら笑えば、前を歩いていたブビィが突然木の枝に躓いて転んだ。
「大丈夫か?珍しいな」
持ち上げて立たせてやれば、どこか不機嫌そうなブビィの顔があった。
「ブビィ!」
「……子供扱いするなって」
「あぁ、悪い悪い。…ってそうか!ルーに通訳してもらえればブビィと話せるのか!」
今まで考えもしなかった事に自分で驚いて、ブビィとルーを交互に見る。でも、ふと考えてから立ち上がって、足元の木漏れ日を見た。
「これから…したほうが、いい…?」
「いや、やっぱりいいや」
ルーも、足元のブビィも不思議そうに俺を見上げている。少し強い風が吹いて、耳飾の羽が俺の頬を撫でた。
「自分でちゃんとわかってやりたいからな。本当に、どうしても、どうやってもわからないことだけは教えてもらうかもしれねぇけど!
…言葉が通じないから色々障害が出来て、悩んだり苦しんだりするだろうけど、そうやって一つずつを確かに乗り越えて人間とポケモンは信頼関係ってやつを作るんだと思うんだ」
そう呟きながら歩けば、ルーが隣に来て力強く頷いてくれた。ブビィもゴースも、嬉しそうに笑っていた。
「だからさ、俺って恵まれてるって思うんだ。ブビィがいてくれて、ルーとゴースって仲間もいるんだ。乗り越え甲斐がありそうだ!
おっ、ブビィ、野生のポケモンがいるぜ!いけるか?」
「ブビィー!」
離れたところに見えたポケモンに俺とブビィは突撃していく。
だから、その場で立ち止まったルーの言葉は聞こえなかったんだ。

「…私は…もう、リオのこと…」









ウメバの森を抜けると、コガネシティへ続く34番道路に出た。家がいくつかあって、中には育て屋、なんてトレーナーなら誰でも気になる看板を見つけた。でも俺にはコガネでしたいことがあったから道路を一直線に抜けて、昼すぎにジョウト1の大都市コガネシティに到着した。
「ここがコガネシティかぁ…さすがに人が多いな!」
コンクリートで出来た見上げるほど高い建物がたくさんあって、いままで立ち寄ったどんなところよりも賑やかだ。人も多いし、その分ポケモンもいる。道路はちゃんと整備されていて綺麗で、色んなお店が立ち並んで目移りしまくりだった。
「あ、そうだ!」
おもむろにルーの手を握ると、ルーが驚いたように見上げていた。戸惑っているのが伝わってくる。
「はぐれたら大変だろ?人多いし、ルーって案外ふらふらどっか行っちゃうしな」
「う…うん…」
ぎゅっと手が握り返されて思わず笑う。歩き出そうと前を見れば、ブビィがゴースに手を差し出していた。でもゴースには手がない。どうするのかと見ていれば、ゴースがブビィの頭の上に乗って落ち着いていた。ブビィはどこか不満げだ。
「んじゃ、行きますか!」
目的地を探してきょろきょろと周りを見ながら歩く。手を繋いでいるからルーがどこかに行く心配もない。ゴースが頭に乗っているブビィも歩く速度が遅いからいつものようにどこかに突進していく心配もない。…あれ、俺、親?
街の入り口から少し歩いていると、一際大きな建物が見えた。それが目的地のようで、いくつもの看板や垂れ幕が見てとれる。
「ここだここ」
「ここ、は…?」
「ここはコガネデパート。色んなものが売ってるんだ。ブビィに何か買ってやる約束してたんだよな!」
「…!ブビブビ!」
ブビィを見れば、俺との約束をちゃんと覚えていたのか嬉しそうに飛び跳ねていた。そしていつものように建物に向かって全力疾走、しようとして頭の重みを思い出しうなだれる。
「ゴース、おいで」
ルーが呼ぶとすんなりブビィの頭から離れてルーの頬に擦り寄るゴース。ブビィが睨んでいるのを知ってか知らずかどこか満足そうだ。
デパートの中に入ると服装も年齢も違う人たちとポケモンで溢れかえっていた。さすがにジョウトで一番大きい街の一番大きいデパートだ。
「ブビィ、先に行くなよ?一緒に良さそうな物探そうぜ!」
「ブビィッ!」
この中をいつものように突進されては困る。そう声を掛ければブビィはいつもより力強く頷いてくれた。
案内板を見てポケモンに持たせる道具を扱う階に向かう。エレベーターに乗る際にルーが物凄く驚いて逃げ腰だったのが凄く面白かった。
「ここだな!」
たくさんの棚が並んでいて、物凄く高い物なんかはショーケースに入れられて飾られていた。ブビィがそっちに向かおうとしたから頭を鷲掴んで棚のほうに足を向けた。
「どれがいいんだろうなぁ…」
綺麗な石、おしゃれなアクセサリー、実用的なきのみ、色んなものが置いてあって正直センスがない俺は目移りしていた。試しに一つ手にとってブビィに見せてみる。
「これなんかどうだ?」
「…ブビ」
違う、と首を横に振られた。似合うと思ったんだけどなぁ…きのみの形の飾りがついた首輪。
棚に戻していると、隣のルーが上を指差した。
「これ、どう…?」
「ブビィッブビブビ!」
ブビィが騒がしいほどに欲しがっているそれを見てみると、俺の耳についているものにそっくりな羽飾りがあった。
「ちょっと違うけど…俺とお揃いにするか!」
「ブビィッ!」
棚から一つ取ってブビィに渡してみると嬉しそうに頭につけようとしていて。だけどイヤリングになっていたその羽飾りがつけられるようなところがブビィには無かった。目に見えて落ち込み始めるブビィに噴出してから、俺は周りを見ていい事を思いつく。
「ブビィ、取り合えずそれ買っちゃおうぜ」
手を差し出せば渋々羽飾りを渡してくれた。俺はそれと、もう一つ近くにあったものを手に取ってレジに向かった。
買い物を済ませて、エレベーター付近にあるベンチにルーたちを座らせて羽飾りにちょっとだけ細工する。
「これでいいだろ?」
ベンチに座って俺の様子を凄い形相で見ていたブビィの首に、紐を通してネックレス状になった羽飾りを掛けてやる。ブビィはきょとんとしたと思った瞬間、羽飾りを手に取って嬉しそうに頷いた。
「ブビ!」
「これでお揃いだな」
頭を撫でてやれば感極まったのか、ブビィが俺にダイブしてきた。突然で受け止めきれなかった俺はデパートの固い床に倒れる。後ろに人がいなくて良かったぜ…。
「ブ、ブビィ、重っ…」
「ふふっ…」
床の上でもがく俺に、体いっぱいに嬉しさを表現してくれるブビィ。そんな俺たちを見てルーとゴースが笑っているのが見えた。
「あ、あんたたち、何やってんの…?」
聞き覚えのある声がした。
上を見れば俺の顔を見下ろしている、ルエノがいた。
「ルエノ!久しぶりだな!」
「って言ってもそんな経ってないけどね。ルーも、元気そうね!」
「ルエノ…!」
ベンチに座っていたルーが立ち上がってルエノのほうに行き、嬉しそうに見上げる。ゴースが向かったほうにはメリープもいて、変わらずに元気そうだ。
「ブビィ、ここではあんまり暴れないようにねー」
俺の上からブビィを退かしてくれたルエノは、そっと手を差し出してくれた。
「わ、悪いな」
「他のお客さんの迷惑になる前で良かったわね」
手を借りて立ち上がると、ブビィがメリープのほうに言って首飾りを見せびらかしていた。それを見たルエノは俺の耳飾りと交互に見比べて笑う。
「なーに?お揃い?ホント、仲いいわね」
「ルエノとメリープに負けないぐらいにはな!」
そう笑い返せば、ルエノはブビィの前にしゃがんで羽飾りを触ろうと手を伸ばす。でも何故かブビィは触られたくないのかその手から逃げて俺の後ろに隠れた。
「あ…」
「なんだよブビィ、少しくらい触ったって…」
「いいのいいの。…それ買ったんだ、ブビィに凄く似合ってるわ」
「だろ?」
突然、誰かに手を握られて驚く。隣にいたのはルーで、どうしたんだろうと首を傾げていると小さい声が聞こえた。
「…はぐれると、ダメだから…」
「今はそんな心配ないだろ?ルーは時々不思議だよなぁ」
もう片方の手でルーの頭を撫でてやれば、何故か嬉しそうに頷いていた。女の子って難しいな。
「あ、そうだ。ここにいるってことは、ジム戦?」
そう俺が言うと、何故かルエノの表情が曇っていく。何かまずいことでも言ってしまったんだろうか、と俺が焦り始めると、ルエノが自分にぴったりくっついていたメリープの毛を撫でる。
「一回、挑戦したんだ。でも、負けちゃったの。だから今は休戦中」
「そ、そっか…」
ルエノが負けるなんて思っていなかった。キキョウのジム戦で見たルエノとメリープのコンビネーションは俺の理想で、この二人ならどこまでも勝ち進める気がしていたから。
出来るなら、二人の力になってやりたい…でも俺に出来ることって言ったら…。
「そうだ!」
「な、何?」
突然大声を上げた俺に驚いたのか、ルエノが凄い顔で俺を見てきた。でも俺はそんなのおかまいなしだ。
「俺とブビィと、本気で戦わないか?」
「リオとブビィ…と?」
「手加減なしで勝負すれば、何か敗因見つかるかもしれないだろ?弱点とか!」
普通のトレーナーバトルは、お互い勝つことに集中するから相手の隙や弱点は好機としか思わない。でも意識してバトルすれば、ルエノとメリープが気がつかないところに第三者の俺が気付けるかもしれないって思ったんだ。
俺の提案を聞いたルエノはメリープを見て頷くと、俺とブビィを見て微笑んだ。
「お願いするわ、本気でバトルよ!」








34番道路に戻った俺とブビィは、ルエノとメリープと向かい合っていた。
少し離れたところで、いつものようにルーがゴースを抱いて座ってこちらを見ている。
買ったばかりの羽飾りをつけたブビィはそれを風に揺らしながら、地面にしっかり足をつけてメリープを見ていた。ルエノはしゃがんでメリープの頭を撫でながら、何かを話しているようだ。
「…行くわよ、メリープ!」
「メェッ!」
「手加減はお互いになしだ!全力でこいよルエノ!」
「その言葉、後悔させるからね!」
お互いに見詰め合って笑う。一瞬の静寂が訪れて、少し強い風が吹いた。
「メリープ!わたほうし!」
ルエノの命令にメリープが体を揺すると、大量のわたがブビィ目掛けて飛んできた。
「ブビィっ炎で焼いちまえ!」
「ブビィッ!」
ブビィはいくつものひのこを口から放ち、視界を埋めるわたほうしを焼き消していく。そしてメリープの姿を捉えたと思った瞬間
「今よ!でんきショック!」
「メェー!!」
真っ直ぐに飛んできた電気がブビィに直撃する。
「わたほうしで電気を溜める時間を稼いでいたのか…それなら…!
ブビィ、大丈夫か!?」
「ブ、ビィ!」
ひょいっと立ち上がったブビィを見て頷く。
「ブビィ、えんまくだ!」
ブビィが口から真っ黒な煙を出す。
「メリープ、飛んで!」
メリープはえんまくから逃げるように上に跳んだ。
「でんきショック!」
上から見えるブビィに目掛けてメリープは技を当てようと電気を溜め始めた。
「今だ!ほのおのうず!!」
その隙を見逃さないで、ブビィが口から大きな炎を吐き出した。渦状に立ち上る炎に、宙にいたメリープは逃げられず飲み込まれた。
「メリープッ!」
「メ、ェ…!」
ブビィ一番の大技を食らって地面に落ちたメリープだったけど、それでもまだ立ち上がった。
「やっぱりタフだな!」
「私のメリープを甘く見ないでよね!たいあたりよ!」
「メェエ!」
勢い良く助走をつけブビィにタックルをかましたメリープ。少しよろけたブビィだったが、お返しと言わんばかりにタックルし返した。
「かかったわね!」
「…!ブビィっ!」
突然ブビィの動きが遅くなる。
「メリープのとくせいはせいでんき!まひ状態のブビィで勝てるかしら?メリープ、でんきショックで終わらせて!」
「こんなもんじゃブビィは止められないぜ!ブビィ、スモッグ!」
電気を溜めるメリープにまた黒い煙が襲い掛かる。それはメリープの周りを囲んで、視界を悪くした。
「そこよ!」
ブビィの影に向かってでんきショックが放たれた。煙がでんきを避けるようにそこだけ晴れたが、そこにはブビィはいない。
「え!?」
「ブビィ、だましうち!」
「ブビィッ!」
「メェエッ…!」
メリープの背後の煙から飛び出したブビィは、重い一撃をメリープに食らわせた。少し飛ばされたメリープだったが、それでも立ち上がろうとする。
けど、今回は無理だったようで、その場にぱたりと倒れてしまった。
「メリープ…!」
勝負が決まったとわかったルエノは、メリープに駆け寄った。俺もブビィに駆け寄って、すぐにまひなおしを使ってやる。
「…最後はどくでやられちゃった、か…」
ルエノは座ると、膝にメリープの頭を乗せて撫でた。どうやらスモッグが効いたみたいでどく状態になっていたみたいだ。
「取り合えず、ポケモンセンターに…」
行こうぜ、と言おうとしたが俺は驚いて止まってしまう。ルエノも驚いた顔をして、自分のパートナーを見上げていた。
またメリープが、立ち上がったからだ。体力も全然残っていないのは目に見えてわかるし、それにどく状態で苦しいはずなのに、それでもだ。
「ちょ…メリープ、もう終わったのよ」
「メェ…!」
「悔しいけど、リオとブビィの勝ちよ…センターに行って回復しましょ?」
ぶんぶんと首を横に振るメリープは、まだ戦えると震える足で立ちルエノを真っ直ぐに見ていた。ルエノはそっと頭に手を伸ばして、優しく撫でる。
そのとき、遠くにいたルーとゴースが俺とブビィを通り越し、ルエノたちのほうに歩いていった。
「ルエノ…その…メリープの言葉、言っても、いい…?」
「ルー…そっか、あなたは…うん、教えて」
ルーがメリープのほうを一瞬だけ見て、小さく頷いた。
「…『もっと…強くなって…ルエノの夢、叶えさせてあげるから』…って」
「…!」
ルエノの夢がなんなのか、俺は知らない。というか、根本的にルエノのことを全然知らない俺には、その言葉の重さがわからなかった。でもきっと、二人にとってはとても大事なことなんだろう。
メリープを力強く抱きしめたルエノを見てそう、感じた。
「っ…馬鹿ねぇ。あなた、もうこんなに強いじゃない…!」
「メェ…」
「ホント…大好きなんだから…!」
そうルエノが呟いた瞬間だった。
突然、メリープの姿が輝きだした。思わず身構える俺に、後ろに隠れるブビィ。そして泣きそうな顔をしていたルエノはそっとメリープから腕を放した。
「あな、た…」
眩しい光は近くにいるルエノまでも飲み込むんじゃないかって思うくらいで、大きさを増して形を変えたそれはまるでメリープの心を表現しているみたいだった。
そして現れたのは、姿を変えたルエノのパートナーだった。
「し…進化した…!!」
俺はポケモンの進化ってやつを、初めてこの目で見たんだ。
「メ…ううん…もう、違うわね」
力強い目でルエノを見るそのポケモンは、とてもたくましく俺の目に映った。
「あなたは、もうモココだもんね。こんなに強くなって、反応に困るじゃない!」
ルエノは立ち上がると、少し大きくなったパートナーをまた抱きしめた。モココも嬉しそうに鳴いて、ルエノに抱きついている。
ルーとゴースが俺とブビィのほうに戻ってきて、笑った。俺も微笑み返して、楽しそうにじゃれ合っているルエノたちを見守った。






次の日、泊まったポケモンセンターから出て俺たちはジムへと向かっていた。
もちろんルエノの再戦の為だ。戦ってみてわかったルエノたちの弱点をポケモンセンターの部屋でどう克服するか話し合って、対策もばっちりだ。進化したモココもやる気十分で、頭にゴースを乗せてブビィと一緒に意気揚々と俺たちの前を歩いている。
「今回は絶対勝てる!自信あるわ!」
「ルエノ、頑張って…!」
ルエノ自身も昨日より元気があった。つられているのか、ルーのテンションも高いように思う。
ジムの前について、俺は驚愕した。周りにはほとんど女の子しかいないからだ。
「ここ、ジムリーダーもトレーナーも女の子しかいないジムなのよ。だから周りもこんな感じなのよね」
「な、なんかピンクい店が多いな…目がチカチカするぜ…」
「じゃ、私行ってくるから!」
「あれ、一緒に行こうと思ったんだけど…」
モココと二人でジムに入ろうとしたルエノに首を傾げる。キキョウの時のように観戦しようと着いてきたつもりだったんだけどな。
ルエノは俺たちに振り返って笑った。
「リオたちには昨日随分お世話になったから、後は私とこの子で乗り越えたいの。あなたたちの応援なんかなくったって勝てるんだから!」
「モコー!」
バチバチと電気を溢れさせるモココに、近くにいたブビィが電気に当たりそうになって怒っていた。
「そっか…じゃ、ジムバッヂを楽しみに待ってるぜ。終わったら飯でも食おうぜ!」
「リオの奢り?なら尚更頑張らないとね!行こうモココ!」
「ちょ、俺奢るなんて一言も…!」
「…行っちゃった…」
ジムの中に勢い良く入っていった二人に、思わず溜め息をこぼす。俺の財布に何を期待しているんだか…。
「…ルエノが戻ってくるまで、何してようか…」
周りは女子向けのキラキラしたお店ばっか。正直俺が浮いているような気がしてしょうがない。
建物の壁に背中をつけてぼんやりしていると、目の前のお店にいる女の子たちの会話が聞こえてきた。
「また出たんだってぇ」
「えーまたぁ?」
「今度は一気に三匹いなくなったんだってー」
「怖いよねー、自分のポケモンが突然いなくなっちゃったら私どうしていいかわからないよー」
ポケモンが、突然いなくなる…?
ふと前のことを思い出す。だけど、最近のルーは何かしでかそうとする雰囲気でもないし、コガネに着いてからはずっと傍にいたからそんなこと出来ない。
少しだけ疑ってしまった自分に嫌悪して溜め息をついて、足元のブビィを見た。
「…ルエノが戻ってきたら、何食おうかなー」
「ブビー」
ブビィが俺のズボンを引っ張った。指差す方向を見ると、ルーが少し離れた店の前で立ち止まっているのが見える。
何かする前に急いで駆け寄った。
「どうした、ルー」
「…あれ、食べたい」
指差すほうには、巨大なパフェ。たくさんのきのみに彩られたそのスイーツは街の女子だけならずルーの心も射止めたらしい。
俺は値段を確認してから、ルーの頭を撫でた。
「…ルエノが勝って帰ってきたら、あれ食べようぜ」
「!うん…!」
窓ガラスに映る自分の姿を見てからふと空を見上げれば、雲一つない晴天だった。
羽飾りに触れてみれば今日もふわふわと風に揺れていて、森で会った父さんの姿を思い出す。
「…夢、か…」
「リオの、夢…?」
「考えたこと、なかったな」
何故だろう、俺は夢とか考えたことがなかった。
でも、今は父さんを追いかけることに必死なのかもしれない、そう思うことにした。

「きゃーっ!!」

突然の悲鳴。聞こえたほうを見てみれば大通りのほうで。何か黒い影のようなものと、それを追いかける女の人の姿が見えた。
「ルー!俺ちょっと行ってくる!」
「わ、私、も…!」
ブビィと一緒に駆け出して大通りに出た。女の人の後姿が見えて追いかける。後ろからルーとゴースもちゃんと着いてきた。
少し走ったところで、女の人が立ち止まった。相当全力疾走だったのか息も絶え絶えだ。
「大丈夫ですか!?」
「わ…私…私の、ハネッコ、が…何か、黒い影のようなものに、連れて行かれて…!」
さっきの女の子たちの会話を思い出す。ポケモンが突然、いなくなる…。もしかしたら、その黒い影がポケモンを連れ去っているのかもしれない。
「どっちに逃げました?」
「あっち、の…地下道の、ほう…」
女の人が指を差したほうには、街の地下に繋がる階段があった。俺とブビィは顔を見合わせる。
「俺たちが追います!」
困っている奴がいたらてだすけ!犯人の姿を俺たちは見ているんだ、追いかけないわけがない!
遅れて来たルーの手を握って、俺は地下道のほうを見た。
「行くぜ、ルー。怖かったらすぐ言えよ!」
「う、うん…っ」
そうして俺たちは、ポケモン誘拐の犯人を追って地下道へと向かったのだった。



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