子どもが嫌いだった。
何を考えているか解からないからだとか、五月蠅いだからだとか、そういう理由ではない。
小さい子どをも見ていると、無性に悲しくなってくるのだ。私はこの手にギリスとの子どもを抱けないという事に。
ママと呼ばれる事はない。
パパと呼ばれる事もない。
子どもが嫌いだった。

手紙を書いた。
何時までも来ない未来への私達に宛てた手紙だった。幸せな未来なんてものが訪れるとは思っていなかった私はせめて手紙の中でだけでも、ギリスとの未来を描きたかった。
書いた文章を読んで、涙が出てきた。
私の涙で滲んだその手紙を直ぐに破いた。
文面が自分でも恥ずかしくなる位、ギリスへの愛に溢れていたからだ。

……もしも子どもが生まれたら。
……きっと賢い子供になるでしょうね。
……私達の腕の中に居る愛しい我が子はどんな子供に育つかしら。

考えれば考えるほど涙が止まらない。ぐしゃぐしゃになった手紙を、負けじと顔をぐしゃぐしゃにして破いた。書いていた文字が何だったのか分からなくなる位に。
ああこの手紙を未来、家族で読むことが出来たならどれだけ幸せなのだろう。ギリス、ギリス、ギリス。
私達はどうして大人になれないのだろう。私達にはどうして家族がいないのだろう。家族が欲しかった、愛が欲しかった。
こんなにもギリスが愛しい。
貴方への愛を私はどうやって表現すればいいのだろう。

声に出して泣いていた。
わあわあと情けなくも泣いた。悲しかった、苦しかった、辛かった。
ねえ二人、出会えてよかったね。
ギリスと出会えたこと、ギリスを愛したこと、ギリスに愛されたこと、そのどれもが私の中で今幸福だ。けれどその幸福は長くは続かない、私達は大人になれない。
ああこれほどの不幸があるか!

ぐしゃぐしゃになった手紙を瓶に詰める。
泣きはらした顔を見られたくなくて、皆に気が付かれることのないようそっと外へ出た。
誰にも届く事もないこの手紙を、誰にも読まれる事のないこの恋文を、誰にも受け入れられないこの愛を、海の底に沈めてしまおう。
きっとこの愛はギリスを傷つけてしまうから。

愛には苦痛に満ちた反応はないなんて嘘。
この苦痛に私は耐えられない。
ああ子どもが嫌いだ。それでも私はギリスとの子どもが欲しかった。
愛の在る所には家族が在るものだ、私はギリスと家族になりたかった。私は家族が居なかった、家族に捨てられた。そこに愛はない。夜明け前の海はどんよりと、私の心のように暗く沈んでいる。
さよなら私の愛、手に持った瓶を高く放り投げた。弧を描いてゆっくりと落ちていく。
ぽちゃんと小さな音が聞えた。
遠くでもう一つ、同じ音が聞えた。
こんな夜明けにどちら様、と音のした方を見ると、ああ、何て事だろう。そこにはギリスがいた。

珍しく眼鏡を外したその顔はまるで泣き腫らしたかのようにぐしゃぐしゃ。今の私と大差ない顔をしているのだろう。
何を投げ捨てたのか聞きたかったけれど、こんな顔でギリスに会うのは恥ずかしかった。ああでも彼ならこんな顔の私も可愛いと言ってくれるのだろうか。
だってぐしゃぐしゃになったギリスの顔も私には恰好よく見えるのだから。
同じ事をギリスも考えていたのだろう、私たちこんな時も以心伝心ね。

「ねえギリス、何を捨てたの?」
「ねえメイア、何を投げたの?」

同じ言葉を口にする。

「私貴方への愛を捨てたの」
「同じさ、君への愛を捨てたんだ」

君との子どもが抱けないのが悲しくて泣いていたんだとギリスは恥ずかしそうに告白する、ああ私もよ、ギリス。私達家族になれないのが悲しくて、貴方への愛を綴った手紙を捨てたの。ギリスも同じなのだと考えると体の奥から嬉しさが込み上げてきて、飛びつくように抱きついた。
私が飛びついてもギリスはよろけない、モリーたちが飛びついた時は転んでしまいそうになるのにね。

「ギリス、私ね貴方が好きよ」
「メイア、僕も君の事を愛してるよ」

捨てられた二つの愛は、きっと海の底で寄り添うのだろうか。何を書いたかなんて知られる事のないその愛、それでも私達、確かにお互いを愛しているの。きっと誰にもこの愛は邪魔されやしないわ。
例え私達が家族になれず、死が二人を別ったとしても。


拝啓ダーリン。
もしも私達に明日が来るのなら、今度は捨てられる事のない愛を創りましょう。
きっと私達、想像する以上の家族になれるから。
だって私達、こんなにも愛に溢れてる!
 
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