三月一日
三月一日になったら
あの人は
卒業してしまう。
「寂しいな…」
机に突っ伏して、溜め息を一つ。
三月が来ることが憂鬱で憂鬱で堪らない。
高辻 沙耶、十七歳。
一歳年上の柳原先輩に片想い中。
先輩が私のことなんか眼中に無いこと位知ってるし、今更告白なんてしないつもり。
なんだけど…
「家を出る?」
「ああ。東京の大学に行くんだから下宿しなきゃやってらんねーだろ」
確かに。
こんな田舎から通えないってことくらい、わかってる。
でも、ね。
貴方が居なきゃ寂しいの。
「三月一日の夜、東京に旅立つから」
「卒業式の夜に?」
「行くのは早いほうが良いだろ?」
先輩は笑った。
私は笑えなかった。
+ + + + +
「卒業おめでとうございます」
「おう」
先輩は笑う。
桜の木の下で卒業証書を片手に、第二ボタンの無い学ランを着て。
「ボタン…」
「ボタン?…ああ、第二ボタンか?」
私の言葉にボタンを見て照れ笑い。
「クラスの女子がボタンボタン五月蝿いからあげたんだ」
「良かったですね、貰い手が居て。誰も貰わないだろうと思ってたのに…」
「高辻って、何気に酷くね?」
酷いのは先輩の方。
私が先輩のことを好きだということは明白。
それなのに気付かないなんて。
「鈍感」
「ん?何か言ったか?」
「いえ何も。それより…大学でも頑張って下さい」
「おう」
先輩は笑って去った。
桜の木の下には私ひとり。
独りぼっち。
「さよなら、先輩」
一歩、歩いた。
淡い思いはいつか。
泡になって消えて無くなる。
Fin.
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