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九回裏二死満塁


去年の夏、友人に半ば強制的に甲子園に連れて行かれた。マウンドに俺以外の奴がいる甲子園なんか見たくなかった。平たく言うと乗り気じゃなかったんだ。
しかし、その試合で俺は一人の投手に目を奪われた。
坂之上拓真。
三年を押しのけエースになった二コ上の高二。奴の投球には一つの乱れもなく、繊細で優雅でいて強さも兼ね備えている。俺の目を釘付けにする理由が揃いすぎていた。
つまり俺の理想の投球を奴がしていたってこと。
それが目から離れず、俺は坂之上先輩のいる高校に入学した。

それなのに。

野球部に行くと奴は居なかった。
俺が見つけたのは教室からぼうっとグランドを眺める坂之上拓真だった。

「坂之上先輩!」

声を張り上げると先輩は気怠げに俺を見た。心の強そうな瞳が俺を射抜く。

「なに」
「野球!なんで野球……」

先輩は野球という言葉にぴくりと反応し、そして猛烈な勢いで俺を睨んだ。

怖い、怖いよこの人!

最後まで言えずに無言になると先輩はため息をついてまたグランドに視線を戻した。

「去年の秋に、事故に遭った」
「……え?」
「それで右肩壊してこのザマだ」

先輩は右肩に手を触れ自嘲する。

「あれだけ大切にしてきたのに、あっさりだったよ」

なんだそれ。聞いてない。

「先輩、嘘でしょ?アンタはこの俺が唯一憧れた投球なんすよ。そんな」

先輩はもう一度振り向いて俺を見る。
さっきとは違い、切なく儚げな瞳が俺に向けられた。

そんな目、先輩には似合わない。

「ストレートもフォークもカーブもスライダーも、シンカーだって俺が見てきた奴ら誰もアンタにかなわないんすよ!俺はアンタの野球が見たくて、そんでアンタを越すためにここに来たのに」

先輩は一瞬目を見開き、ふい、と視線を外した。視線は吸い寄せられるようにマウンドに注がれる。
壊れた右肩をぎゅっと掴んだ先輩はあの日マウンドにいたその人とは程遠い。

「もう、投げらんねぇ」

辛く悲しそうに呟かれた言葉は俺の耳に吸い込まれる。
マウンドをじっと見つめる先輩の横顔に、俺は何も言えなかった。


九回裏ニ死満塁
(切なくも叶わぬ望みは儚くて)



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全てを失い、
一を求める。


joie様提出
「切望」


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