文(ES21) | ナノ


次はどこへ行こうか?

何気なく、だとは思う。先程まで窓の外へ目を追い遣っていた大和の口から発せられた10文字の言葉は、今僕の視界を占めている何千字もの文字列よりも強く僕の頭を横殴りにした。
今、何て。
思わずパッと振り返った僕の前でいつもと変わらぬヘラヘラした笑顔で『別に、』といっている様な表情で突っ立ってる(本当に『突っ立ってる』って表現が一番しっくり来たんだ)大和は、手持ち無沙汰といった様子でただ僕を見ていた。

「それ、何の本」

普段どうでもいい事をあっけらかんとした口調でしか言わない大和だが(それでも好き、だとか愛してる、だとかいった口説き文句は一段と低い安定感のある声で言うもんで、僕はそこに弱い事は自分でも自覚している)、そのときのようにいきなり改まった声を出すもんだから、本の世界への糸が途切れてしまった。っていうより、糸ばさみでざっくり切られた。大和に。
次って何だよ。前は何だったっけ。ああ、でもそんな事言ったらまた大和が悲しがる顔をするな。
あれ、大和ってこんな声だったっけ。どんな声だったっけ。
いつも当たり前の様に囁く声も、当たり前の様にする呼吸のリズムも、思い出せない。
あ、これがゲシュタルト崩壊ってやつか。

「鷹」

聞いてる?と僕の肩に向かって伸びてきた腕に素頓狂な声な声を上げて振り向いてしまった。
多少とぼけた顔をした大和がそこにいた。

『ごめん鷹』
『何となく寂しかったから』
『本はいつだって待ってくれるかもしれないけど』
『俺はいつまでもここにいられる訳じゃないから』
『出来る事ならいつまでも鷹の側にいたいけど』
『俺が、‥お前を、‥おれ‥と‥』

浮わついた声は金が切れる間際の公衆電話の電話線の様に曇って聞こえた。
たぶんそれは僕が大和だけを見れてないから。
ああなんて最低な奴なんだ僕は、こんなにも大和は僕だけを見据えてくれているっていうのに。
赤茶色の癖毛が視界の隅に映った。
きっと僕はこれからも浮わついた姿のまま大和を視界に映し続けるだろう。
別にそれでいいって思ってる訳じゃないけど。

『だから、』
『次はどこに行こう?』
『たまには視界をがらりと変えて見るのも良いんじゃないかって思って』
『ねえ』
『鷹』

硬貨が落ちる、音がした。







110825
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