足軽道中飛躍中
「中村ぁ」
「ぎゃ」
早退しようと思ったら担任の佐々木に捕まった。
今の私、まさに蛇に睨まれた蛙。
「今週五度目の早退とはいい度胸だなお前」
「いやん佐々木先生見逃して」
「アホか」
佐々木は数学の教科書で私の頭を叩いた。思いっきり手加減している。
テストでも手加減してくれたらいいのに。いっそテストしなきゃいいのに。
「遅刻と早退ばっかりしやがって……中村さん成績表ってご存知?」
「オール1番でしたわ佐々木先生」
「……成績表の1って1番悪いんだぞ、1番良いの10なんだぞ」
「赤点の悪夢!」
佐々木は呆れたように私を見た。呆れられても困る。
私の成績は低空飛行しすぎて胴体着陸しかけている。
特に佐々木担当の数学がやばい。完全に事故っている。大破だ大破。
「中村なあ、お前サボるから駄目なんじゃないか?入学当初は首席だったらしいじゃん」
「どうだ参ったか」
「それがなんでこんなになっちゃったの先生悲しい」
佐々木は顔を覆った。
そうなのだ。
入試結果と高一の最初は首席をキープしていた。しかし早過ぎる中弛みによって私の成績は一教科につき六十から九十点下がってしまった。
あらあら大変である。
そして先生になって二年目の佐々木は私のあの輝いていた全盛期を知らない。
あらあらかわいそうである。
「挫折をバネに飛躍する予定なんですー」
「え、まだ挫折してなかったのか!?もう高三だぞ」
「まだまだなんとかなるわ先生」
「……うん、お前がかなりポジティブなのはわかったよ」
佐々木は目を細めて遠くをみた。現実逃避しているらしい。大殿篭っているように見えるのは佐々木が若干疲れているようだからか。
「なあ、どっか行きたい大学とかないの?」
「んー……先生どこ大だっけ?」
「東大」
「じゃあ東大!」
既に知っている答えを聞き、私は真面目に切り返す。佐々木は静止した。
想定内の反応である。
「えっと、あの、中村さん。東大の偏差値と自分の偏差値ご存知?」
「当たり前じゃん」
「……その心意気はすごい。すごいよ中村。けど入試まであと一年もないんだぞ?ちょっと無理があんだろ」
「佐々木先生私の夢を潰すのね!?」
「え?いや、それは……」
あたふたしている。チャンスだ。私は長年温存していた台詞を口に出した。
「そこまで言うなら東大受かったら私と付き合ってよね」
「え?あ、う……うん!?」
失敗した。勢いに任せてうんと言ってくれたらよかったのに。
いつもの勢いはどこいった佐々木!お前はそんな奴じゃないだろ佐々木!
「ちょ、中村、お前は真性のアホか!」
「いいじゃん!それなら中村さん超頑張って勉強するけどなあ〜」
「駄目です」
「仕方ない、じゃあ付き合うか考えてくれるだけでいいよ!」
「はあ?」
食い下がる私に佐々木は呆れている。ふと空を見上げたかと思うと佐々木はにやりと笑った。
「そこまで言うなら付き合うか考えるのを考えることを考えてやるよ」
「先生考えるが多いー!」
「嫌ならそれもやめるけど?」
「いやいや、中村幸せですありがとうございます」
承諾したのを見ると佐々木はまたにやりと笑った。意地の悪い笑いである。
あ、こいつ絶対受からないと思ってる。
「それならホップステップジャンプじゃ生ぬるい。フライくらいの勢いじゃないと無理だろうな」
言いながら今度は爽やかに笑った。
うん、そっちの方がかっこいい。
しかし佐々木先生は甘いです、本当あまあまです。安請け合いは身を滅ぼします。私はやらなければ何もできないけれど、やればできる子なんです。
私は佐々木に一番の笑顔を見せつけた。
足軽道中飛躍中
(隼のように飛躍しはじめるわたしを佐々木は複雑そうに見つめていた)
+++
中村さんの跳躍力は異常です。
酸欠様提出
「とべ!」
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