「ぅ………ん……………」
眠りから覚めた臨也は、ぼやけた視界から見える窓の外が暗くなっていることに自分はどれだけ寝ていたのかと苦笑した。
隣を見れば子供みたいな顔をして静雄が寝ている。バーテン服を着たままでところどころ皺になっていた。
上半身だけをおこした臨也は自らの胸に触れる。むにゅり、柔らかい感触。適度な大きさ。もう元のサイズに戻っていた。
「本当に寝て起きたら戻るんだねぇ」
おどけた調子でいいながら臨也はベッドをおりる。携帯を持ち静雄を起こしてしまわないようにと部屋を出てから、適当な名前で登録しているある男へと電話をかけた。電話は1コールで繋がった。
『やぁ折原、そろそろ電話がくる頃だと思っていたぞ。今日1日楽しく過ごせたか?』
「お前のせいで最悪だったよ九十九屋」
普段より声のトーンを下げながら臨也が言う。電話の向こうから苦笑する声が耳に届いた。
『やっぱ俺の仕業だと気づいてたか』
「確信はなかった。けど新羅じゃなければこんなことをするのは俺の秘書かお前しかいないからな」
『ならまず秘書のほうを疑えばいいだろう』
「あいにくと彼女はこのゴールデンウィークを弟くんへの愛の押し付けに使うみたいだったからね。俺にこんなふざけたことをする時間を割くなんてありえないのさ」
『それは参ったな』
九十九屋は全く参ってなどいないだろう。九十九屋自身がそれを隠そうとしていない。
そのような態度もいつものことなので臨也は特に気にも留めなかった。
「…それで、どうして俺にあんな馬鹿げたことを?」
『俺からの些細なバースデープレゼントだ。楽しめたか?』
「セクハラしかされなかったのにどう楽しめと?」
臨也はずるずるとドアにもたれながら落ちていく。ちょこんと体育座りをしながら意識は携帯へと向け続ける。
『まぁ、お前の大好きな人間とたくさん触れ合えてよかったんじゃないか?感謝してくれてもいいぞ』
「お前に感謝するくらいなら神に感謝するよ」
『何を言うんだ無神論者が』
「ふん。もう切るよ、ばいばい」
九十九屋の返答を待たずに臨也は電源ボタンを押す。待ち受け画面に戻った携帯をしまい、寝室へ入り直すと静雄が横になったまま目を開けているのが見えた。
「シズちゃんおはよ。起きたの?」
「さっきな。誰と電話してたんだ?」
「俺に不愉快な悪戯した張本人」
「そうか…」
静雄の手が真っ直ぐ臨也の胸へと回される。慣れた手つきで揉みしだく静雄の頭を呆れながら臨也は撫でた。
「あー…戻ったんだな。やっぱりコレがいい」
「俺も。巨乳じゃなくてよかったとこんなに思ったことはない。シズちゃんにも胸がついたら俺の気持ちもわかるだろうね」
「……きもちわりぃ」
女性の胸のついた自分を想像したのか静雄はそう吐き捨てる。たしかに立派な男性の体をした静雄にそのまま胸がつくというのは何とも形容しがたいものだ。
ふと時計を見れば日付が変わるまでもう1時間もない。どれだけ眠り呆けていたんだと臨也は思う。
「もう俺の誕生日終わっちゃうね。今年の誕生日めちゃくちゃだったなぁ……」
「…ろくに祝えなかった。ごめん」
「祝ってくれるつもりだったの?嬉しいなぁ」
臨也は静雄と同じ布団に潜り込むと真正面から静雄の首に腕を絡めた。静雄の腕も臨也の腰にやられる。
「ねぇ、明日は仕事あるの?」
「…あるな、朝から」
「ふぅん…じゃあ手伝っちゃおうかな」
「は?」
手伝っちゃおうかな、という言葉に静雄は目を見開く。予想もしなかった言葉だった。
「手伝う……って俺の仕事をか?」
「そう。一度やってみたかったんだよね取り立て屋ってのもさ。だめ?」
「わかんねぇけど……ほら、またヴァローナに何かされんじゃねぇの?」
「ああ…」
二人は昼間にヴァローナと起きた出来事を思い出す。不可解な言動、というかセクハラ宣言。彼女はとてもよく残念な美人っぷりを発揮してくれた。
「……大丈夫じゃない?もしかしたら巨乳フェチで、ついやっちゃったとか」
「絶望違うぞそれ」
ヴァローナ自身が巨乳であるし、臨也の妹の九瑠璃も巨乳だが彼女が手を出されたことはない。明らかに臨也そのもの狙いだったのだが、変なところで鈍い臨也はそれに気づかないようだ。静雄はその鈍さに度々頭を悩まされる。
「まぁ、そんなに言うんならトムさんに頼んどく。…っていうかいいのか?それで」
「いいの。俺がしたいだけ、俺がシズちゃんと一緒にいたいだけなんだから!」
「手前、反則……ッ!」
たまらずに、静雄は臨也に口付けた。臨也もおとなしく口付けに応じる。
誕生日は、まだ終わらない。
end