絶賛売り切れ在庫なし
「愛って何だろうね」
「さあ」
松下の問いに私は適当に相槌を打った。
我ながら何て枯れた会話だろう。とても高校生の男女とは思えない。
私と松下は付き合い始めて三カ月になる。最初は楽しかったがだんだん嫌になり、さっき別れを切り出した。そんな放課後の教室である。
「まあ薄々感じてたけど、もしかしてもう駄目?みたいな」
「そう」
「じゃあ、別れよっか」
松下はさらりと言ってのける。
呆気ない。
別れ話がこじれて元彼がストーカーになるのが常という姉を持つからなのか肩すかしをくらった。まあ、楽な方がいいのだけれど。
答えを言おうと口を開くと、ロッカーががたがたと異常な迄に震えだした。
なんなんだ一体。
「え、ちょ、ロッカー!落ち着けロッカー!今僕出ていったら空気読めないじゃないか!けぇぇぇわぁぁぁい!!」
そんな台詞と共にロッカーはばたんと前に倒れた。暫く静寂が訪れる。流石に松下と私も顔を見合わせた。
本当になんなんだ。
「痛い…ロッカー痛いよむちうちだ……あとモップ臭い」
モップを頭にのせた男子生徒がロッカーから這い出してきた。明らかにクラスの男子ではない。だってちっちゃくてかわいい。こんな子いなかった。
その男子生徒は私たちを見ると顔を真っ赤にして口をぱくぱくさせはじめた。
「あ、あの、ののの!ぼ、僕、今の別れ話、全然!全く!聞いてませんから!愛が売り切れだなんてそんな!」
「意味不明なんすけど」
「ばっちり聞いてるじゃん」
口々につっこむと、男子生徒は肩をびくりとふるわせた。
「ご、ごごごめんなさいいいい!」
頭のモップはそのままに、男子生徒は走って逃げる。その姿を見つけた先生が声を荒げながら男子生徒を追いかけ始めた。
「加藤!いい加減補習出ろ!」
どうやらあの男子生徒は加藤という名前らしい。補習に出るのが嫌でロッカーに隠れていたとでもいうところか。それにしても。
本当に何なんだ。
その背中を見送りながら思わず笑ってしまう。松下も同じなようで吹き出していた。
「噂には聞いてたけどマジ言ってること意味不明じゃん」
「噂?」
「そ。一年の加藤はアホの子って超有名。知らない?」
そういえば聞いたことがあるような気がする。顔以外壊滅系男子加藤とか何とか。今思えば酷いキャッチフレーズである。
「愛が売り切れってどういう意味だよ」
松下はけらけらと笑っている。
表現がアレだが、つまりそういうことなのだ。松下に対する愛は売り切れた。売り切ったと言った方が正しいのかもしれない。
噛み砕いてみればちゃんと的を射ているじゃないか壊滅系。
一通り笑うと松下はすこし真面目な表情で私を見つめる。この表情に恋をしたことを思い出した。
「加藤見てたらなんか格好つけんの馬鹿らしくなったから正直に言うな」
「うん」
「俺、実を言うと別れたくない」
松下はっきりと言った後、ばつの悪そうな顔をした。彼は他人の決定を覆すときは必ずこの顔をする。
「もう一度やり直さないか?」
言葉と共にそっと伸ばされた手を見つめる。
果たして、売り切ってしまった愛は再入荷するのだろうか。私の松下への愛は、もう。
口を開くと、松下は悲しそうに目を伏せた。
絶賛売り切れ在庫なし
(またのお越しをお待ちしております)
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別れる話。
松下くんは潔いのです。
反時計回り様提出
「残念ながら売り切れです」
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