08


その存在は公になってはならない。
なればその存在意義を失いかねない。
拓磨は現れたゼロの頭、花菱へと鋭い眼差しを向ける。花菱は黒ずくめの格好に両手には黒い革手袋。サングラスを外さないまま、部下二人を連れ、現金とクスリの入った紙袋とポリ袋を拓磨の元まで運んできた。

「何でお前がここにいる?」

この場に顔を出したのかと、非難するような低い声で拓磨は花菱の正面に立つ。
幸いなことに今、集会に参加している面々は大和から告げられる報酬に意識を奪われ、そちらで騒いでいるので、拓磨達には意識が向けられていないので助かってはいるが。
花菱も意識してか、光の当たらない闇の中を移動してきたので、注目されることはなかった。

「お怒りはごもっとも。後で幾らでも聞きますが、まずは先に情報を」

「……車の中で聞く」

花菱の姿を曝したくない拓磨は、携帯片手に指示を出している小田桐に目配せをして、小田桐に紙袋とポリ袋を預けると花菱とその部下二人の四人で目隠しされたワンボックスカーに乗り込む。
合わせてルーツには周囲を警戒するように指示を出した。

「決まりを破り申し訳ありません」

向かい合わせになっている座席に腰を下ろすなり、花菱が深々と頭を下げ、倣って部下二人も頭を下げた。

「先に情報だ」

拓磨はその謝罪を瞬時に流し、話を促す。

「情報というのは他でもない一ノ瀬さんからの報告です」

「トワからの?」

マキの身柄を預けて以降、トワからの連絡は途絶えていた。トワはクスリの出所を探ると言っていたので気にはなっていた。

「はい。自身は立場もあり此方にはおいそれと接触出来ないので、俺が仲介役として色々と動かさせて頂いてました」

「お前なら俺達とトワの関係を掴まれる可能性が低いからか」

何度も言うようだが、ゼロは元から鴉に存在しない部隊、隠密なのだ。

「はい。それと、これまでの事はルーツから聞いてまして、一ノ瀬さんからの情報とも一致しています」

そう言って花菱はトワから得た暴力団、熊井組の内情と周囲の情勢について詳しく説明する。また、マキの供述と家宅捜索で出てきた顧客リストの件で鴉に疑いが掛かっている事も。

「恐らく警察は今夜の集会で鴉と暴力団の繋がりを示す何らかの証拠が欲しいところでしょう」

花菱はそう見解を述べなから、部下から封筒を受け取る。封筒の口は始めから閉じられていないのか、中から四折りに折られた紙を取り出した花菱はその紙を拓磨に向けて差し出した。

「顧客リストのコピーです」

家宅捜索で出たものを、コピーとはいえ持ち出したのかとトワの行動に拓磨は微かに目を見開く。だが同時にトワならやりかねないと思えてしまい、無言でその紙を拓磨は花菱から受け取った。
開くとA4の大きさの紙に確かに鴉傘下のチーム名が並んでいた。
全て粛清されたチームだ。
しかし、紙面に目を通していた拓磨は違和感を覚えた。

「花菱、これで全部か?」

「渡されたものはそれで全てです」

「そうか。…そういうことか」

最後まで泳がせていたレイヴンや七星、上位のチーム名は手の中にある顧客リストには名が記載されていない。これは記入漏れ等ではなく、故意に載せられなかったのだ。マキがクスリをばら蒔いたチームと浅野が直々にクスリを売り付けたチームは別であり、そこに二人の目的の違いが表れている。

「それから、これは余計な事かも知れませんが。そのリストに上がっている炎竜は総長を襲撃はしましたが、薬の所持は認められませんでした」

西の一角を担っていただけあって、炎竜は最後までクスリの誘惑には乗らなかった。
故に策略に嵌められ、反逆者として粛清されることになってしまった。

「報告は以上で終わりです」

淡々と言葉を締め括り、花菱は拓磨の言葉を待つ。
拓磨は手にしていた紙を花菱の部下に手渡し、後で大和と小田桐に確認をして貰ったら焼却するように厳命する。
それから拓磨は座席の背に背中を凭れかけさせ、小さく息を吐いて花菱を見据えた。

「花菱」

「はい」

何となく花菱がこの場来てしまったのは自分のせいではないかと、冷えてきた頭が弾き出す。ここまで大和に小田桐に、言葉で態度で告げられてきた、それ。今の自分はこれまで気付かなかった些細なことに気付くようになっていた。心に余裕が出来たのか。それが自分にとって良いことなのか悪いことなのかは分からないけれども…花菱が何を思ってこの場に現れたのか、自分の考えは外れてはいないと思う。

「謝罪の言い訳を聞こうか」

「一ノ瀬さんから預かった顧客リストを手ずから総長に渡す為……と、言うのは建前です」

真っ直ぐ自身へと向けられる拓磨の眼差しに、花菱は誤魔化すのを止め、正直に本音を告げる。

「ただ一目、自分の目で総長の無事な姿を確認したかったのです」

炎竜の一件ではゼロに声がかかることはなかった。大和が直々に動いていたからだ。
今回の鴉傘下の件も、大々的に鴉の実働部隊が動きゼロの活躍する場は少なく。総長である拓磨の姿を人伝に聞くばかりで、このままではお目通りも叶わない。
本当に総長は無事なのか。花菱は志郎を失ってからの拓磨の姿を知っているから余計に心配だった。かといって、自分は部隊の存在意義的にも表立って動くことは出来ない。ならば、この際ルーツに紛れてと…ルーツを隠れ蓑にして行動を起こした。

「以後、絶対に表には出ませんので。本当に申し訳ありませんでした。………ですが、総長の元気そうな顔を拝見できて安心しました」

言葉の通り安堵したように緩められた頬に、サングラスを掛けていようとそれが心から出てきた言葉だと花菱から滲み出す雰囲気で伝わってくる。
ここにもまた一人。…自分が考えているよりも自分の味方はいるのかも知れない。
そう感じ取った心が自然と口を動かしていた。

「悪かった。心配かけて」

「…!いえっ、俺が勝手に心配してただけですから」

首を横に振った花菱、ゼロには口頭での注意に留め、処分は下さなかった。自身にも非があったと拓磨が自覚したからだ。

そして、花菱と拓磨の話が終わった頃合いを見計らったかのように、コツコツと車の窓ガラスが外側から二度叩かれる。
花菱の部下が視線で問うてくるのに対し拓磨が軽く頷き返せば、部下が車のドアを開けた。
そこには小田桐が立っており、花菱の部下二人を運転席と助手席に移動させる。替わりに小田桐が車に乗り込み、花菱の隣に腰を下ろした。
拓磨と向き合った小田桐は前振りもなくさっそくと面白がるように得られた成果を伝える。

「お前がご所望の引田より上の人間が会ってくれるとよ。名前は緒形 勇仁(おがた ゆうじん)。話した感じじゃ会ってくれるというよりも、向こうの方がお前に会いたがってる感じだな」

「緒形 勇仁といえば引田が敵視している熊井組の若頭ですよ」

「お前も知ってんのか、花菱」

「一ノ瀬さんからの情報で。その件で総長に今しがた報告しましたから」

「へぇ…。それでだ、後藤。緒形は直ぐにでも会いたいみたいで、この近くのビジネスホテルを会談場所に指定してきてる」

「相手の懐に飛び込むつもりですか?」

「いや、とりあえず会う約束を取り付けただけだ。何処で会うかはまだ返してねぇ。場所をこっちで準備するならするが、お前次第だ後藤」

熊井組は現在、内部分裂している状態で。
引田と若頭の緒形は敵対関係にある。
その若頭自らが鴉の総長に会いたいとは。

拓磨は花菱と小田桐の気安いやりとりを眺めながら、新たに手にした情報と予め予定していた計画を擦り合わせる。

「小田桐。緒形にそのビジネスホテルに会いに行くと伝えておけ」

「了解」

「花菱。お前は回収した現金とクスリをそれぞれ半分ずつに分けて二セット、持ち運びしやすいように纏めておけ。当然、指紋は付けるなよ」

「分かりました」

緒形と電話で交渉する小田桐を車内に残し、花菱はルーツの振りをして辺りを警戒しているルーツと合流する。車内に乗り込む際、小田桐からルーツへと預けられていた現金の入った紙袋と薬の入ったポリ袋を花菱自ら仕分けしていく。
拓磨は大和がいる光の眩しい方へと足を進めた。

「…以上が今回の報酬になる。だが、それぞれ報酬を与えられた意味を自分達でもよく考えろ。強いだけがチームじゃない。人数が多ければ良いってものでもない。自分達の何が全体の、鴉の為になるのか考えて行動しろ」

ほんの少し前まで盛り上がっていた場は熱気にこそ包まれているが、今はシンと静まっている。その熱を切り裂くような冷え冷えとした力強い声が狙いを付けて振り下ろされる。

「特に新たに西の一角を与えた《如月-キサラギ-》責任が重大なのは理解しているな」

「も、もんちろんっす!」

炎竜の後を継ぐチーム《如月》
《如月》の総長は明るい茶髪を揺らし、真面目腐った顔で応える。チームの人数は炎竜より少ないが、その実力は大和も認めるほどだ。総長本人の喧嘩の腕も強く、チーム内では頼れる総長を目指しているそうだが、童顔のせいで本人の目標とは裏腹に、周りの人間が逆に総長の為に頑張らねばと奮起しているチームだとか。

大和の仕切りが終わるのを近くで待っていれば、拓磨が戻ってきた事に気付いた大和が最後の締めはお前がやるべきだと、視線で前へ出てくるよう促してくる。
その行動の意味を察した拓磨は鴉を纏める者として、再び集会場の前面へと足を踏み入れた。

「俺は今後もうるさく言うつもりはないが、警察沙汰になるような事態はなるべく避けろ。今回みたいな面倒事は好きじゃない。それ以外でなら好きにしろ」

裏を返せば、今回のように警察沙汰になるような事態になれば鴉から切り捨てる可能性もあるということだ。頭の回転が悪くなければ察せられる言葉の裏に、集まっていた鴉傘下の総長達は真剣に耳を傾ける。

「俺からはそれだけだ。…今後も各チームの働きに期待している」

拓磨の言葉が終わるとその言葉を噛み締めるように一拍の間が空き、次いで全体から応えるようにワァッと声が上がった。

「俺達はこれからもずっと後藤さんに付いていきます!」

「おぉ!」

あちらこちらから上がる声に何を言っているのか聞き取れない言葉もあったが、これで良かったかと向けた視線の先で大和が微かに口許を緩めたので間違ってはいないのだと思う。
そこへ電話を終えた小田桐が合流してくる。

「野郎共の声を聞いても嬉しくはねぇな。…後藤、こっちはOKだぜ」

「分かった。大和、機動力に優れたチームと西が地盤の裏道にも精通しているチームを各一チーム召集してくれ」

「それは構わないが…何をするつもりだ」

大和の問いに、詳細を聞かされていない小田桐も拓磨に視線を投げる。
そしてそれを受けて拓磨はいつになく好戦的な表情を浮かべた。

「機動力に優れたチームに半分に分けたクスリと現金、浅野の身柄を預けて警察が張り込んでる鴉の倉庫付近に待機してもらう」

「なら、もう一方の西のチームは…」

「残った半分のクスリと現金のみを運ばせる。引田の居る警察が張ってる組事務所付近で待機だ」

「なるほど。身の安全の保険と牽制を二段構えにした上でお前は熊井組の若頭に会いに行くと」

「あぁ」

拓磨の方針に小田桐は止めるでもなく、賛成の意を示す。
小田桐や拓磨の話の流れから熊井組と言うのが、引田の属する組織だと把握した大和は暫し黙考し、鋭い視線を拓磨に投げる。

「お前の作戦に否やはないが、まさかお前一人でその若頭とかいう奴に会いに行くわけじゃないだろうな」

むしろ、お前自身が会いに行く必要があるのかと言外に問われて、拓磨は三角巾で吊られた右腕に触れて苦笑を浮かべた。

「今回の交渉は譲れない。いや…始めから交渉ですらないか。分かってるだろ?鴉の総長である俺自身がすることに意味がある。……お前もついて来てくれるか?」

「当然だ」

「じゃ、俺は連絡役に徹するぜ」

用意するものがあるからその間に指示出しでもして少し待ってろ、と話の纏まった所で小田桐が一度踵を返す。

「あぁそうだ、相沢。花菱の奴が来てるから使うなら使え。アイツ等、姿隠すの上手いから後藤の護衛に調度良いだろ」

背を向けたまま片手でひらひらと手を振り、それだけ言うと小田桐は携帯電話を取り出して暗闇の方へと歩いて行ってしまった。


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