臨也はまだ家にいた。持っていくのは必要最低限のものだけでいい。何を持っていくべきかとクローゼットを漁っている間に見つけたものがあった。それは何冊かのアルバムだった。
気がついたら臨也は荷造りをそっちのけてページを捲っていた。


「あは、俺わかーい」


くすくす笑いながら臨也は楽しそうにページを捲る。学校で撮ったもの、プライベートで撮ったもの、いろいろある。
新羅と初めてデートしたときの写真や、門田と静雄を含め四人で撮った写真もある。ここ最近の写真はない。あるのは高校時代までの写真のみ。

アルバムの最後の写真は臨也が静雄にキスをしているものだった。無論、好意があってしたわけではない。からかいや冗談、嫌がらせ。そんな感情しか臨也にはなかった。門田に写真まで撮ってもらって、これでいつでも静雄を揺すれると、臨也はそれだけしか考えていなかった。本当に、それだけだったのだ。


「…思えば、新羅がこんなに酷くなったのってあの日以来だよね」


時は、数年前に遡る。




















だんっ!と臨也が押しやられたのは壁だった。衝撃で隣の棚のちゃちな展示品が揺れる。
臨也は痛みを堪え、ギッと新羅を睨み付けた。


「いきなり何するんだよ、迎えに来てやったのに」


新羅は今日、ここ…理科室の掃除を担当していた。新羅の掃除が終わるまでの時間を臨也は静雄弄りに費やし、終わった頃を見計らって足を運んだら急に壁に押しつけられたわけだ。

他の掃除当番の生徒はもう帰ったのだろう、しかし教師までがいないのはおかしい。臨也が来る途中に覗いた理科室に隣接している理科準備室には誰もいなかったはずなのだ。


「新羅、掃除終わったならなんでまだここにいたんだよ。先生は?」
「ああ、用事あるんだって。僕に鍵を預けて出ていっちゃった」


新羅は手の中で臨也に見せるように鍵を弄び、机上に放り投げる。


「つまりさ、ここにはもう誰もこない…ってことなんだけどさ」
「…それが?」


臨也はあくまで平静を装ったが、新羅のいつもとは違う様子を敏感に察知していた。今日はこれ以上機嫌を損ねないように何もなかったかのように帰ってしまおう。

そう思った矢先だった。新羅は臨也の太ももをまさぐった。


「ちょ、新羅!?」
「やっぱり、あった」
「あ…!?」


新羅の目的は臨也が太ももに装着しているナイフだった。素早くナイフを抜き取ると臨也のセーラー服を首もとから腹辺りまで一気に切り裂いた。臨也は真っ赤になって慌てて胸元を両手で隠す。


「な、なんで制服破くんだよ!信じられない!」
「ねえ臨也、知ってる?」
「は?」
「この理科室から中庭、よく見えるんだよ」


最初、臨也はこの問いかけの意味を理解できなかった。しかし、ここに来るまで自分は中庭にいたことを思い出す。そこで、嫌がらせで静雄にキスしたことも。


「へえ、新羅見てたんだ。シズちゃんすっごく初々しい反応してて面白かったよねぇ」
「そんなのどうでもいい」
「え」
「僕は怒ってるんだよ?臨也」


貧相な外見とは裏腹に新羅の力は意外と強い。広い机の上に臨也を押し倒し、足をガバッと机をまたぐように開かせた。
それだけでなく性急にスカートを捲りあげ、唯一の防御であるパンツまでもナイフによりただの布と化した。

―――――怖い。

臨也は初めてそう思った。
新羅は理科室の棚をごそごそと漁っている。この間に逃げ出そうと考えはしたが足がしっかりと固定されてしまった。

数分後、清々しい笑顔で新羅が持ってきたのは実験用に使うものよりも少し太めの試験管だった。それと、小さいハンマー。


「なんで…試験管…?」
「こうするんだ」


試験管に新羅がポケットから出したローションが塗りたくられた。試験管に、ローション。何をされるかなんて言うまでもない。

新羅は臨也はの足をより開き、陰部に押し当てる。凹凸がなく滑りのいい試験管は抵抗そのままずるりと入っていった。


「し、試験管、中、いれるだなんて…!」
「臨也が悪いんだよ、静雄とキスなんてするから」


半分ほど試験管が入ったところで新羅がハンマーを手に取る。自らに埋め込まれた試験管、そしてハンマー。本能的に恐怖を感じ臨也は泣きじゃくった。


「お、お願い…それだけはやめて、試験管割れちゃうから、死んじゃう、俺、死んじゃうからぁ」
「覚悟はいいかい?」
「や…やだぁああああああああああ!!」


新羅は、ハンマーを、振り上げた。

















結局、ハンマーは試験管を割るわけではなく机を叩くだけで終わった。あのときの恐怖は忘れようとしても忘れられない。

しかし、しかしあの言葉。今思うと、


「新羅…もしかして嫉妬してたのかな…?」


それなら全てが納得でき、全てを許すことができる。
アルバムをぎゅっと胸に抱きしめたとき、玄関が開く音がした。
波江が荷造りの手伝いに来てくれたのかと出迎えに行けば、すでに家に上がり靴を脱いでいるところだった。

……そう、波江ではなく新羅が。





 
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