臨也が泣くだけ泣いたあと、中途半端な熱を残したまま二人はすっかり着替え終わっていた。
何をするでもなくただ座っていると静雄の携帯が鳴った。


「……電話?」
「いや、メール」


静雄は携帯を開きメールを確認するとぐっと眉をしかめた。その様子に出会い系か何かのスパムメールだったのかと臨也は推測する。苛立つように携帯の閉じる音だけが響いた。

その後も会話をするでもなく気まずい雰囲気だけが拭えずにいた。しかし黙っているわけにはいかないと臨也は立ち上がる。


「世話になったね。そろそろ行くよ」
「あ?手前行くとこないんじゃねえのか」
「家出少女みたいに言わないでよ。その気になれば外国にだって行けるんだから」
「…やっぱり、さっきののせいか?」


先ほどの行為のことだろう。遠慮がちに訊ねてきた静雄に臨也はかぶりを振った。


「違うよ、さっきのは関係ない。ただシズちゃんのとこだったらすぐバレちゃうだろ?」
「…まぁ、確かにな」
「とりあえず荷造りしないとね。気持ちの整理ができたら帰ってくるからさ、その時はいつもみたいに喧嘩吹っ掛けてあげるよ」
「上等だノミ蟲」
「それじゃ」


臨也はひらひらと手を振りながら歩いて数歩の玄関を開ける。そこでどんっと何かにぶつかった。静雄の隣人か誰かだろうと思ったが目に飛び込んできた服装は白衣。普通なら白衣を着て外出をする人間などいない。
つまり誰かといえば、新羅以外の何者でもなかった。


「……新羅…!」


咄嗟に臨也は開けた扉を閉めることを選択する。だが新羅は悪徳セールスのように爪先を間に押し入れて防いだ。


「臨也痛い!落ち着いてよ、僕は君と話したいことがあるんだ!」
「俺には何もない!どうせまたお仕置きだろう!?我慢する…戻ったら今までみたいにちゃんと我慢するから、しばらくは一人にさせて!!」
「――――ッ!?」


ポケットから取り出した催涙スプレーを臨也は新羅に吹き変える。眼鏡をしている新羅の目に直接かかることはないが隙を作るには十分だ。新羅が激しく咳き込んでいるうちに静雄の家の内部に戻る。
これまでのやりとりを一部始終見ていた静雄は臨也の行動を予測して窓を開けていた。


「ありがとシズちゃん!今度奢るよ!」
「わかったからさっさと行け」
「うん!」


ひらりと窓の外に身を投げ出した臨也を見送ってから静雄は玄関へ向かった。やっと咳き込むのが終わり正常な呼吸を取り戻した新羅がまだそこにはいた。


「………新羅」
「静雄…ごめんね迷惑かけて。僕は臨也追わなきゃいけないからこれで…」
「待て。話がある」


尚も急いで立ち退こうとする新羅の腕を強く圧迫するとすぐにおとなしくなった。新羅は半ば諦めたような態度を隠しもしない。


「…簡潔に頼むよ」
「これ見ろ」


携帯の画面を突きつける。メール画面のようだった。メールには、ついさっき受信したばかりとわかる時刻と差出人がセルティであることが示されていた。


「…セルティからメールがきた。本文には手前が今まで臨也にしてきたことと、手前がどれだけ臨也を好きかってことが書いてあった」
「……僕を殴るかい?いいよ、僕はそれだけのことをした」


新羅は目を閉じて次にくる衝撃を待ち受ける。それはすぐにきた。頬に受けた痛み。しかしそれは、頬を打たれたのではなく、左右に引っ張られたことによるものだった。
…静雄の力によればそれもかなりの激痛となるのだが。


「い――ッいひゃいいひゃいいひゃいさけるぅぅうう!!」
「殴りはしねぇよ。でもこのくらいはしたっていいだろ」
「ふぐっ」


離された頬はパチンとまた痛みを伝えて戻る。念のため新羅は口の端が切れてはいないかどうか恐る恐る確かめた。
静雄はもう一度メールを見て、そして携帯をしまう。


「手前が最低なゲスで、ただヤりたいからヤってるだけなら死ぬまで殴ったかもしれねぇ。だけど違うだろ?なら変われるだろ」
「…変わるよ、変わる。絶対に」
「だよな。ああ、あと……さっき臨也を抱こうとした」
「え!?」


新羅は途端に目の色を変え、静雄の襟首を掴んだ。


「どういうこと!?合意!?臨也は…静雄を選んだのかい…?」
「落ち着け。あいつ泣いたんだよ、新羅じゃなきゃダメだって。俺が入り込む隙間なんてなかった」
「…僕じゃなきゃ…?」


新羅の力が緩む。
静雄は乱れた襟元を正しながら言った。


「そんなに想われてんだからさっさとヨリ戻しやがれ馬鹿」
「…静雄に勇気づけられる日がくるとは思わなかったよ。臨也を探しにいかないと…」
「荷造りするって言ってたから家にいんだろ。次にこんなことがあったらただじゃおかねえからな」
「わかってる。ごめん、ありがとう静雄」


臨也の家へ向かった新羅の背中がドアのむこうへ消えるのを眺めたあと、静雄はずるずるとその場に座り込み膝を抱えた。深く溜め息をつく。


「……自分から後押ししたくせに、なんでこんな悲しいんだろうな」


静雄の恋は今、儚く消えた。





 
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