しょーとすとーりー | ナノ



カケラオモイ


穴だ。
夏の過ぎ去ったわたしの胸には今、ぽっかりと穴があいている。勿論物理的にあいているわけではない。何か大切なものが欠けてしまった気がするのだ。
夏が終わって、わたしは無性に寂しくなった。ふと気づくと泣いている、そんなことが多くなった。何故だろう。
何か無くしたものでもあるのかといろいろ探ったが物理的にも精神的にも何も無くしていない。わたしが覚えている範囲内では、の話だが。
わたしの夏の記憶はちらほら欠落してしまっている。特に八月後半が酷い。夏休み最後の一週間の記憶がまるまる飛んでいる。朝起きたら夏休みが終わっていたあの悲しみは忘れられない。
抜けた記憶、つまり夏の欠片に大切な何かが隠れているのだろう。どこにいったのだわたしの記憶は。

「片瀬さん、この人だれ?」

悶々としているわたしに前橋くんがひょいと顔を出して言った。目の前のキャンバスに描かれた少年を指差している。どうやら一思案している間中筆は休むことなく動いていたようだ。

「……だれ?」
「自分で描いててそれですか」

茶化すように前橋くんが言う。今は美術の授業中だが人物画の授業ではない、風景画だ。前橋くんはわたしの後ろで描いているから不思議がって尋ねにきたのだろう。
この少年が誰なのかはわからない。でも何か懐かしさを感じる。胸が締めつけられる。

『カタセ』

心地いいテノールが脳内で再生された。それに絵の少年が重なり、わたしの瞳から夏の欠片がこぼれ落ちた。


カケラオモイ
(思い出ははるかかなた)



+++



この夏の日を
わたしはすぐに
忘れてしまうの?


反時計回り様提出
「夏の痕跡」
20100814


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