07


結論から言うと…警察はまだ鴉総長、後藤 拓磨の所在を掴めてはいなかった。

再び、暴走族リストの継続捜査を命じられたトワは遠藤と共に現場に戻ってきていた。
警察はどうやら主犯と見られる熊井組の引田諸とも暴走族を署に引っ張りたいらしい。なので、トワは今夜も散らかったどこそこのチームのアジトでやる気無さげに張り切る遠藤の背中を眺めていた。

「貴方も刑事なら手を動かしなさいよ!」

「分かってるよ」

トワはやる気無さげに見えて、頭の中では色々と考えていた。
拓磨の居場所が掴めなかったのは良い。
アイツが動いてくれたんだろう。
ならば、その結果を自分に知らせて来ないのは何故だ。連絡を取れない状況なのか。
ひやひやさせられたこっちの身にもなってみろ、と心の中で悪態を付く。

するとタイミングを見計らったかのように内ポケットにしまっていた携帯電話が震えだした。
トワは素早く携帯電話を取り出すと、画面表示を確認し、遠藤が背を向けているのを良いことにその場を静かに抜け出す。
建物から離れ、暗闇に身を滑り込ませると通話ボタンを押した。

「遅い。接触できたなら早く連絡入れろ」

小声だが、強い口調で非難すれば、相手からは間の抜けた声が返ってくる。

『え?……何の事ですか?』

「あ?…お前、花菱(はなびし)だよな」

鴉の存在しない部隊。ZEROの頭を務める男。
花菱 刀珂(とうか)。

『そうです。それで、総長の居場所の件で。調べたんですが《後藤 拓磨》という人物の所在は掴めませんでした』

「………どういうことだ?」

警察も、その実、鴉も拓磨の所在を掴んでいなかった。

「それとも、氷堂が何か…」

『ただ、その方が同居人と仮定して調べた結果、分かったことがあります』

トワは沈黙して先を促し、花菱が冷静な声で告げる。

『その方と同居している人物の名前は《草壁 拓磨》と言います』

「草壁…」

トワは口の中で繰り返し、ハッと何かに気付いた様に通話口に向かって言う。

「ソイツだ。ソイツが後藤だ。お前は捜査線上にいない氷堂の方に接触しろ。その方がリスクが少ない」

『…分かりました』

花菱が何か聞きたそうにしていたが、長話をすると怪しまれる危険がある為、手短に用だけ済ませてトワは通話を切る。

《後藤 拓磨》、その名は後藤 志郎から紹介された時に拓磨が名乗った。志郎も拓磨を自分の家族だと紹介した。
しかし、元から二人は他人同士だ。
拓磨には元の、別の苗字があってもおかしくはない。
《草壁 拓磨》、この名が本名なのだろう。
他に氷堂が手を加えていなければの話だが。

つまり警察も《後藤 拓磨》という鴉の総長をしている人間を探すのに苦戦するわけだ。存在していない人間を捜しているのだから。
今回はトワが、拓磨が氷堂と共にいることを知っていたから掴めた情報にすぎない。

「はっ、これもお前の加護ってか…」

トワはうっすらと皮肉げにその顔に笑みを浮かべ、暗い夜空を見上げた。

「あーっ!いなくなったと思ったら、またこんな所でサボって!」

「うるさいのに見つかったか…」

「貴方ねぇ、上司に告げ口するわよ」

「告げ口ねぇ…。したらお前も連帯責任だぜ。俺の監督不行き届けで」

夜空から視線を戻したトワはからかい口調で言い、遠藤が来た方向へ歩き出す。

「なっんで私が貴方の行動を見てなきゃいけないのよ!」

「俺の相方だからだろ。そんな事よりほら、捜査の続きだ」

肩を怒らせる遠藤の肩を擦れ違い様にポンポンと叩いて、トワは建物の方へと戻って行く。

「も〜っ!今度こそ、組む捜査員替えて貰うんだからっ!」

その後を遠藤は文句をこぼしながら足早に追って行った。







そして、リストに名を連ねていた暴走族チームから何も物証が出ないまま2日が経過した。
その間もソタイの方でも捜査が進められていたが、掴めたものは引田に関する限りなく黒に近い情報ばかりだった。
引田は熊井組の若頭達、所謂穏健派の奴等に黙って動いている様で、薬物売買で吸い上げた資金を元に、熊井組次期組長には若頭ではなく息子の方を宜しくとあちらこちらに便宜を図るよう働きかけていた。
それと平行して、引田は浅野を使い、更にもう一枚。若者で警戒もされ難いマキを間に挟んで仲介に使い、鴉を手の内に引き込もうとした。もしくは既に鴉と引田は手を組んでいる。
引田が西の界隈は自分のモノになると豪語していた理由がそれかも知れない。
また、少年課に捜査に当たらせた暴走族チームから物証が得られないのも、鴉が引田との関係を隠す為に証拠隠滅に動いているからかも知れない。と、厳しい面持ちの捜査員達の間で推論が打ち立てられていく。

当たらずとも遠からずな推察に、この場で唯一真実に近い情報を持っているトワは黙考する。

引田の事など暴力団については概ね警察が考えている通りと考えて問題ないだろう。
ただし、マキと鴉に関しては違う。
あの時、倉庫で大和から得た鴉の情報やその後花菱から聞いた話しを信じるとするならば、マキは都合よく使われたに過ぎない。それもピンポイントで恨みを煽られ、薬を使われた。犯人はマキの口から出て来た浅野に違いない。浅野がどこからマキの過去を調べたのかはまだ分からないが。マキを良いように操った。
そして、鴉はマキに寄って引っ掻き回されるはめになった。その多くが熊井組が存在する、引田が地盤を固めたい西のエリアだ。鴉の中で西の一角、監督を担っていた炎竜を潰し、目が行き届かなくなった所で上手く他のチームの野心に火を付け、同時にばら蒔いた薬を元に資金を調達させる。ここで薬物の販売ルートを作り、その金を元手に引田に与したチームがシマを拡大していく。最終的には下剋上を狙うだろう。
拓磨自身にはマキからの攻撃も含め、鴉は内外からの攻撃を受けていた。
引田は鴉が弱体化した所を組織ごとかっさらうつもりだったのか、それとも新たにすげ替わったトップの人間を手の内に取り込み、鴉を自分達のモノにする気だったのか。

「…どっちにしろ無謀だって気付く頭もなかったか」

「一ノ瀬?」

どうやら嘲笑うような小さな声が口から出ていたのか、隣に座る遠藤が不思議そうにトワの顔を見てくる。
それにトワは何でもねぇと返し、話し合う声に意識を傾ける。

「浅野の行方はまだ掴めないのか!」

「それが四日前からぷつりと神隠しにあったみたいに掴めないんです」

「最後に目撃されたのが四日前の夜、組事務所を出た姿です」

「………引田に消されたか。それとも鴉か」

「行方が掴めないと言えば、後藤の所在も未だ割り出せていません」

現在までに出揃った情報を元に中年刑事が新たに指示を出す。

「引田のいる組事務所を張り込め。浅野が姿を見せる可能性もある。その際、熊井組への警戒も怠るな」

「はい」

「後藤の所在は少年課でも調べさせておいてくれ」

「分かりました。リストの方はどうしますか?」

「何も出て来ない可能性が高い以上、これ以上の捜査は無駄だ。鴉自体を見張れ。それが難しければ傘下のチームでも良い。何か動きがあるはずだ」

「分かりました。上司に伝えて少年課の方で鴉の動きに注意しておきます」

その日の会議はそれで解散となったが、翌昼間に少年課の方から動きがあったと報告が上げられた。


明日の深夜、倉庫街のアジトで鴉が集会を行う


その夜から、嵐の前の静けさというべきか、あれほど活発な動きを見せていた鴉の傘下チームへの粛清行動がピタリと止んだ。街はいつもの夜の賑わいを取り戻し、何事もなく夜は過ぎていった。







そうして、現在ーー
周囲が暗闇に閉ざされた頃、並び立つ倉庫の一角を包囲する集団がいた。倉庫の死角となる場所を選び、静かにその時を待つ。

「鴉は本当に来るのかしら?」

「さぁ…そんなこと鴉に聞けよ」

ソタイの捜査員に混じり、今夜集会が開かれるという、トワとしてはつい最近足を運んだばかりの倉庫に目を向ける。
今、その倉庫の入口はきっちりと閉じられている。
トワは同じく見張りに立つ遠藤に素っ気なく答えて、左腕に付けている腕時計を確認する。
時刻は既に深夜0時を回っていた。

しかし、人っ子一人現れない。現れる様子もなかった。

「こんなので証拠なんか掴めるのかしら?」

鴉と引田が関係しているという確実な証拠を掴む為に、今夜ソタイと少年課の一部は鴉が集会を開くという倉庫と引田の居る組事務所を張り込んでいた。
全ての情報を花菱へと伝えたトワはその後花菱との連絡を絶っており、集会の情報は警察が得たことで初めて知った。近々開かれる予定なのは予想していたが。
この場に鴉が集まらないということは、鴉側が警察の動きを察知して会場を変更した可能性が高かった。が、トワは余計なことは言わずに、鴉のことは拓磨や大和に任せたと、暗闇が広がる夜空を仰いだ。




そのまま無為に時だけが過ぎていき、無駄足に終わったかと誰もが思い始めた。その時…。



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