文(ES21) | ナノ
「心を救う為の行為なんだ」
反射的に思い浮かんだ情景は雑興ビルの間に点在するネオン看板を光らせる店先の数々だ。
写真の様に切り取られて脳裏を反射したその景色と目の前の彼との共通点は、目の前に立つ人物だけには明るさの裏に存在する暗い面を顕にしてるってだけだ。
その、目の前に立つ人物が俺だってだけだ。
眉一つ動かなかった。
いや、動かさなかったし、動かそうとも別段思わない。
今俺が桜庭を拒否拒絶する理由なんてどこにも無いし、あったところでどうなる。
そう思いながらも、俺は返す言葉は思い付かない。
まあしかし、桜庭は俺の返答なんて待っても期待してもいないんだろうし、返答したところできっとお構い無しだ。俺達は都合よく出来てる。
「話を聞いて欲しいだけにしては随分と俺に考える間を与えてくれているようだな」
一瞬桜庭が驚いた顔をしたように見えた。顔に出る奴だ。俺がそんな返答を返すだなんて思ってもいなかったんだろう。
手首を切る行為そのものに魅せられているだけのこの男を心配する気など毛頭無い。
どうせ死にゃしないのだ。死ぬ覚悟だなんてどこにも無い。
甘えとは一体何なのだろうか。
「進なら分かってくれるよね」
「何をだ」
「俺は辛いんだ」
「それなら一度死んでみろ」
甘ったれた意識しか無いこの男の絶望した表情を見たいという好奇心はあった。
桜庭が背負っているその辛さとやらがどの程度のものかは知らないが、こういった時に幾らでも残酷になれる人間が俺だ。
冷たく突き放した男の表情は結局分からずに嗚咽だけがその場に残留した。
110918 冷たい進