文(ES21) | ナノ


彼は僕を好きだと言った。


着信音が響いた。思うより咄嗟に、反射的な勢いで携帯を掴んだ。その瞬時の勢いに、隣に座りコンビニの安っぽいテトラパックを啜っていたモン太が怯んだ。気がつけばいつの間にか鳴り止んでいた携帯の画面には新着メール表示。送り先を見、小さな溜め息を吐いた。余りにも露骨すぎたか。
「誰からだったんだ?」
「まもり姉ちゃん」
その様子だと違う奴のメール待ってたんだ?と飄々と笑うモン太の声が、先の曲がった釘の様に僕の心に突き刺さる。
尖ってはいない、先端の曲がった釘だ。焦らすような痛みは鋭利なそれには敵わない。
「、うん」
一息置いて返答を返した。詳細を促すモン太の目を無視し、意味も無く新着メール問い合わせを繰り返す。その行為に具体的な意味は無かった。
完全下校時間のチャイムがなるにはまだ早い。僕は荷物を纏め、重い腰を持ち上げた。
「ごめん、僕、今日先帰るや」
言葉の先が不自然につり上がった。



ひたすら家を目指そうと、自室のベッドを恋しがり早歩きで駅へと向かっていた筈の僕は、不意に意味もなく視界に入ったコンビニのドアをくぐった。
水着の女の子が立ち並んだ雑誌コーナーに目もくれず通り過ぎ(こういった類の雑誌に目を向けるのは恥ずかしい)、何となくお菓子売り場で足が止まった。無意識の内に手に取った箱キャラメル、それは前、陸が食べていたものだ。

一個食う?

そんな事を言って僕に渡して来た。確か噴水の前のベンチに座ってた時だったっけ。
白い半透明の包み紙を開け、口に投げ入れた。やたらと歯に絡み付いたのを覚えている。
僕はその時、この先僕はこれを自分で買って食べたりはしないな、って何となく、はっきり頭の中で台詞として並べた訳じゃないけど、ほんとに直感で思った事を思い出した。
それでも気付けば今の僕は、その小さな箱を持ってレジに進んでいた。
頭の中で、あの、小さく跳ねた白髪と透き通った翡翠の眼を思い浮かべながら。


その翡翠の眼が、真っ直ぐ僕を見据えて言ったんだ。
その時の僕には、ラブかライクかなんてそんなありきたりな質問を投げ掛ける余裕も無く、ただひたすら頭の中で次に出す文字を追い掛けるだけだった。その時に僕が何を考えてたかは自分でも全く覚えてない。
ただ、別れ際の陸が見せた、悲しげな笑顔だけが印象的に脳裏にこびりついて離れなかった。

それから、陸とは連絡が付いていない。


見慣れたホームの文字盤は、六時きっかりを示していた。
そういえば陸は今ごろ練習を終えて帰る頃かな。
それとも部室で着替えながらキッドさんや鉄馬さんや他の部員の人と他愛も無い話で談笑してるのかな。ちょっとだけ羨ましい気もした。
何となくこの前から、そう、陸に好意を告白されたその日から、心の中では、陸の事を考えたく無い気がしたんだ。
でも、時間が経つと陸の、あの真っ白い髪も、翡翠の眼も、落ち着きのある低い声も、ぜんぶが恋しくなった。
ああ、僕は陸のことが好きなんだな。自分では気付いて無かったけど。大好きなんだ。きっと。次会ったら、そうちゃんと伝えよう。
不意に溢れ落ちた涙は自分でも止められなかった。
隣に立っていた中年の男の人が驚いて僕の方を見たけれど、僕は暫くはその涙を拭かなかった。
陸が僕にハンカチを差し出してくれる気がして。
目の回りが真っ赤になるようなそんな涙ではなかったけど、じき到着した電車に乗り込む頃には蒸発して乾き切っていた。
塩気のすいか目頭がヒリヒリする。
いつも通り見る、LEDのテロップすら新鮮に思えた。降りる一駅前で、おばあちゃんに席を譲った。ありがとう、皺々とした声がちょっぴり嬉しかった。
次はいつ陸に会えるだろう、そんな事を考えながら電車が駅に到着するのを待った。でもその前に連絡を取るとこからかな。気まずくならないかな。でも断る訳じゃないから大丈夫かな。
色々考えてる内に最寄り駅のホームに電車は入っていた。反対側のドアが開いて、体の向きを変えた。ホームに降り立つと、そこには見覚えのある白髪の少年が立っていた。





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